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エレン  作者: 蛍野霞穂
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6.ひらめく夢の欠片は

「うーん、残念だけどここいらは家族でまかなえる程度の店ばかりだからね、うちにはそこまでの余裕はないし、周りも似たようなもんだろうからちょっと難しいかもねぇ」

「…そうですか、ありがとうございます」

「あいよっ、せめてもの気持ちで一個おまけしといたからさ。どんな理由があんのかわかんないけど、がんばんなよ!」


 気のいいおばさんにもう一度ありがとうと頭を下げて、リアは店先をでた。ガヤガヤとざわめく人混みに混じると、つい今し方出てきたはずの店がすぐに見えなくなる。


「………あ、美味しい」


 店で買った『ころっけ』という食べ物を頬張る。芋と肉を荒く混ぜ合わせて油で揚げているのだと教えて貰った。コロッケも知らないなんてあんた随分遠くから来たんだねえと驚かれたが、なるほど、確かにこの味は一度食べたら忘れられない。


 サクサクの衣に舌つづみを打っていると、後ろからドンッと肩に衝撃が走った。


「いっ……!」 


 思わず声を上げて振り返ると、いきなり耳のそばで「わりい!」と大音量が響く。

 

 耳を押さえて仰け反ったリアに構わず、声の主はそのままの音量で再び叫ぶ。


「大丈夫か!?けが無いか!?ホントにわるい、申し訳ねえ!」

「…わ、わかったから」


 静かにしてと必死に身振りで訴えると、彼はようやく我に返ったかのように声を落とした。


「ごめんな、こういうときすぐ焦って周りが見えなくなっちまうもんで」


 本当に悪かったと、綺麗な金髪が頭を下げる。村では見たことのない髪色に、思わずリアは目を丸くした。


「………どうした、姉さん」


 訝しげな口調で問われて、はっと我に返る。


「…その、髪の色が珍しくて」

「髪?オレの?」


 ここいらじゃあ珍しくもなんともない色だけどなあ、と頭をかいて、大きな青色の目がぱちぱちっと瞬く。年の頃は十五、六歳といったところか。背格好は大人にも負けてはいないが、言葉遣いや表情が青年というにはやや幼い。


「オレからすると、姉さんの髪の方がよっぽど珍しい色だけど。どこの人なんだ、姉さん?」

「あ…えっと、北の方の」

「北?……ってえと…あ、言いたくないことだったか!?わるい、ほんとに空気が読めねえってよく怒られるんだ」

「ううん、違う」


 嫌では、なかった。ただ、あけっぴろげに接してくる少年が珍しくて、なんだか不思議な気持ちになったのだ。まるで幼い頃のような、そんな暖かい気持ちに。


「ソホリア。イェルクの山を越えた向こうにある、小さな村だよ」

「ソホリア……って、雪使がたくさんいる!?」

「え、雪使、は」

「あれ、違う村だったか?」


 きょとんとした顔で、少年は爆弾を放った。


「うちの町の何倍も雪使がいて、すごく豊かな村なんだろ?」

「雪、使が、」

「え?」


 驚いた顔の少年を掴む指が、ブルブルと熱でもあるかのように激しく震える。知らず荒くなる息を何度か吸いこんで整え、リアは漆黒の目でひたと少年を見つめた。


「雪使が、この町にはいるの?」

「……どうしたんだよ、姉さん?」

「いいから教えて。ねえ、この町に、雪使はまだ生きているの?」


「――――――――――――――――――――」


 少年がなにを言ったのかは分からなかった。けれど、彼の首は間違えようもなく縦方向に触れて。


 ああ、と声にならない溜息のような音がリアの喉から漏れた。


 世界が、くるくるとその形を変えてゆく。ときに残酷に、ときに美しく、ときに驚くほどに呆気なく。


 そうして今腕の中にある世界は、リアたちだけが悲しみを背負うようになっている。それはきっと柔らかに見せかけてとげのある形で、ゆるく濁った色をまき散らしているのだ。


 どうして。


 絶望が、リアの心を塗り潰す。どうしようもない怒りを抱いたそのままに、リアは自分が気を失っていくのをどこか遠くで眺めていた。

 

 

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