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オルブレイン地区に向かう乗り合いの蒸気車のなかは、沈黙に包まれていた。
貴族階級の住むアッパーグラウンドに研究所あるいは本部はあるため、そこから中流階級の住む町の一つであるオルブレインに向かう人間は、真昼間だと多くない。通いの使用人や外商がちらほらと乗るだけの状況だ。
もちろん、悪魔の使役や任務の進め方、これまでの活動など様々に話を振ったが、ジェイクは胡乱な目でこちらを見るだけ見やって、結局寝やがった。
「なあ、悪魔さんよ。君の名前はなんて言うんだ」
手持無沙汰で悪魔にも声をかけてみると、初めて明確に声を発する。
その目元から鼻にかけてと想定される部分を隠す仮面の下、小さな口が動いていた。
『名前、ナンテ、ナイ』
確かに、ジェイクの野郎には名前なんて粋な物考えられなさそうだ。
呼びかけにくくて困ったものである。
「あー、そうか。じゃあジェイクは何でこんなに刺青みたいなのが入ってるんだ?その部分はうごかないみてぇだし」
『モウスグダカラ』
「もうすぐってなにがだ」
『モウスグハ、モウスグ』
ジェイクの悪魔から情報を得られないかと探ってみるが要領を得ない。
視界にかかる鬱陶しい髪を振り払い、頭を掻く。暗い車内で闇に紛れるカブトに目を向けても大した反応は返ってこない。
いよいよ、暇だ。
「お前、周り見てみろよ」
寝たと思っていたジェイクの嘲笑交じりの言葉に、相席者を見ると誰も目を合わせようとせず、よそよそしい雰囲気を感じる。
怪訝に思いジェイクに向き直ると嬉しそうな表情である。
「悪魔が何時も実体化していたら大変な騒ぎになるだろうが。使役悪魔だろうと、ただの悪魔だろうと物理的な影響を及ぼす時以外は人に見えるような肉体は持ってねぇよ」
含み笑いをしながら続ける。
「つまりアレだ。お前は何もないところに話しかけるやべぇ奴ってこと」
頭の横で回している人差し指を見ながら、その内容を理解してとうとう俺は黙り込むしかなかった。もちろん、憤怒と羞恥から。