十話
「アーマリア様……」
「それで何を食べようかしらね。メイがお昼に勧めていたパン屋さんは……もう閉まっていたし、やはりどこかの酒場で食べるべきよね」
「そこは既にチェック済みですニャ! こっちにお勧めのお店があるのですニャ!」
メイの導きのままに私は迷宮都市の商店街を進んで行く。
それから少し小道に曲がった所で……店に到着した。
ちょっと入口が狭いお店ね。
「ここですニャ!」
ああ、その振り返る動作がとてもキュートよ、メイ。
思わず優しい気持ちになれる。
鎧では店に入れないから降りて外に置いておきましょう。
ちなみにこの鎧を盗むのは中々に難しいはず。
馬車でも馬が運ぶのに苦労していたし、ガチャガチャ外で騒いでいたら一発で分かるもの。
店番をしていますとばかりに腕を組んだポーズにして鎧から降りる。
「じゃあ行きましょうか」
「ですニャー!」
お店の扉を開いて店内に入る。そこにはリープッド族を始めとした小型獣人種達の酒場だったわ。
ああ、とてもラブリーなお客さんたちに目が行く。
「いらっしゃーい! あ、貴方は……」
カウンターに居る店長らしきリープッド族……覚えがあるわ。
メイの従兄弟であるラグと言うリープッド族の子よ。
「これは、アーマリア様。よく当店にいらっしゃいました。メイと再会できた様ですね」
「ええ、ラグ……貴方はこんな所でお店を開いているのね。また会えてうれしいわ」
「はい、私もアーマリア様に会えてうれしく思います」
「ラグ、アーマリア様にお食事を持ってきてほしいのニャ! この店で一番良い物を提供するのニャ!」
「メイ、予算にあった物で良いわ。ラグに迷惑を掛けちゃダメだもの」
なるほど……メイが自信満々だった理由がわかったわ。
この街に従兄弟がいるから前もってお願いしていたのね。
「ですが……」
ラグが私の顔を見て困った様な顔をしている。
「予算は一人銅貨20枚の範囲でお願い。ラグ達に迷惑を掛けたくはないのよ。そうしないと私が納得できないの。ね?」
諭すようにメイとラグにお願いする。
「アーマリア様……」
「やはりお噂はデマなんですよね?」
「そこは事実よ。今、私はその罪でこの地に来ているの。償わねばいけないわ」
私はきっぱりと言い切り、ラグに微笑む。
「前と変わらず私に接してくれてありがとう。でも、私は貴族のアーマリアではなく、罪人のアーマリアなの。そこは意識して、甘やかす様な真似はしないで……じゃないとラグ、貴方にも被害が及ぶかもしれないわ。それが私には一番辛いの」
「しょ、承知しました」
「それじゃあ、この予算で出せる食事をお願いするわ。何、文句なんて言わないから安心して出してちょうだい」
「はい」
ペコっとラグは一旦頭を下げる。
私達は空いている席に腰かけて料理が出てくるのを待つことにした。
「食事が終わったらの事なんだけど、宿はどこなのかしら?」
「ここの近くですニャ。メイみたいなリープッドの者達が月で借りてる宿で、既にお金は払っているのニャ」
なるほど、メイの月払いの宿がそこにあって、私を泊めてくれる考えなのね。
それなら宿屋を既に確保してお金を払っているのとは違うから安心。
しかもリープッド族のアパート……きっと素敵な所ね。
淡い光の中で料理が出てくるのを待つ。
「ニャー」
足をブラブラさせて料理が来るのを待っているメイを見ていると時間なんてあっという間ね。
やがて店員が私達に料理を持ってきて目の前に置く。
魚の包み焼きのようね。
後はパスタね。ソースはトマト……っぽい。
後はスープね。
「白魚の包み焼き、きのこソース添えです。それとナポラータです。スープも……どうぞごゆっくりお楽しみください」
「ニャー」
メイが今か今かと食べたそうにしている。
「じゃあ早速いただきましょう」
