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淡く切ない初めての恋

作者:

お月様で連載している「僕は婚約者を溺愛する」の王太子の婚約者の兄の初恋のお話です。

気分転換に一人で街に出た帰り道、馬車亭の近くで視界に映った女性に気づいて振り向いた。笑顔の女性は夫にエスコートされて馬車へと乗り込んだ。馬車には小さな子供の姿。



あぁ……そうか、あの日から随分と経ったんだな。



昔の恋心がチクリと傷んだように感じたけど、それ以上に、彼女と夫の姿を見ることができて嬉しくなった。あの頃の恋は、俺の中でも消化できたんだと思えた。


馬車へと乗り込む直前、こちらを見た彼女は俺には気付いていないだろう。魔術で黒い髪をダークブラウンに、黒い瞳を青色に変えているから、俺の方を見て微笑んだのは気のせいだ。



あの頃、ノブル学園の三年生の時、親の反対を押し切って行動していたら今の俺はいなかっただろうし、彼女を幸せに出来たとも思えない。そう思えるのは大人になったということなんだろう。





久しぶりに彼女を見かけて過去の記憶が蘇る。淡い切ない初めての恋ーーーー。







貴族が通うノブル学園へ入学した頃、一人の女性に恋をした。その女性はエリーナ・フェンネル伯爵令嬢だ。綺麗なブロンドの髪に青い瞳、可愛らしい笑顔で愛らしいのに心の強さを感じた。エリーナに婚約者がいないと知った時には、なんとしても手に入れたいと思ったほどだ。


学園は男女で教室が違うから共用で使う場所でしか姿を見れないし声も掛けられない。だから、見かけたら必ず声をかけて俺を認識してもらい、模擬夜会のパートナーになれるよう手を回したり、エリーナの出席する夜会を調べて積極的に参加した。ようやく、二年生の後半には距離が縮まり名前で呼び合うようにもなれた。


三年生になってから放課後は生徒会室で仕事をしているとエリーナが顔を出してくれて二人でお茶をするのが至福の時だった。


「レイ様は相変わらずね。頑張りすぎよ?生徒会長にも休みが必要だわ」


「頑張ってはいないさ。生徒会の仕事も将来のためになるよ。卒業したら雑用係だしな」


「士官学校には行かずに宰相の補佐だったかしら?」


「あぁ、王太子殿下と次期宰相候補が未成年だから成人するまでの繋ぎだけどな」


リズタリア王国の宰相は実力の他に、国王と年齢が近いことが望まれる。国王の右腕となる職であることから、年齢が近い方が長く一緒に働けるという理由もある。


現在の宰相は俺の父親である、ルーカス・ウェスタリアで侯爵位だ。現国王より年上だが、同い年のモリアーティス公爵が宰相職を断り、自分より優秀なウェスタリアを宰相にするべきだと申し入れたことで決まった。


「レイ様の仕事は完璧だもの。補佐ではなく宰相になれると思うわ。望みはないの?」


「ないね。頭より身体を使う方が好きだな。できるなら、母上の実家のラストゥール辺境伯領で見習い騎士をして魔獣討伐に参加したいね」


元々ウェスタリア家は武家だが、父上は魔力もなく剣の才能もないことで騎士を諦めて文官を目指し宰相となった。祖父や曽祖父は近衛隊で師団長を務めていたし、それより前は魔術師が多くいた。だから、俺が騎士を目指すのは自然なこと。


「人は見かけによらないわね。リズタリアでは珍しい黒髪に黒い瞳で侯爵家の嫡男、しかもカッコよくて他の男性に比べて若い顔立ちが人気なのよ?宰相にでもなれば王太子を凌ぐ人気で放っておかないだろうし、騎士にでもなれば女性が騒ぐこと間違いなしよ」


うーーん、若い顔立ちって気にしているんだけどな。よく、顔立ちが幼いって言われる。母方の祖母が他国である和泉皇国の出身で、その国の顔立ちが幼いことで年齢よりも若い顔立ち、幼いと、よく言われる。気にしていることなのに、それが人気と言われるのは変な気分だ。エリーナに言われるのは悪くないな。むしろ嬉しい。


「褒めてくれるのか?エリーナも、そう思ってくれているなら、なお嬉しいよ」


「わ……わたしは……そうね、見た目じゃなくて誰よりも真面目に使命を全うするレイ様に好感が持てるわ」


「好意を抱いてもらっていると思ってしまいそうだよ」


「お好きなように思ってください」


顔を赤くして俯いている姿が可愛いな。


「俺も、エリーナと同じ気持ちだと思って欲しい」


「そんな……期待するわよ?」


好きだと、結婚したいとハッキリ言えたらいいのに。そうしたら、もう少し、エリーナの身体に触れることも許されるのに。


身体が触れるか触れないかの距離がもどかしい、それでも、お互いに気持ちを通わせることが出来ていた。だから、どうしても、エリーナを手に入れたいと強く思ってしまったんだ。








卒業式の間近になって絶望した。あと少し待って欲しいのに。




「私ね、卒業したらすぐに結婚するかもしれないの」


「結婚?婚約者はいないんだろ?誰と結婚するんだ?」


嘘だ。もう少し、卒業してから一年は待ってほしい。いや、半年でいいんだ。待って……!


