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「さすがに、どこも弄られたりしてねぇよな。」
服を着替えるのに与えられた小部屋には全身が写るような大きな鏡があった。世界的に認められた機関といっても、やってることは人間の売り買いに他ならない。案外、臓器の一つも抜かれていたりしてな、と冗談にもならないことを考えながら鏡の前に立つ。
うん、いつも通りの男前だ。
とはいっても、鏡なんて高級品身近にあるものではなかったから、雨上がりの汚い油の浮いた水たまりや、たまにあるガラス窓くらいしか自分の顔を見る機会もなかった。だからか、大きな鏡に映る自分の顔にどこかしら違和感さえある。
居心地が悪くなって目をそらすと、薄暗い照明に紛れて黒い影がヌッと姿を現したのが鏡越しに見えた。
「っくりした。なんだよお前。近すぎ」
表情の分からない、自分が顔だと断定することにした部分を見つめる。
『……オ前、ウマソウダ』
黒い頭のどこから発されたかもわからないその言葉に、着の身着のまま小部屋から転がり出る。
「……しゃべっ。あ、あいつ喋っ…」
「どうされたのですか」
「悪魔ってしゃべるのか⁉」
涼しい顔をした彼女に勢い込んでそう尋ねると、当然といった面持ちで説明してくれる。悪魔祓いになる為には一定の素質が必要だが、悪魔を使役するにあたっては別に呪文を唱えたりするわけではない。言葉が通じなければ命令もできないだろうということだ。
喋ることができるのも、悪魔祓いとの意思疎通には欠かせない。ただし、悪魔にも性質があるようで、ある程度理論的な会話ができるものとできないものがいるらしい。
「悪魔祓いになったばかりで分からないことばかりでしょう。それに、活動は人それぞれなので、一度他の方の活動に付いて行ってもらうことにしています。今回、ちょうど任務があった方をご紹介しますね」
そう言って、彼女はベッドの真正面にある大きな扉を出る。その手前で振り向いてほほ笑む。
「戻ってくるまでに、きちんと着替えておいて下さい」
「アッハイ」
体に手術痕がないか確認していたとはいえさすがに下着は脱いでない。俺のバズーカが麗しい女性の美しい瞳に反射して輝く事態は免れている。それだけは強く主張しておく。
なんてくだらないことを心の中で思いつつ、静かに後ろにたたずんでいた悪魔を見た。
悪魔の方はといえば、面のような物は常に俺の方を向いており、起きたときから案内をしてくれている美しい女性、俺専用のナビゲーターでもある彼女には一切関心を見せようとしない。
女性が部屋に入ってきたとき、微笑んで出て行った時もずっと俺を見ていた。
「お前俺ばっか見てるよな…もしかしてメス?いやそもそも性別って概念はあるのか?」
『セイ、ベツ?オレ、オ前、気ニ入ッテル』
「おおう悪魔すら好感を抱いてしまう罪な俺…じゃなくて、オレって言ってるしオスかな?体つきは無性って感じだが…」
まあ性別はどっちでもいいか。重要なのはこれから悪魔と契約者、二人揃って悪魔祓いとなるのだから、相性とか、コンビネーションとかの方だよな!
「いずれは連携技とかを悪魔にお見舞いしてやりたいよなー」
スラム暮らしの時はそれなりに悪事も働いたし、逃げ足は仲間内でも評価されていた。それをうまく流用して悪魔に必殺技を…
『オレ、戦ウ。オ前、見テルダケ。』
「えっ…嘘だろ、連携技とかしようぜ!なあ!最高の悪魔祓いに二人で協力してなるって約束しただろ!」
『シテナイ』
「そんなつれないこと言わずにさー、なー、…えっとお前名前なんだっけ」
『…名前ナイ』
「そっかそっかナイか!って嘘嘘そんな顔で見んなよ表情変わってないけど!」
『……』
気のせいかもしれないが少し可哀相に見えた。
そりゃ悪魔だもんな、名前付けるやつなんかいないよな…ひょっとしたら親とかもいない可能性だってある。悪魔の誕生したところなんて誰も見たことないのだ。
「よし、俺が付けてやろう!」
『遠慮スル』
「何でだよ!」
『オ前絶対変ナ名前付ケル』
まだ披露してもないネーミングセンスを悪魔に速攻で否定されるのは中々心にくるものがある。
こうなったら100万人が納得する素敵な名前をこのかっこいい悪魔につけてやるしかない!
ようし、名前ってのはやっぱり見た目から付けるのが失敗が少ないよな。全身アーマーっぽい素材で出来てるのがコイツの特徴だから…東洋のどっかの国ではアーマーのことを、ヨロイカブトと呼ぶらしい。ということで…
「カブト、でどうだ?」
『カブト…ムシ…?嫌ダ、オレ、虫嫌イ』
「その図体で虫嫌いなのかよ!繊細か!!」
しかもカブトはヨロイカブトのカブトであってカブト虫のカブトではないのだが…
まあめんどいからそこは訂正しなくていいか。
「まあカブト、これからよろしくな!」
『オレ、オ前、気ニクワナイ』
「あっるぇ!?好感度プラスイベントじゃないの名付けって!?」
『トットト着替エロ』
「アッハイ」