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2-3

 雅緋が再び登校してきたのは2日後だった。

 その日一日、どう話しかければいいか迷っている瑠樺に対し、雅緋はあの夜のことなどなかったかのような素振りで、瑠樺と視線を合わせようともしなかった。

 だが、放課後になると、雅緋は瑠樺に近づいてくると――

「さあ、連れて行ってもらえるかしら」

 当たり前のようにそう言った。

 八神家の一つ、矢塚の家はそのなかでも特殊な家柄だ。

 亡くなった術者たちを弔い、霊を沈めることを生業としている。そして、もう一つの仕事が八神家の歴史を継ぐことだと聞いている。その特殊な生業故、八神家のなかで一条家以外に唯一現在でも続いているとも言えるかもしれない。

現在の当主、矢塚冬陽やつかとうようのことを瑠樺はあまりよく知らない。

 初めて冬陽と会ったのは父の葬儀の時だった。濃紺の羽織袴姿にボサボサの茶髪というアンマッチのその男はやけに目立って見えた。

――キミとはまた会うことになるだろうね。

 そう言って冬陽は去っていった。

 いったい何を言いたかったのか、瑠樺には理解出来なかったが、それほど気にも止めることもなかった。

 まさかこんなことで矢塚を訪ねることになるとは当時の瑠樺は思っていなかった。

 矢塚の屋敷は街の東のハズれにあった。学校からバスで30分、さらに徒歩で山道を30分も歩いた山の中腹にある。

 電話番号すら知らないため、事前に連絡することは出来ないまま矢塚の屋敷を訪ねることになってしまった。ひょっとしたら一条家の誰かならば知っている人もいたかもしれないが、矢塚の屋敷を訪ねることを一条家の人間に知られることは憚られた。

 雅緋と一緒であることも理由の一つだが、それ以上に矢塚冬陽は一条家にとって、そういう立場のように思えたからだ。

 その日の雅緋はどこか雰囲気が違って思えた。

 以前から感情を表に出すことのないタイプだが、今日はなおさら感情が読めない。

「雅緋さん」

 瑠樺は前をスタスタと歩いていく雅緋に声をかけた。「この前のことなんですが……」

「この前?」

「妖夢を雅緋さんが倒した時のことです」

「倒してないわ。言ったでしょ、追い払っただけよ。あれはただのシッポなんだから」

「でも、妖夢を追い払うなんてこと普通、出来ません」

「私にはあなたと同じように妖力があるのでしょ? そんじょそこらの人とは違うってことでしょ。それとも私がどこか異世界の人間だとでも言えば満足なわけ。私、その手の物語、好きじゃないのよ。私はこの世界の人間よ」

「だからってあんなことが出来るなんて普通じゃない。どうやったんですか?」

「どうって? ただ、目の前にいる敵を蹴飛ばしただけのことよ」

「そんな……」

「もういいでしょ、この話はこれでお終い」

 雅緋はそう言って足を早める。

「待ってください。昨日、学校を休んだのは体調が悪かったからですか? 大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。気にしないで」

 雅緋は振り返りもせずに答えた。そして、機械的に足を動かしていく。

 どこかピリピリしているように見える。機嫌が悪い……というのとは少し違う感覚。

(緊張してる?)

 瑠樺もそれ以上声をかけることが出来ず、そのまま雅緋の背中を見ながらついていくことしか出来なかった。

 約30分間、無言のまま二人は矢塚の屋敷へ向って歩いていった。

 矢塚の屋敷の場所は瑠樺も知っていた。

 以前、父の葬儀の時、墓地のすぐ奥にある屋敷を目にしたことがある。まるで世界遺産にでも登録されていそうな茅葺屋根のその屋敷は、一条のものとは比べ物にはならないが、それでも一般的な家から比べればかなり大きい部類といえる。

 門塀はなく、山道がそのまま矢塚の屋敷の広い庭先へ入り込んでいる。

 瑠樺は思わず庭先で足を止め、その大きな古民家を見上げた。

「何しているの? さ、行きましょう」

 そう雅緋に促され、玄関口へと進む。

 恐る恐る玄関口を覗き込むと、玄関扉は開いておりその向こう側に人影が見えた。

 矢塚冬陽だ。

「あの……二宮と言います」

 瑠樺は慌てて頭を下げた。

 白い道衣に袴姿の冬陽は、まるで瑠樺が来るのをわかっていたかのように――

「やあ、久しぶりだね。よく来てくれた」

 軽い口調で声をかけた。まるで親しいような口調だが、冬陽と会うのは葬儀以来で、これまでもほとんど会話らしいものはなかった。

「突然、お邪魔をして申し訳ありません。今日はお願いがあってまいりました」

「硬いなぁ。いいんだよ。そんな畏まる必要はないよ。上がってくれ、さあキミも」

――と、雅緋にも声をかける。

「お邪魔します」

 雅緋もまた躊躇することなく靴を脱ぐ。

 二人は冬陽に招かれるままに座敷へと通された。だだっ広い何もない畳敷きの座敷は、どこか矢塚という人間性を示しているように思えた。

 部屋の隅に山積みにされた座布団を2つ持ってくると、矢塚は瑠樺たちの前に差し出すと、自分はそのまま畳の上にあぐらを組んだ。

「それで? 今日は何かな? ひょっとしたら、そちらのお嬢さんの件かな?」

 微笑みながら冬陽は雅緋へと視線を向けた。

「え……ええ、彼女は――」

「音無雅緋さん……かな?」

「どうしてそれを?」

「一応、ボクも八神家の人間だよ。すでに話は聞いているからね」

 すぐに瑠樺もその言葉の意味がわかった。おそらく一条家から関係する全ての人々へ雅緋の件は伝わっているのだ。

「話って?」と、雅緋が問いかける。

「いえ、それは――」

 慌ててごまかそうとする瑠樺を見て冬陽は笑った。

「ああ、そうだった、そうだった。これはボクの失敗だった。キミには内緒にしておくべき話しだったね」

 そう言いながらも隠す気など微塵もない様子だ。そして、雅緋のほうもまるで気にしていないようだ。

「じゃあ、今のことは聞かなかったことにしておきます」

「そりゃありがたい。それでキミの用というのは?」

「八神家の歴史について興味を持ちまして」と雅緋が答える。

「ほお。変わった興味だね」

 冬陽は雅緋の顔をまじまじと見つめ――「それはキミ自身がかい? それとももっと違う誰かのものかい?」

「さあ、何のことです?」

 雅緋は表情一つ変えることなく答えた。その会話の意味が瑠樺にはわからなかった。

「まあいいか、キミにだって話したくないこともあるだろう。それにしても八神家の歴史などを知ってどんな意味があるんだい?」

「ただの興味ですよ。興味に意味などないでしょう?」

「なるほどね。本来、家の歴史などというものは部外者に話すことじゃあないが、キミはまったくの部外者と呼べないような気がするね」

「それって? やっぱり雅緋さんは八神家にゆかりの方なんですか?」

「違うわ」

 即座に雅緋はキッパリと否定する。

「じゃあ、矢塚さんが言ったのはどういう――」

「何か勘違いしているんじゃないの」

 雅緋は冷たく言い放った。「矢塚さん、八神家のこと教えてもらえますか?」

「何が聞きたいんだい? まさか八神家の歴史の全てを今ここで話せと言うのかい? 全てとなると何日かかることか」

「そこを適当に大切なところだけかい摘んでお願いします」

「どこがどう大切かは人によって違うんだけどね」

 矢塚はそう言って頭を掻いた。


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