三話
「さあ! 着るんだ!」
「は、はい!」
父親の剣幕に押されて私は家宝の鎧へと近づく。
えっと、この鎧を着込むには兜からの方がいいかしら?
バランス自体は良いから……脚立を足場にして、この胸の開いた部分から入れば良いかな?
中が暗くて何が入っているかわからないけど、父親が満足するなら良いか。
そう思って足から胴に入って行き……家宝の鎧の中に私はすっぽりと収まる。
すると勝手に胴の板が戻った。
「え!? ちょっと!?」
何これ!?
そう思って視界が真っ暗になったかと思うと、ブウンとブラウン管に光が灯るかのように視界が開かれ、私の目の前に父親がいた。
見下ろしている形になっているのは何故でしょう?
「気分はどうだ? 動けそうか?」
こんな鎧を着てちゃ動けないでしょ!
と思いつつ腕を動かすように意識する。
すると鎧がどう動いているのかわからないけれど、羽の様に軽く私の視界で腕が上がった。
グーパーと両手を何度も動かす。
「リュス様……これは一体どう行った代物なんでしょうか?」
幾らなんでも構造が謎すぎる。
私の体型に合っているとは到底思えないし、不自然な位、腕が軽い。
ハリボテの鎧だったの?
いや、それにしてもなんかおかしい気がする。
「やはりそうか……まさかこんな事態になるとはな」
なんか父親が不敵な笑みを浮かべる。
「アーマリア! 我が最愛の娘よ!」
さっき、私の事はこれから他人って言いませんでした?
そう言いたいのをぐっと堪える。
平民と貴族とではそれ位、立場が違うのだ。
「これからアルミュール家は国の命令に従った振りをしてお前の帰りを待つ事に決めた! いや、この瞬間からお前こそ我が一族の当主だ! いつでもお前が帰って来ても良い様に準備をしていくとしよう。存分に迷宮で活躍してくるのだ!」
お前は一体何を言っているんですかね?
この土壇場でまさかの大出世である。
じゃなくって!
「リュス様、戯れは程々にしてほしいですわ」
冗談を言う余裕があるとはこの父親、娘を溺愛し過ぎだろう。
「なんだ? 冗談ではないぞ? 本気で言っている」
「……本気で?」
「本気で」
一点の曇り無き、淀んだ瞳で父親が言いきった。
そんな欲望が混じった目で見られても信じたくないなぁ。
ただ、アーマリアの部分はなんかこの父親の顔を非常に好意的に受け取れると感じている。
何だかんだ言って親子か。
腐った血筋め!
「アーマリア、今日からお前が影の当主だ」
何が影の当主だ。
この手の平返しは凄い……手にベアリングでも混ざっているかのようにしか感じられん。
……ちょっと無理な要望を言って怒らせてみよう。
「ではお父様、今日からお父様はリングベアと名を改めてほしいですわ」
「うむ! リュスと言う名よりも良さそうじゃな! これからワシはリングベアと名を改めるぞぉおおおお!」
うわ! マジで通りやがった!?
とんでもねえ父親だ。
「はあ……リングベア様の願い、理解しましたわ。つまり私はこの鎧を着て迷宮への奉仕へと出ればよろしいのですわね?」
「うむ! この家宝の鎧にこれだけの適合率を叩き出せるのなら成功は間違いなしだ!」
「えー……その適合率とは何なのでしょうか?」
「ああ、説明を忘れていたな。先ほどお前の腕に着けさせたのは我がアルミュール家当主の証にして、家宝の鎧への親和性を測る装置なのだ」
何それ……この世界、魔法のあるファンタジー世界だよね?
いや、この鎧が魔法の鎧だって言うのがなんとなくわかったけどさ。
「……それで適合率とは?」
「うむ。それは初代当主を除いた適合した者を参考にした数値じゃ。歴代の最も適合した者を100%と定めて数値を測っている、とワシの曽祖父は言っておった」
えー……つまり、初代当主を除いた最高数値を100%に定めた物で、私はここで18192%という歴代を超える驚くべき数字を出してしまった。
だから試しに鎧を着たら、しっかりと同調し、羽の様に軽く鎧を動かせるようになっている、と。
一体何なんだよ。
その滅茶苦茶な状況は。
「ちなみにその鎧を着込み、過去の大戦で武勲をあげてアルム国にこの人ありと言われた曽祖父は55%だと誇っておられた」
えー……歴代基準で55%の曽祖父が大戦で武勲をあげた。
曽祖父の肖像画が壁に飾られている。
ムッキムキの筋肉マッチョなお爺さんだ。
確かにあの体格ならこの鎧を……それでも無理じゃないかしら?