「ずっと断っていたの。婚約はまだしたくないって、待って欲しいって。ココット子爵家の嫡男の方との縁談があるの」


「子爵家!?エリーナは伯爵家だろ?何故、子爵家に?」


「お父様と仲が良くて我が家の領地にも近いの。それに、共同で事業をしているから結びつきを強くするために必要なのよ」


そ……んな……。待って欲しいって伝えたいけど……今の俺には言えない。


「そう……か」


「レイ様との時間は私の宝物よ?だから、卒業まで仲良くして欲しいの。子爵家に嫁げば侯爵家の方なんて雲の上の人だわ。滅多にお会い出来なくなるものね」


「え……いや……」


その日はどうやって別れたかはわからない。馬車まで送り届けただろうけど、気の利いたことを言えなかった。


だから父上に、婚約者として将来の侯爵夫人として迎え入れたいと頼み込んで喧嘩になった。


「何故ですか!もういいでしょう?いい加減、婚約しても問題ないはずです!」


「ならん。陛下の許可も降りていない。あと数年は待つんだ。何故、婚約者を決めずにいるのか理解しているだろ!一時の感情で自分の使命を忘れるな」


「でも、俺はエリーナがいいんです!!」


「もう夜会ではエスコートをするな。フェンネル伯爵令嬢の出席する夜会には出さん」


「いくら父上の命令でも聞けません」


「シオン殿下の婚約者が決まるまで、お前の婚約者は決めない。それが決まりだ」


リズタリア王国第一王子のシオン殿下は、婚約者を探すための初めてのお茶会から三年経っているのに誰にも決めていない。その間に王太子との婚約を諦めて他の男と婚約した令嬢もいる。


以前、王宮で遠目で見かけたお茶会では、誰にでもいい顔をしているのか社交用の笑顔を貼り付けて、ご令嬢に嫌われないようしているのが丸わかりだった。


あの男のために、俺が婚約者も決めずに、好きな女を手に入れずに我慢しているというのに!!早く決めろ!


「シオン殿下の婚約者が決まれば、相手によっては多少の自由はきく。それでも、フェンネル伯爵令嬢と婚約できるとは約束できない」


「どうして?!」


「公爵令嬢に侯爵令嬢も婚約者候補に名を連ねている。殿下と何かあって婚約者とならなかった場合、令嬢の爵位によっては、お前が娶ることになるんだ。殿下との間に何もなくても公爵や侯爵令嬢の相手になる男は、ほとんど残っていないから、お前だけは婚約者をつくらずに待つんだ」


「シオン殿下が婚約者を決めたら、俺は自分の好きな相手と結婚します。父上だって、好きな相手と結婚したでしょう?!」


「そうだが、私は陛下の婚約者が決まった十六まで待ったのだ。その時、陛下の婚約者候補で我が家に迎え入れられる令嬢がいなかったから好きな相手と結婚したんだ。レイ、解ってくれ。貴族で好きな相手と結婚できるのは一握りだ。家のために結婚する相手を愛するんだ」


俺はこの国のこの考えが嫌いだ。

王太子の婚約者候補は高位貴族の令嬢が選ばれる。決まるまでに数年かかる場合があるから、国王に選ばれた家の高位貴族の男は、王太子の婚約者が決まるまで相手を決めないことになっている。

これは、王太子の婚約者になれなかった高位貴族の令嬢の嫁ぎ先として確保しておくためだ。


それと、数百年前に婚約者候補に手を出して結婚しなかった馬鹿がいたせいだ。しかも、側室にもしない暴挙に出た。

手付きになった令嬢を下位貴族に嫁がせる訳にもいかず、高位貴族の男が妻として迎え入れ王家から相応の対価を受け取ったことがある。


不運なことにウェスタリア家は、()()()に備えるために俺は婚約もせずに王太子の相手が決まるまで待たされている。


王太子より年上の公爵令嬢が候補になっていることで、令嬢より年上の俺に役目がまわっていきているように思う。どうせ公爵家の令嬢が王太子の婚約者に決まるんだろうから、俺はお役御免だと考えている。早く決めてくれっ!!









卒業式の前日、エリーナを呼び出した。その日は珍しく雨が降っていた。



「どうしたの?雨、降ってるのに外に呼び出すなんて珍しいね。それに、もう暗い…きゃっ!」


エリーナを抱き締める。初めて抱き締めた。どうして、どうしてこんなに抱き心地がいいんだろう。

父上に夜会への出席を禁止されて、この数ヶ月、エリィのパートナーを務める事ができなかった。


「レイ様……」


俺の背中に手が回された。抱き締めてくれている。二人で強く抱き締め合う。いつものエリィの好きな百合の香りがする。


「好きだ。エリィが好きなんだ、結婚しないでくれ、もう少し待って欲しい」


手から傘も落ちているから二人で雨に濡れている。きっと、泣いていることには気づかれていない。


「私も……レイ様が好きです」


「結婚しよう」


「ダメよ。私は、私は、真面目な貴方が好きなのよ?貴方の全てが好きなの。貴方が理不尽な役目を全うしなければいけないって知っているのよ?それなのに、結婚なんて約束しても侯爵家と王家に迷惑をかけることになるわ」


