二話
それから私は迷宮のある都市に輸送される事になり、その前に実家へ連れて行かれる事になった。
実家に帰ると今まで見た事も無い形相のパピィ……やめろ。笑う。
いくら超偉い貴族の令嬢だったとしても父親をパピィは無いわ……。
しかも間違ってるし、マミィの反対はダディでしょうに。
パピィは子犬とか青二才って意味だったはず。
いや、前世の話だけどね?
この世界ではパピィが父親の呼び方の一つなのかもしれないけどね。
これからは父親、せめてお父様とかにしようよ。
要するにパピィとか言っちゃう位、甘やかされて育ったのだ。
で、そのアーマリアの父親が私を仁王立ちで出迎えた。
「よくもオメオメと私の目の前に来れたものだな。アーマリア」
「……」
どう答えたら良いのか皆目見当もつかん。
怒っている訳だし、何を言っても怒らせるのはわかっている。
黙っているのも怒らせるだろうが、それでも言い訳をするよりはマシか?
いや、ここは反省していると言った方がいいか……。
「何か言え!」
「……全ては私の愚かな行いの所為です。家を……お父様、いえ、全ての者達に謝罪するしかありません」
「ふん……口では何とでも言えるものだ! まったく! とんだ愚か者を輩出してしまったものだな! アーマリア! 二度と我が家の敷地を跨げると思うなよ! 今日からお前は他人であり、家名を名乗る事を認めん! 早々に出て行き、死ぬが良い!」
うわ……実の父親にここまで憎悪されるほどの言葉を投げられちゃったよ。
うん、わかってるけど、私じゃないのに私の罪が、と頭がこんがらがって理不尽に感じると共に納得も出来てしまう。
「はい。申し訳ありません。お父……いえ、リュス様」
もはや父親とすら呼べないのだから、せめて名前だけで別れを告げるとしよう。
ああ……迷宮に入るのがどれくらいになるかはわからないけど、早くも来世に期待した方が良さそうだ。
来世はもっと平穏な一生を過ごしたいな。
「……ふん、せめてもの慈悲だ。国からも許可を受けている。我が家の宝物庫からいくつか物を持っていくが良い。迷宮に挑むのには武具が最低限必要だろう。アーマリア、お前への最後の餞だ」
ああ、なんかそう言った制度と言うか、形式ばった物がこの国にはあるらしい。
まあ、裸一貫で迷宮に挑ませるって言うのは風聞が悪いもんなぁ。
結局は売り払うなりなんなりして失ってしまうんだろうけれど、家から武具を数点だけ持ち込むのが許可されている訳だ。
父親も怒っちゃいるが私に対して、情が完全に消えてしまった訳ではないみたい。
そんな顔をしていた。
「……ありがとうございます」
どうせ死ぬんだからとは思うけれど、この奉仕で罪を償ったと認識されるまで生き残った貴族もゼロではない……らしい。
少しでもその可能性を上げろって事なんだろうな。
なんて思いつつ、父親の背を追いかけて屋敷の宝物庫へと向かう。
ああ、道中で屋敷内の使用人達の奇異な目にさらされているぞ。
何も言わないけれど、みんな私の事をざまあみろって目で見ている。
うう……針のムシロだ。
そうして父親が宝物庫の扉を開けて私を部屋へと招く。
室内には無数の宝と呼ぶべき品々が鎮座しており、武具まで飾られている。
「数点、選ぶがいい」
「はい……」
そう言われて私は宝物庫の中を歩き回る。
アーマリアとしての記憶の中に幼少時にこの宝物庫に入り、父親に宝を一つ一つ紹介されたのが思い出される。
なんとなく懐かしい記憶があるなぁ。
他人にも思えるけれど我が事にも思える。
不思議な感覚だ。
なんて思いながら装飾の意味が強いレイピアとかに目を止める。
売ったら良いお金になりそうだよなぁ。
他にも高そうな杖とか、盾、ローブやガーブ、マントなんかもあって、どれも凄く豪華な装飾が施されている。
売ればしばらくは生活できる代物だ。
ただ、それもしばらくの間だけで、底を尽いたら終わりだろう。
売却した際にも奉仕の名目で金を取られるらしいから本来の売却金額よりも遥かに低い訳だしね。
なら実用に適した物を、とは思うんだけど……このアーマリアって女は戦闘なんて今まで碌にした事が無いんだ。
魔法に関しても不真面目で、まともに覚えちゃいない。
我がままを絵に描いた顔だけが良い女……はぁ。
人生詰んだ後だけをやらされるなんて、なんて運が無いんだ。
まあ私でもあるんだから、文句はないけどさ。
それでも少しくらいは抵抗したいし、可能性に賭けたいよなぁ。
なんて思いながら宝物庫内で使えそうな代物を物色する。
……奥に一際大きな物がある。
私は宝物庫の一番奥にある、目玉商品とでも言いたげな、大きな鎧に目を向け、近寄る。
身の丈三メートル近くある巨人の鎧みたいな代物だ。
確か……。
『この鎧はな……アルミュール家の初代当主様が着用して戦果をあげた事で、アルミュール家は貴族の地位を授かったのだぞ』
こんな事を父親が自慢していた様な気がする。
まあ……こんな鎧を着ていける訳も無いし、何か他の代物を見つくろう。
そう思って背を向けたその時。
カタン……という音と共に鎧の胸部分の留め金が外れ、開いた。
「む!?」
なんか父親が反応して、凄い勢いで近づいてきたので道を開ける。
「これは一体……!?」
「何かあったんですか?」
「いや……そんな事は……まさか……」
と、父親は何度も小首を傾げながら、外れた部分を持ち上げて留め金を止めようと試みる。
だけどその度にカターンと留め金が外れてしまっている様だ。
どうやら壊れたみたいだな。
え? まさか私の所為とか言わないよな?
罪のマシマシは勘弁してほしんだけど。
「今度修理して貰った方がよろしいかと思います……わ」
誤魔化す為、絞り出すようにそう言ってから更に距離を取る。
苛立っている父親をこれ以上刺激したくないからね。
そうするとカチャっと音を立てて鎧の胸の部分が閉まった。
父親は何度も外れないかを確認してから頷く。
「よし!」
と、父親が言って私の元に戻ってくるので入れ替わるように鎧に私が近づく。
するとまたカターンと留め金が外れてしまった。
「これは……まさか……」
「……リュス様?」
「アーマリア、この鎧の中に入ってみなさい」
「え? でも……」
「いいから着てみるんだ」
「この鎧は家宝であって、私が着るには……」
サイズも何も着れる代物ではないだろうに。
しかも仮に着たとしても一歩も動けないのは間違いない。
こんな華奢なバカ女がこんな馬鹿デカイ鎧を着れる訳がないだろう。
「いいから着ろ! この腕輪を着けてな!」
そう言って父親は脚立を持ってきて私の腕に、自らの腕に着けていた腕輪を着用させる。
するとパァ! っと腕輪に光が走る。
なんだこの腕輪。
あ、なんか数字が浮かんでいる。
18192%だってさ。
「これは……適合率……18192%だと……!?」
えー……何を絶句しているのか理解し難い。
私の様な悪役令嬢が登場する創作物で聞いてはいけない単語が出た気がする。
適合率?
私は一体何に巻き込まれようとしているのだろうか?