一話
「幻滅だ……悪いがもう声をかけないでくれないか」
そう言われて私、アーマリア=G=アルミュールは失恋のショックで心、いや、魂が砕かれた様な痛みと共に前世の記憶を思い出した。
私……と言うか俺の前世は男だったんだな。
しかも現代社会の日本出身のブラック会社勤務の社畜の貧乏人。
どうして死んだのかの死因とかの詳細や前世の名前とかまでは思い出すに至らないが、なんともざっくりとした認識で前世を思い出してしまった。
たぶん……死ぬ直前の走馬灯の時に思っていた事は……。
こんな苦しい一生を終えたんだ。
来世……生まれ変わったら金持ちに生まれたい。
そう思っていたのを覚えている。
で、当然と言えば当然ではあるのだが、生まれ変わった際に前世の記憶なんてある訳もなく、そのまま……思い出す限りだと魔法のある世界の貴族の娘として生まれ変わった。
やったな! 願いは叶ったぞ!
しかも大公爵だ。
貴族の中でも上位に位置するスーパー貴族。
三食昼寝、更に優雅なティータイムまで付く……はずだった。
と、なんか自らを客観視してしまっている。
「……放心しておられる。どちらにしてもアーマリア嬢。君の行った罪は非常に重い。悪いがアルム国王立レリーザ学園は君に退学処分を言い渡す」
記憶の整理が出来ていない所でなんか偉そうな……ああ、学園長が私に向かって退学を言い渡している。
そして……先ほど声を掛けるなと言ったのは、私が幼少時から恋心を抱いていたラインハルト=S=アルム。
私が属している国、アルム国の第一王子様って奴。
ああ……これが奇妙な夢なら良いのだけど、夢にしては一向に覚める気配は無いし、鮮明に生まれ変わってからの記憶が否定してくれない。
今までの自分が他人になった様な、非常に気色悪い感覚がして目眩がしてくる。
「それだけでは済まない。君が犯した罪は非常に重たい。これは大公爵に属する君の家もタダでは済まない事を理解することだ。わかったな?」
でだ……ぶっちゃけて言うと俺の来世……アーマリアだっけ。
この女は性格がねじ曲がり切った酷い女だ。
客観的に見るだけでも反吐が出る。
家柄を笠に着てやりたい放題。
他者は蹴落とす為にあると思いつつ、気に食わない事があると癇癪を起こすのは日常茶飯事。
しかも裏で暗躍までして、気に入らない相手には相当酷い事を平然と行なっていた。
柄の悪い連中とも密かに繋がっていて、私に向かって軽蔑の言葉を投げたラインハルトに近づく女共を揃って酷い目に合わせていたのだ。
その不祥事を全て家の力で握り潰して悦にも浸っていた様でもある。
が、そんな悪行が遂に明るみになる時が来て……王子の目にも私が醜く他者を苦しめた瞬間を見られてしまい、こうして軽蔑の言葉と共に絶縁を言い渡されたと言う状況だった訳だ。
言われる前の私は王子に向かって縋りつくように誤解よ!
私が悪いんじゃない!
嵌められたの!
とか身勝手な事を言っていたけど、前世の記憶を思い出した今となっては、間違いなく真っ黒だとしか言いようがない。
うぅ……こんな状況で前世の記憶なんて思い出すもんじゃねえよ。
現実逃避に別人格を作られて、それが俺……私って統一しておこう。
人格を変えられた方が遥かにマシだ。
少なくとも先ほどまで存在していたアーマリアという物語の悪役みたいな令嬢の女の人格は……失恋と前世を思い出し、ショックで死んだと言える。
今の私はアーマリアでも前世でもない、この二者が混ざった人格だ。
要するにやや男っぽい女みたいになってしまっている。
とはいえ……私はどうしたらいいのだろうか。
絶縁を突きつけられるまで怒りと悲しみの涙を流していたが、前世を思い出した所為で完全に引っ込んだ。
けど……さすがに泣きマネをしておいた方が良いか?
いや、それで許される様な状態という訳でもない。
私の所為でどれだけの生徒……いや、生徒に限らず、沢山の人々が不幸になったのだ。
どう許されないって?
何を隠そう、私自身がどれだけの人を不幸にしたのか、まるで覚えていない。
生まれてから今日まで食べたパンの数を覚えている訳がないでしょう?
