3.涙雪は粉雪に紛れ散り逝く
―――――リアが目を覚ましたのは、その翌々日のことだった。余りのショックに高い熱を出し、食事すら満足に取れずに生と死の狭間をただ幾日もたゆたった。
「おかあさん」
一月ほどがたち、ようやく起き上がれるまでに回復したリアは、目を伏せたままで小さく声を出した。
「エレンは、帰ってくるよね」
病に倒れてから一言も喋らなかった僅か十二の少女がようやく発したその一言を、誰が否定などできただろうか。
「ねえ、お父さんも、おじさんたちも、みんな帰ってくるよね」
透き通った白い肌につうっと一筋の涙が流れる。黒目がちで綺麗だと言われるリアの目は、いま何の感情も見せずにぱたり、パタリと静かに瞬いている。
リアの母は、目の縁を赤くしてその様子を見ていた。
国中の山村の例に漏れず、この村では同じ年代の子供が極端に少ない。生まれた後無事に育つ人数は出生数より遙かに少なく、出産数もそもそも決して多くはないのだ。
エレンはリアのたった一人の同い年で、幼い頃から家族も同然に育ってきた。成長と共にそこにあるのが親愛の情だけでなくなっていくのも、親たちは微笑ましく見ていた。それが突然奪われたなら、こんな状態になるのも仕方ないだろう。
ましてや、二人にはそれ以上の理由があるというのに。
「おかあさん…」
すうっと涙を流して眠りについたリアの横で、母親もまた、もうきっと戻っては来ない最愛の伴侶を想って涙した。
それから、リアは見違えるように大人びた。
目を覚ましたその日からもう一度も甘えることも逃げることもしなくなり、表情からは幼さがかき消えた。
手伝いも勉強も限界まで黙々とやるリアを周囲の誰もが心配したが、リアは頑としてその生活を止めようとはしなかった。
体調を崩して時々寝込むときもすぐに起きて働こうとし、また倒れることの繰り返しで。
けれど、リアはそれでもその生活を変えようとはしない。淡々とするべきことを探して、夜遅くまでを動き回って過ごす。それは余りにも危うく、儚げで。
それまで健康そのものだったリアが病弱になり、痩せ細っていく様は痛々しい以外の何物でも無かった。
けれど、そんな周囲の声もどこ吹く風と、リアは働き続ける。働いて、働いて、働いて、そうして深夜まで動き続けて。
「エレン…」
嘗て二人で過ごした雪原にたった一人で佇み、そっと押し出された言葉は受取手のいないままに夜の空を静かに駆ける。
そして、四年が過ぎた。