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「そういや、契約した悪魔ってのはどこにいるんだ…ですか?」
意識がはっきりしてくると思い出す。貴族に売られると思ったこの体が、こうして自分の意思をもって生きながらえている理由を。
下層地域でもアッパーグランドでも、悪魔という存在が問題になっている。体の大部分を食いちぎられた変死体や、突然の人間の失踪といった事件が多発している理由は悪魔だと政府から示されたのは俺が生まれるよりもっと昔だ。
今いるこの不老長寿法を確立し独占的に行っている研究所は、その研究の過程で、悪魔を人間と契約させる方法をも発見したらしい。その技術を用いて契約した悪魔を使役し、巷で事件を起こす悪魔を調伏する悪魔祓いの組織も立ち上げている。俺は、その悪魔祓いの素質があったことで身体の提供を免れたのだ。
特に視界には悪魔らしいものがいないのを確認して、女性に問い直す。
「ええ、それならあなたの後ろに。でも、初めて見るときは恐ろしく感じるでしょうから、ゆっくりと振り返ってください」
それはそうだろう。悪魔祓いとして使役悪魔と契約することを受け入れはしたが、悪魔なんて見たこともないのだから。
もっとも、ただの悪魔を見たことがある人間はこんな場所に来る前に死んじまうだろうから、悪魔祓いの多くは契約して初めて悪魔を見ているのだろう。
ゆっくりと振り返った先にいたのは何とも面妖な生き物であった。物質として存在しているかわからない為、生き物といっていいかも定かではない。
頭部は黒くツルっとした硬質なものでおおわれているが、それが顔なのかお面なのかさえ分からない。全身も頭部と同様であることから、あれが顔と考えてもいいのかもしれない。手足の指は長くつま先に掛けて異様な尖り方をしており、全身がアーマーを着込んだような印象だ。ただ、そのアーマーから覗く繊維質な肉の質感が生々しい。
「おお!かっこいい‼」
「…はあ」
「俺の悪魔すげぇかっこいいじゃないですか!」
「たいていの方が悲鳴を上げるか、不快そうな反応をするので、そういった反応は初めてです」
優し気な表情は変わらないが、拍子抜けしたように、あるいはすこし怪訝そうな表情で女性がこちらを伺っている。
「というか、悪魔って本当に翼が生えているんですね!」
「それは古い協会信仰ですよ。悪魔は様々な姿を取ります」
彼女は苦笑いでそう訂正すると、きれいに畳まれた服を俺に渡した。悪魔との契約にあたって着替えていた白い服から、自分の服に着替えるようにということだろう。
まだ渡すものがあるようで、受け取った元の衣服に重ねられたのは長い駱駝色のコートだった。
「こちらは悪魔祓いに支給している制服のようなものです。エンブレムが入っていますので、大切にお使いくださいね」
俺は視線で促されるままに、ベッドから降りて小さな扉に向かった。