みたいな感じだ。
「さ……行こう……フラン」
「でも……アーマリア様が……」
王子が前世を思い出す前の私の恋敵であるフラン=B=エルペと言う可愛らしい女の子の手を握って背を向けて部屋を出て行く。
なんて言うの? そう、前世の記憶基準だと、フランの方が私より可愛いかな。
純粋って言うか、頑張り屋な所があるのが今の私にはわかるし。
王子もそのフランのがんばる姿を応援していたみたいで、私はそれが女として敵だと認識するのに十分だったみたい。
私を客観的にみると性格がきっつい。
私自身は無駄に自信があったみたいだけど、男受けする性格じゃないよ。
男の記憶があるんだから間違いないね。
「良いんだ。彼女はこれから罰を受けねばならない。じゃないとみんなが許してくれないんだ」
と、チラッとだけ王子は私を見てから扉を閉めた。
うん、それは否定しない。
本当、酷い女だよなー……我が事だけどさ。
人が苦しむ所を見て喜ぶ趣味まであったのは否定できない。
苛めとかにも手を染めている……はぁ、やり過ぎだアーマリア、出来ればオレを思い出す事なく報いを受けてほしかったよ。
その方が因果応報とか、ざまぁで終了するのにさ。
「では……独房に連行してくれたまえ。アルミュール家の者とはこれから話をせねばな」
と、校長は私に軽蔑のまなざしを向けつつ、部下の教師に命じた。
私は教師達に取り押さえられる形で軟禁され……一週間の時間を、碌に外に出る事すら出来ずに過ごす事になった。
実家であるアルミュール家と学園、国は協議を重ねた結果……私は罪人に判決を言い渡す場に連れて行かれ、アルム国の王様……王子の父親である王様に睨まれながら、刑を言い渡された。
「――拉致監禁及び、人身売買にも加担したアーマリア=G=アルミュールは貴族の地位を剥奪、アルミュール家位の低下。そして重罪人として迷宮へ赴き、探索奉仕の刑を下す!」
カンカン! と木のハンマーを叩いて判決が下る。
私はその刑の重さに絶句してしまった。
アーマリアとしての記憶で読み解くとすると、この世界には迷宮……前世的に言えばダンジョンがあり、そこには無数の魔物が生息している。
冒険者と呼ばれる職業に就いた者達がダンジョンに潜り、日夜日銭を稼いでいるそうだ。
アーマリア曰く、下賎で汚らしい者達、である。
しかしこの迷宮という奴は放置すると地上に魔物が溢れ出す。
迷宮で魔物を倒す騎士や兵士、冒険者の人達は平和の為に戦っている。
誰かがやらなければいけない立派な仕事だ。
で、罪人としての迷宮へ探索奉仕……もはや考えられる限りの流刑、間接的な死刑に該当する罰だ。
要するに死刑にするのは風聞が悪い。
ただ死ぬだけでは腹立ちも収まらないから迷宮に潜って苦しんで死んでくれ! って奴。
喜んで迷宮に潜って行く奴とかいそうではあるが……罪人冒険者ってのは普通の冒険者よりも色々と制約が課される……らしい。
どうもアーマリアは権力を使って気に入らない奴……フランをこの罰になるように誘導しようとしたりしたみたいだ。
なんとも自分が相手にしたかった罪を自身が被るとは因果応報とはこの事だ。
「異議は認められん! わかっているな!」
「はい……」
手枷を意味する布を巻かれた状態で私は王様の言葉を了承する事しか出来なかった。
実際は「はぁ……」って感じだったが。
「では罪人の紋様を刻むのだ!」
「「「は!」」」
と、王様の命令で魔法使いたちが私の周囲を取り囲み、何やら魔法を唱え始める。
私を中心に魔法陣が形成され、首元にバチバチと静電気が集約する。
うぐ……痛い!
「キャアアアアア!」
堪え切れず悲鳴を上げてしまった。
イタイイタイ!? 悪い事をした自覚はあるけど、こんな痛い思いをしなきゃいけないのは勘弁して!
やがて儀式は終わったのか魔法使いたちは魔法を唱え終える。
で、分かった事は首に謎の刺青を入れられた。
「この紋様が貴様が犯罪者である事を証明する。容易く逃げられるとは思わん事だぞ」
ああ、これが罪人の目印にして首輪って訳なのね。
「ではこれにて閉廷!」
ここまで読んでくださりありがとうございます。