4.静かなる宵の淵に
「リアちゃん、精が出るね」
かけられた言葉に黙って頭を下げ、リアはそのまま足を動かす。冬の村には欠かせない、ハマリの薬を作っているのだ。凍傷によく効くこの植物は生だと日持ちがしないので、女子供が空き時間を見つけてはこうして足踏みで空気と水分を抜き、薄い塩水につけ込んで保存する。
つまらないことが大嫌いだった昔のリアはこの単調な作業をよくサボっては逃げていたが、四年前からぱたりとそんなそぶりを見せなくなった。
「リアー!頑張るねぇ」
「リア姉!」
村の子供たちがわらわらとやってくる。まだ五つ六つ、一番大きい子でも十に満たない子供たちは、昔のリアのことを知らない。大人たちから、知らず腫れ物のような扱いを受けているリアにも屈託無く接してくるのだ。
「リア姉、なんでそんなことができるの?つまらないのに」
ユナはできないよ、と頬を膨らませて言う子供を見て、リアは少しだけ笑った。
「……ユナは、そのままでいいと思う。私だって昔はそうだったから」
「リア姉が!?」
「うっそだー、だってユナは男の俺たちより凶暴なんだぜ!?」
「リアがユナみたいだったなんて信じらんねー」
「なっ、なによお!あたしがリア姉みたいになったらだめなの!?」
「だめじゃないけどさ」
「なー。」
顔を合わせてうんうんと頷いた子供たちは、異口同音にぴたりと声をそろえた。
「「「想像できん!」」」
「ヒドイッ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ声が耳元でしても、リアはどこ吹く風とそのまま薬作りを続ける。
エレンやリアの父親たち雪使が連れて行かれてから四年がたった今、村は大きく形を変えている。
雪使が消え、困窮するようになった生活の中で、子供の生存率だけが飛躍的に上がった。生まれてから無事に5つを迎えた子供の数は、今年で二十を超えた。四年前の最年少はエレンとリアだったことを考えれば、いっそ何か気味悪さを感じるほどに順調だ。
けれど、雪使がいない生活は苦しい。屋根に積もった雪はどんなに日が照ろうと溶けず、村人たちが総出でかきおろさなければならない。それでなくとも苦しい冬の生活は、ここ四年ですっかり行き詰まっていた。
毎年毎年その冬を越せるかどうかに怯え、やっとの事で乗り切ってもすぐにまた冬が来る。
税も内職も、ギリギリのところで抑えているのだ。もし何か一つでも狂えば、その瞬間に村は終わる。そんな瀬戸際の綱渡りを続けるうちに、大人たちは徐々に諦め始めた。
雪使が帰ってくることを、もう信じられない。
滅びるならば滅びてしまうがいい。どうせ雪使なしには立ちゆかない村だ、無駄にあがいてなんになろうか、と。
「リア姉、ゆきしってなあに?」
考えていたことを急に尋ねられて、リアはびくりと肩を跳ねさせた。
「リア?」
「……、雪使っていうのは、昔この村にいた人のこと。雪を溶かすことができる、本当に少ない存在だったんだ」
「溶かすって、なあに?」
「雪を、水に変えるの。だから、雪使が手伝ってくれれば、雪かきをしなくてよくなる」
子供たちの顔がぱあっと一様に輝いた。
「「「雪かきしなくていいの!?」」」
重たくて冷たい雪搔きは、子供の身にはとても辛い。リアが幼い頃にはしなくてよかった苦労を、この子たちは否応なしにさせられているのだ。
「………………」
リアは顔を曇らせて、小さく唇をかみしめた。
深夜。
いつものように細々とした作業を終えて、リアはおもむろにいつもとは異なる行動を取った。
台所から、自分で作った薬や食料品を取ってきて鞄に詰め、丈夫な服に袖を通す。垂らしっぱなしにしていた髪を、赤い紐で左耳の横に括った。
「……………」
静かな夜の雪原を見上げて、そっと息を吐く。白く濁った空気は瞬く間に澄んだ空にほどけて消えていった。
「エレン」
この雪の向こうのどこかに、エレンがいる。きっと、生きている。だって約束したのだ、必ず帰ると。
エレンは、一度した約束は決して破らない。
だから。
「……迎えに、行くよ」
エレンがいつ帰ってくるのか分からない今、いつまでも待ち続けられるほど村に余裕はない。これが危険な賭ということは承知の上、けれど動かなければもう今年のうちにも村はなくなる。
「無事で、いて」
夜空にきらめく黒い瞳に、この四年間一度も乗せなかった痛いほどの感情を乗せて。
リアは、静かに夜の雪原を駆けていった。
こうして、無理矢理途切れさせられた幼い頃の約束は、今再び動き出す。