「好きなんだ、必ず守って見せるから、俺が、俺がエリィを幸せにしたい」


「私もレイ様に幸せになって欲しい。その時に隣にいるのは私じゃないわ」


「俺の幸せはエリィが隣にいることだ」


「ありがとう。レイ様、家族を大切にして。貴方の考えていることはお見通しよ?家を出るなんて考えないで」


あぁ、バレていたのか。でも、家名を捨ててエリィが手に入るなら侯爵になんてならなくていい。


「家名を捨ててもいい、爵位がなくても、騎士として、必ず生計を立てるしエリィを幸せにする」


「ううん、私はレイ様が好きだから、だから、貴方の人生を壊したくないの。貴方が、妹を大切に想っていることを知っているわ。妹にも会えなくなるなんて貴方には無理よ。私は、レイ様を愛しているから貴方の家族を壊したくない」


お互い好きなのに一緒になれないなんて……好きな女を幸せに出来ないのに…………貴族でなければ出会えなかった、でも、爵位が低ければ愛し合えた。


「ねぇ、最後に思い出を頂戴?」


「最後なんて嫌だ」


「ううん、私たちの関係は明日で終わりよ。だから、お願い、最後に……キスして欲しいの。初めてのキスはレイ様がいい」


身体を繋げることは出来ないから……と、消え入りそうな声が聞こえた。キスをするために顔を近づけると、エリィの瞳から涙が溢れていた。きっと、お互いに涙を流しているけど雨のせいにしている。


雨が降る中、貪るように口付けを交わした。身体を触ってエリィを感じた。この気持ちを抑えて他の女と結婚なんて考えられない。







卒業式の日は最後のダンスをして思い出を作った。時間が許す限り二人で過ごし、最後に笑顔で別れた。互いの家のために結婚する相手を愛すると誓って。


「もし来世があるなら一緒になりましょうね」

「あぁ、必ず迎えに行く」


今世で叶わない願いを来世に託して。







学園を卒業したあと、エリィが結婚した噂を聞いて荒れてしまった。気持ちの整理をつけられず、エリィを忘れるために髪と瞳の色を変えて仮面舞踏会に参加して女を抱いた。


初めて好きになった相手を抱けなかったことが大きいのだろうか。誰でもいいから身体を繋げたいと縋ってしまったのかもしれない。






エリィは俺との約束を守ってくれているんだな。家族といた時の笑顔が幸せそうだった。だから俺も、そろそろ相手を決めて身を固めてエリィとの約束を果たそう。



幸せそうなエリィを見て心の整理がついたことに気がついた。きっと、また、心から愛する人に出会える。

仮面舞踏会では「仮面の貴公子」が噂になっていた。ダークブラウンの髪に青い瞳、物寂しそうな表情が女性達を虜にした。仮面の貴公子に相手をしてもらえるのはブロンドに海のように深い青い瞳の女性だけだった。


魔術で変えたブロンドでも受け入れることから、変装してでも仮面の貴公子に抱かれることを願う女性が多い。高位貴族であろう男性に抱かれて唯一の人になることを夢見る女性が多くいた。




.

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「シオン殿下の婚約者にエレナが決まったな。あと半年早ければ、お前に好きな相手と結婚させれたと思ってしまったよ」


「父上、過ぎたことです。きっと彼女は幸せですから」


「エレナが婚約者になったから他の候補者と婚約しなくてもいいと言われている。今更だが、お前の好きな相手と結婚しなさい。ただし、侯爵家に嫁げる伯爵令嬢以上だ」


「ありがとうございます。ですが、すぐには無理です」


「二十五歳まで待つ。歳を取れば若い娘しか残らなくなるからな」


「はい」


もう仮面舞踏会へ行く必要もないな。

エリィは約束を守っているのだから、俺も、女性を愛そう。社交界で噂が流れても恥じないように、王宮の夜会で会った時に笑顔でいるために。


可能ならブロンドで青い瞳の女性以外と結婚しよう。それが、その女性を愛するために必要だから。




社交界では仮面の貴公子から王太子の婚約者がウェスタリア侯爵令嬢に決まった話題で持ちきりになって数ヶ月後、仮面舞踏会に貴公子が現れなくなった。きっと、彼の唯一が見つかったのだろうと噂された。


ここからしばらくしてレイは運命の女性に出逢った。

栗色の髪にエメラルドのように澄んだ瞳の公爵令嬢で、王太子の元婚約者候補で妹の友達と。

気づくのに時間がかかったけど、好きになったから、仮面舞踏会で遊んでいた過去を後悔して婚約の申し込みが遅くなったのは、もう少し後のお話。

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[一言] そりゃ、、、やけになって遊びたくなりますよね、、、。自分だったら親父と王太子を1発殴っているかも。もちろん断りをいれて。事情を話したら王太子も殴らせてくれそうです。
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