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エレン  作者: 蛍野霞穂
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1.シアワセ

 十年前から雪が溶けなくなった世界において、最も重要視され、また最も恐れられているのが雪使(ゆきし)とよばれる存在だ。

 

 熱も火もお湯でも、あらゆるヒトの力を持ってしてなぜだか溶かすことのできない雪を、雪使は念ずるだけで溶かすことができた。


 それを知った人々は喜びに沸き、()()()雪を消そうと動き出した雪使たちを深く敬った。個人だけではない、国単位、世界単位で雪使は敬われている。


 だから、雪使になるのは子供たちの夢であり。


 そして、真実を知る大人たちの絶望であった。






  *****************





 リアの住む村は、国の中でもとりわけ雪が深く、他の里とは半分絶縁状態の山奥にある。

 

 人が到底暮らしていけないはずの場所でリアたちが生きているのは、雪使のおかげに他ならない。


 国でもかなり珍しいはずの雪使がどういうわけだかたくさんいるおかげで、リアたちの村は一応の安定と繁栄を手にしていた。


「リア?……おーい、リアー?」


 だだっ広いだけが取り柄の雪原を一人歩きながら、エレンはふうっと肩をすくめた。


 彼の幼なじみは、突飛な行動力ととんでもない発想力を併せ持つ、割とあぶなっかしい性格をしている。基本的に悪さをするのはエレンの前なので今のところ大事件には発展していない。


 が。ちょっと目を離した隙に村中の家畜を全て解き放ったという輝かしい功績を目の当たりにしてから、エレンはほとんど日がな一日をリアの傍で過ごさなければならなくなった。


 雪使として朝早くから施設で過ごし、激務をこなしてなお、夜遅くまでリアの後始末をしなければならない。


 雪使にとって施設の時間ほどつらいものはない、と言われているが正直なところそれは真っ赤な大嘘である。


(リアと一緒にいることに比べたら、施設なんてもうちょろいもんだよ…)

 

 それでも、リアといるのは本当に楽しいし嬉しい。施設の内情を知ってしまったエレンにとって、リアのまっすぐな笑顔は一条の光だった。


 自分のことを好きだと、何のてらいも無く言ってくれることがどうしようもなく嬉しかった。


(……って、何か考えてるんだ)

 

 ビュンビュンと頭を振ってエレンは考えることを止めた。


「リアー!どこ行ったー!」


 と、そこで。  


「ブアッ!エレン、びっくりし……ファックション!ゲホゲホ、くしゃん、ふぇっくしょい!」

「………………」


 突如目の前に現れた少女が得意げな顔からくしゃみ顔、咳顔、さらにはひょっとこのような顔になるのを唖然として見ていたエレンは、我に返るとたちまち眉をつり上げた。


「雪には潜るなってあれ、ほど!言ったじゃん!」

「いひゃいよお、ごめんにゃさひー!」


 一体どれだけの時間雪の中で隠れていたのか、真っ赤に染まった頬をぎゅうっと引っぱって、エレンは盛大に溜息を付いた。


「心配したのが馬鹿みたいじゃないか」 

「そんなことないよ、エレン頭いいじゃん」

「そういうこと言ってるんじゃなくて……」

「?」


 本気で意味が分からないのだろう、不思議そうに首をかしげるリアを見て、エレンはちょっと肩をすくめた。


「リア、ホントに心配したんだよ」


 今の季節は特に寒いんだから、凍えたら死んじゃうし熊とか狼とかも凶暴になるし、と切々たる語りかけを神妙な顔で聞いていたリアは、やがて大きく頷いてにっこり笑った。


「分かった!ありがとうエレン、大好き!」

「…絶対分かってないでしょ」


 やれやれと言いつつも、エレンの顔には柔らかい笑みが浮かぶ。リアの無邪気な笑顔につられて、エレンもリアの頭をそっと撫でた。


「おれも、リアのことが大好き。だからもう危ないことは―――」

「エレーン!」


 もう危ないことはしないで、と言いかけたところでリアが盛大にタックルをかけてくる。ぎゅうっとしがみつかれたところがふわりとぬくもって、極寒の雪原にいるはずなのにとても温かかった。


「…ありがとう」

「なにが?」


 それがなにに対する感謝だったのかは、エレンにも分からない。


 傍にいてくれること。大好きだと伝えてくれたこと。笑顔を向けてくれたこと。今、温かいということ。


 それはきっと、いいところも悪いところも、全部ひっくるめた『リア』という一人の少女に向けての、感謝だったのだ。











 そして、村に帰った二人はそこで、想像したことすらないほどの苦しみを、それから長く永く続くことになる憎しみを知ることになる。


 互いに互いを唯一とした二人の幸せな時間は、こうして唐突に終焉を迎えた。



 

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