「物凄く重たいこの鎧を着込んで敵を千切っては投げ、千切っては投げ! 光り輝くモーニングスターを振りまわして敵を屠ったとの話だ。その際に所持していたモーニングスターの鉄球を見て、人々は魔眼と恐れたらしいぞ」
なんで魔眼と恐れられたのかは実際の現場にいた訳じゃないから理解出来ないけど、それ位凄いって事ね。
まあ確かにモーニングスターの鉄球は丸いから目に見えなくないもないけど、かなり強引だと思う。
「ですが私は非力ですわ。幾ら鎧が軽かろうと無理な話だと思いますわよ」
「そう思うのならそこにある剣で試してみるのが良いだろう」
「はあ……」
と、ちょっと安物らしい無造作に置かれている剣を手に取り両手で持って曲げようと試みる。
グニっと薄いプラスチックを曲げるみたいな感じで剣が折れ曲がってしまった。
まじかよ。
全然力を入れてないんだぞ?
これには地球産の記憶がある現在の私ことアーマリアでも驚きを隠せない。
「おお! さすがはアーマリア! 家宝の鎧の力を完全に引き出している。それだけの力があれば間違いなく迷宮で生き残ることなど容易いはずだ!」
「あー……はい。承知しました」
これは確かに凄い鎧なんだな。
しかも私にしか使えないって事みたい。
事情は把握した。
「では影の当主アーマリア、これからどうする? 何ならゆっくりと休んでから盛大に送り出しても良いぞ!」
「いえ……すぐに償いに出かけたいと思います」
本音で言えば、この父親とは早々に別れて迷宮のある都市へ移動したい。
欲望に滾った野望とか悪だくみをしたくないんだ。
こう……悪役令嬢の部分が再発しそうで怖い。
フラれた腹いせにこの鎧で城を襲撃……とかありそうな展開とも言えるし、妙な企みを閃く前に行動しよう。
「そうか。ではアーマリア! アルミュール家はいつでもお前が成功して戻ってくる事を待っている。迷宮で大いに成功を収めて返り咲くのだ!」
と、意気揚々と父親は宝物庫の扉を開けて来た道を戻る。
使用人達がさっきとは別の意味で奇異な目を向けているぞ。
驚愕とも言えるかもしれない。
何アレ? って顔に書かれている。
そりゃあそうだよな。
流刑に処される令嬢が宝物庫へと連れられて入って、身の丈の大きい屈強な鎧を着込んで出てきた訳だし。
何の冗談だよ。
しかも前当主が嬉々としてスキップとも言える足並みで進んで行くのだからより一層滑稽だとしか言いようがない。
私もどうしてこうなったのか理解できない。
この鎧を着ている私は一体どうなっているのかもなんかあやふやなのよね。
腰辺りで股が食い込むかと思ったけど、何故か座っている感じがするし……。
まあいいわ。
きっとこれから役に立つ物なんでしょうし。
「では、これに乗って行くのだ」
父親が用意したのは馬車……じゃなくて荷車で、その後ろに私は乗るように誘導される。
私は荷車に乗り、体育座りをする形で腰掛ける。
……とりあえず降りよう。
そう意識するとカシャンという音と共に鎧の胸部分が開く。
私の意思に反応するみたいね。
私は家宝の鎧から降りる。
「これが最後の別れではないとワシは信じておる。絶対に帰ってくるのだぞ!」
「あ、はい。それでは……えーっと……リングベア様」
「パピィと呼んでくれ」
「リングベア様」
「うむ……アーマリアもショックで大人しくなってしまったようだ。そんな所もかわいいぞ。では、がんばるのだ!」
と言う訳で私は改名を受け入れた前当主と、事態を飲み込めずにいる使用人達に見送られながら……迷宮都市に向かって連行されることになったのだった。