私はナイフとフォークで包み焼きを切り分けて一口食べる。
先に私が食べないとメイは絶対に手を付けないのが分かっているからの動作よ。
味は……うん。
私の事を想ってラグは作ってくれたのか、安い食材でも良い調味料を入れてくれている。
魚の風味と調味料に入れられた香辛料、それとバターの風味が調和して舌の上で楽しさを奏でてくれる。
「美味しいわ」
カウンターの方に微笑んで安心させてあげる。
他のお客さんもいるのだからいつまでも私達の方に集中させてはいけないわ。
ましてや私は犯罪者の紋様を首に付けているし、嫌でも目立ってしまうもの。
「さあ、メイ。貴方もいただきなさい」
「にゃー! いただきますニャー!」
メイが食器を使って出された料理をバクバク食べ始める。
その楽しげな食事姿に癒されながら私も少しずつ切り分けて食べて行った。
ああ……久しぶりのホッとするような食事ね。
今日の労働の対価として十分だわ。
「あ、ラグー持ち込みのパンを一緒に食べて良いニャ?」
「どうぞ」
メイがラグに許可を求め、ラグが了承してくれる。
それじゃパンを一緒に食べましょうか。
私はメイの分のスープの隣に、パンを半分にして置くわ。
「アーマリア様? パンはアーマリア様の分ニャ」
「こんなに素敵なお店を紹介してくれたメイにも食べる権利があるわ。一緒に食べましょう? それとも食べてくれないの?」
ちょっと残念そうに伺うように私が尋ねるとメイは少しだけ呆けたように口を開けた後、頷く。
「とんでもないニャ! アーマリア様の真心を無下になんて絶対にしないニャ!」
「ええ、沢山食べて体力を付けるのよ」
「それはアーマリア様もニャ!」
「もちろんよ」
問題は小型獣人種用のお店だからちょっとだけ量が少ない気がする。
前世の認識なだけだし、アーマリアも贅沢は好きだけど見た目の為にダイエットをする様な女で、小食を心がけている。
だから我慢できない程ではない。
パンをスープに漬けて食べる。
うん。
そこそこ固くなっていたけれど、スープでふやかせば程良く美味しく食べられるわ。
そうしている内に、私達は出された料理を食べ終えて、今日の報酬を払う。
「ごちそーさまでしたニャ!」
「とても美味しかったわ」
「ありがとうございました。またのご来店を心からお待ちしております」
食事を終えた私達は見送るラグに手を振ってお店を後にした。
とりあえず今日は厄介になったけれど、毎日行くのは危ないかもしれないわね。
何せ私が出入りしているとお店に迷惑をかけかねないし……親しい者達だからこそ、気持ちを考えないといけない。
メイの所に厄介になるのもいつまでにするかも考えないと……。
家宝の鎧が警護をしていたお陰か、盗まれる様な事はなかったわ。
妙な連中なんかに絡まれる事も……。
私は家宝の鎧に入って動き出す。
この鎧は本当に便利ね。
見た目で絡んできそうな冒険者を全身甲冑で威圧出来るから絶対に絡んで来ないわ。
まあ……仮に絡んで来ても、魔物をミンチにしてしまうパンチで脅せば逃げて行くでしょうけど。
「じゃあ早速、宿に行くのニャ!」
「ええ」
そんな訳で私はメイが泊っている宿に着いたわ。
そこまで迷宮都市の隅に小さく経営している、大きくはないけれど、適度に清掃がされている悪くない宿ね。
「家宝の鎧はどうしたらいいかしら?」
「ちょっと店主に相談してくるニャ」
メイが宿の店主に声を掛けに行き、事情を説明、話をして戻ってくる。
「宿の裏手に馬小屋があるニャ。そこになら置いていても良いと話をつけたニャ」
「わかったわ」
私はメイの指示通りに裏手にある馬小屋に家宝の鎧を置いて戻ってきた。
「こっちニャ」
既に部屋のカギを持っているメイは早速自室に私を案内してくれた。




