誰かがいた
残酷な模写があるため、嫌だと思ったら即座に引き返してください。
月夜の住宅街に誰かが歩いていた。
誰かが歩いていた時は満月だった。
コンクリートとアスファルトは無機質に月光を受ける。
家々の明かりは、優しげな月光を無遠慮に跳ね返した。
誰かが歩いていた時は寒空だった。
満月を隠そうと雲が集まってきた。
誰かが両手を温めようと分厚いコートのポケットから手を出した。
誰かが両手を手をお椀を被せるように当てて、そっと息を吹いた。
「ああ、寒いなあ。」
誰かが呟くが誰も拾わない。
誰かが帽子の下で苦笑した。
「はあ、私は酷い奴だ。とても酷い奴だ。」
誰かがそっと呟いた。
やはり誰かは一人だ。
寒空の下に明かりが灯った。
明かりは急速に数を増した。
その明りは暖かく熱かった。
明りは火事だ。
火元は住宅だ。
火は大きくなり横に膨れていった。
人々による混乱も秩序も何もない。
その人々は、家の中で眠っていた。
眠らされ知らずに火葬されていた。
「ああ、酷い奴だ。」
月夜の住宅街を誰かが歩いていた。
誰かが歩いていた時は満月だった。
月は冷たくその誰かの顔を覗き込んだ。
その顔は、悲しそうに笑っていたとか。
遠くでサイレンが鳴り響いた。