プロローグ
「朝だよ」
「あさぁ!?」
夜明けの空に、澄んだ声が響く。ひとつは落ち着いて深く、もう一つは素っ頓狂に明るく。
「これが!?今真っ暗だよまだ!」
赤く紅潮した頬をぶるんっとふって、少女は目をまん丸に見開いた。
「俺たちにとって、朝はこんなもん。いっつも日が昇る頃にはもう施設の中にいるし」
少年はちょっと笑ってぽすんと少女の頭に手を乗せる。ほとんど変わらない背丈の彼を見上げて、少女は眉をしかめた。
「なんでエレンたちだけ」
「は?」
漆黒の瞳に不満をありありとのせて、小さな手が少年を抱きしめる。
「こんな朝早くから起きなきゃいけないなんて、だめだよ」
「リア」
リアと呼ばれた少女はますます力を込めて少年にしがみつく。
「べつになんかひどいことされてるわけじゃないよ」
「でも嫌なの!だってエレン、まだじゅっさいなのに!」
「リアに言われてもなあ」
「わたしはじゅういっさいだもん!エレンよりお姉さんだもん!」
お姉さんはトシシタを守るシメイがある、と片言で叫んだリアをじっと見て、少年―――エレンは苦笑した。
いつでも気づけば傍にいて、エレン、エレンと澄んだ声で呼んでくれる。それだけでエレンがどれほど救われているか、リアは知らないだろう。
ただ、純粋に好きだと言ってくれることが。
「エレン!」
「なあに?」
「ずうっと、大好きだよ!」
そう言って太陽のように笑ってくれることが、どれだけ彼の心を明るくしてくれるか。
エレンのたった一つのよりどころはリアで。
「だからエレン、」
いったん言葉を切ってリアはふっと表情を緩める。小さな唇がふるりと揺れて、言葉を紡いだ。
「ずうっと、ずっと、一緒にいてね」
リアのたった一つのよりどころもまた、エレン以外ではありえなかった。