私は托卵で生まれた子供 ~それでも私はお父さんの子供だ~
私のお父さんは世界的なピアニストだ。
娘の私も、ピアノが大好きだ。
だけど、私には才能が無かった。
だって、私はお父さんの血を引いていなかったから。
それでも……それでも私はお父さんの子だ!
私の父は世界的なピアニストだ。
そして私は、小さい頃から父からピアノ教育を受けて来た。
そりゃ、嫌になった事もあった。
でも、私はピアノを続けていった。
理由は決まっている。
父のピアノが大好きだからだ。
私もピアノが大好きだからだ。
嘘偽りなく、心から。
だけど、私はピアニストの才能は無かった。
もちろん、世間一般の人より上手い位のレベルにはなれた。
でも、プロレベルには遠く及ばなかった。
誰よりも長く勉強し、父も真剣に教えてくれたのに。
全くと言っていいほど芽が出なかったのだ。
その理由は、私が音大に入ってすぐの頃に分かった。
私は、父の子ではなかったのだ。
私の血の繋がった父は、俗に言う社会の底辺の人。
パチンカスで薬物中毒で、すぐ他人に暴力を振るい、さらには罪の無い人を何人も殺した殺人犯。
私の母は、そのクズと不倫していたのだ。
そして、私を身籠った。
母は、元々父を金ヅルとしか思っていなかったらしく、ばれても開き直っていた。
父は当然激怒し、離婚。
母は消息を絶ち、私は父に引き取られた。
引き取られた後も、父は私に優しくしてくれた。
今までと何も変わらずに。
そして、この事は世界的なニュースになり、父は同情の目で見られるようになった。
そして私は、托卵の子として、後ろ指をさされるようになった。
「あの人も可哀そうにね。せっかく自分の子がピアノを好きでいてくれるって言ってたのに、赤の他人の子だったなんて」
「おかしいと思ってたんだよ。あんなに練習してるのにあの程度のレベルなんて。そりゃ、血が繋がってなれば才能も受け継がれないよな。ピアノの腕はあっても、人を見る目は無かったんだろうな」
「本当だよね。哀れなピエロだよ、あの人」
父をあざ笑う声が聞こえる。
「あいつさー、なんでまだ音大通ってるの?能力も才能もない、血の繋がりもないくせによく通い続けられるよね」
「いやー、さすが托卵なんてする親の娘。面の皮の厚さは母親譲りだわ」
「知ってるか?あいつの父親、殺人犯だってよ。ま、あいつも一緒だわな。父親に寄生して一生を台無しにしているんだから。父親を殺しているも一緒だよ」
私を非難する声も聞こえる。
当然の事だけど。
だけど、私は負けなかった。
絶対に世界的なピアニストになる。
父の血は受け継いでいなくても、父の教育は正しかったと証明してみせる。
だけど、芽が出ない。
プロと言えるレベルになれない。
音大を出ても、プロになれなかった。
父は、もうピアノはいいんだよ、自分の人生を生きていいんだよ、と言ってくれる。
でも、私はピアニスト以外になる気はない。
ピアニストになれないなら、父の正しさを証明できないなら、死んだ方がましだ。
だって、それは私と父の幸せな人生をすべて否定する事になるからだ。
血を継いでいない私は、父の教育の正しさを絶対に証明する。
それが、私が父の子である証だ。
私は、死んでも世界的ピアニストになる。
才能が無いなら、努力する。
もう何日も寝ていない。
食事もろくに食べていない。
外にも全然出ていない。
それでも私はピアノを弾く。
世界的ピアニストになる為に。
私はなる。
絶対に。
世界的ピアニストになれるなら、どんな犠牲を払ってもいい。
私は……
私は、ついに世界的ピアニストになった。
今や、私のコンサートは常に満員御礼。
チケットは即完売だ。
既に引退した父も、喜んでくれている。
私は、コンサートの最後、いつもこう言っている。
「私がピアニストになれたのは、血の繋がりが無いのに愛情を持って教えてくれた、私の父のおかげです」
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「なぜ、こんな事を?」
警察官は、目の前の男性にそう質問した。
「貴方は、彼女を大切に想っていたはずだ。たとえ血が繋がっていなくとも、あなたは彼女を本当の娘のように愛していた。周囲の人も、全員がそう言っていた。なのに、なぜ……」
警察官は、ドン、と机を叩いた。
「その娘を殺したんだ!」
殺人犯は、ゆっくりとしゃべり始めた。
「あの子を解放する為です」
「解放?何からだ?」
「私の娘である事からです。あの子は、ずっと私の子であろうとした。その為に無理して、血を吐いても世界的ピアニストになる事を諦めていなかった。あの子には才能なんて無いのに」
「じゃぁ、なんでもっと早く言わなかったんだ。才能が無いから諦めろって」
「言えるわけがないでしょう。熱心に練習するあの子をずっと見て来たんですから。でも、いずれは自分で気づいてピアニスト以外の道、例えば音楽教師とかに進むと思っていたんです。でもあの子は、私の血を引いていない事を知って、辞めると言う逃げ場を失くしてしまった。なぜなら、私とあの子の一番の絆は、ピアノ、そして幼い頃から抱き続けた、ピアニストになるという夢なのだから」
警察官は、殺人犯の涙ながらの話を黙って聞いた。
「でも、あの子は不可能と分かっていてもピアニストになる夢を追い続けた。私もつらいけど言いました。もうピアノはいいんだよ、自分の人生を生きていいんだよ、と。でもあの子は練習を続けていました。私はもう、見ていられなかったんです。自分のせいで、娘がつらい思いをするのが。だから殺したんです。あの子を私の娘であるという呪いから解放して楽になってもらう為に」
「……確かに、彼女は苦しんでいたかもしれない。ですが、娘さんはそれほどあなたを父と慕っていたのですよ」
「はい。あなたのおっしゃられる通りです。私は、最低の父親です」
そして、最後に殺人犯はこう言った。
「私は、自分の娘を殺したのですから」
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