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2-1 八神家

   2 八神家はちがみけ


 雅緋の予言通り、彼女は翌日、学校を休んだ。

 だが、瑠樺がそれを知るのは、さらにその翌日になってからになる。なぜならば瑠樺もまた学校を休むことになったからだ。

 瑠樺は、妖夢に襲われた時のことを一条家に報告するため呼び出しを受けていた。

『一条日時計屋敷』、その屋敷は一条の栄華を象徴しているかのようだ。

 敷地は東京ドームとほぼ同じ広さで、その敷地が大きな円形であることもあり、そこに12の館が円を描くように立ち並んでいる。その屋敷には一条家の人間以外にも多くの術者や使用人などが暮らしている。

 その中央には『奥の院』と呼ばれるもっとも大きな館が建てられており、そこに一条家の当主である一条春影が暮らしている。

 今、瑠樺はその『奥の院』を訪れていた。

 広い座敷の中央に座らされ、上手の御簾越しに春影の陰が見える。

 一条春影、八神家をとりまとめる一条家の当主であり、その存在があったからこそ父はここに戻ってきた。

 父が一条家に仕えることになった時、一度だけ春影と顔を合わせたことがある。だが、一年前、瑠樺の父が亡くなった事件の後、春影は人と直接顔を合わすことを止めたと聞いている。

 瑠樺から見て右脇に和服姿の斑目が、左脇に僧侶姿の栢野出石が座っている。二人とも一条家に仕える重鎮だ。斑目は若き術者たちを取りまとめ、栢野は九頭龍と呼ばれる陰陽師たちを率いる立場にある。この二人の役割や立場の違いがどのようなものなのか、詳しいことは瑠樺にはわからないが、それでも二人の存在は十分に瑠樺を萎縮させるものであった。

「呼ばれた理由はわかっているな。昨夜、何があったのか答えなさい」

 最初に口を開いたのは斑目だった。

「それについては昨夜も報告しましたが――」

「わかっておる。春影さまの前でもう一度申し上げよと言っている」

「は、はい……妖夢に襲われました」

 斑目の言葉に押されるようにして瑠樺は答えた。

 既に昨夜のうちに妖夢に襲われたこと、喜多村が命を落としたことはあの後駆けつけてきた一条家の者たちに報告してある。

「喜多村は殺されたそうだな。なぜおまえは無事なんだ?」

 栢野がジロリと睨む。まるで瑠樺が死ななかったことを咎めているようにも聞こえる。

「は……」

 瑠樺はどう説明していいか戸惑っていた。雅緋のことは一条家にもまだ伝えていない。助けてくれた雅緋に無断で彼女の力のことを他人に話していいかどうか迷われたからだ。

 思案していると今度は斑目が問いかける。

「すでに何人もの術者が妖夢によって命を奪われている。妖夢と遭遇したにも関わらず無事だったのはおまえだけだ。答えなさい。春影さまにちゃんと説明しなさい」

 いつもながらではあるが斑目の言葉がキツい…とはいえ、この初老の男の言葉がキツいのは今日に限ったものではない。

「どうしました? 答えてください」

 御簾の向こう側から春影が直接訊いてきた。「どうやって妖夢を撃退したのです? いえ、どうやってというよりも誰がと聞いたほうがいいですか?」

 その言葉にドキリとする。

 その口ぶりでは既に雅緋の存在を知っているのかもしれない。

 隠しても無駄だろう。

 瑠樺は正直に答えることにした。

「音無雅緋さんです。彼女に助けられました」

 案の定、3人共驚くような様子は見えなかった。

「それは何者ですか?」

「私のクラスメイトです」

「妖夢を撃退したと言いましたね。つまり妖力を持っているということですか?」

「それは……よくわかりません」

 そう答えてから瑠樺は斑目の様子を伺った。曖昧な自分の答えが斑目の怒りを買うのではないかと心配になったからだ。だが、斑目は表情一つ変えないまま、じっと宙を見つめて黙っている。

「危険な存在ですね」

 御簾の向こう側から再び春影の声が聞こてくる。

「いえ、彼女はそんな危険な人ではありません」

 反射的に答えていた。

「なぜそんなことが言えるのですか? あなたを助けたから? 妖夢をたった一人の力だけで撃退するなど、容易に信じられるものではありません。その者自身、妖夢の仲間かもしれないじゃありませんか」

「彼女は……雅緋さんはそんな人だとは思えません」

「あなたはその娘のことをどれほど知っているのです?」

「それは……」

 どう答えていいか瑠樺は迷った。このままでは雅緋が一条家にとって危険な存在として見られることになるかもしれない。

「答えられないのですか?」

「雅緋さんのことは私に任せてもらえませんか?」

 思い切って瑠樺は言った。

「任せる? あなたに?」

「何かあれば報告します。ですから今は私に任せてください」

 確かに自分は雅緋のことをほとんど知らないといっていい。だが、雅緋が裏で何かを企むような人間にはとても思えない。

 春影は少し考えるように黙り込んだ。

 やがて――

「まあ、いいでしょう。あなたがそこまで言うのなら、様子を見ることにしましょう。ただし、音無雅緋が何を狙っているのか、何を企んでいるのか調べなさい。そして、何か動きがあればすぐに報告しなさい」

「わかりました。ありがとうございます」

 瑠樺はそう言って頭を下げた。

 御簾の向こう側で人が立ち上がり去っていく気配がする。それに続いて栢野も立ち上がり部屋を出ていく。

 いくぶん緊張から解かれ、瑠樺はふっと息を吐く。

 だが――

「二宮瑠樺」

 残った斑目の声に瑠樺は再び緊張に体を固まらせた。「昨夜、なぜ、お前は喜多村と共にそのような場所に行った?」

「それは……春影さまの指示です」

「春影さま? 直接、春影さまからお前にご指示があったというのか?」

「いえ、でも、春影さまから文鳩が喜多村さんのもとへ届いたと」

「喜多村がそう言っていたのか?」

「はい」

「たわけ!」

 突然、斑目が声を荒げた。「春影さま自らの言葉があったならまだしも、文鳩だと? 妖夢相手にそなたのような未熟な者を手伝わせるようなことはない。うかつなことを申すでない!」

「す、すいません」

 厳しい声に瑠樺は身をすくめた。

「よいか、もしも再びそのようなことがあれば、すぐに報告するように。今後は勝手に動いてはならん」

「わかりました」

「下がりなさい」

 斑目のいらだちが伝わってくる。

 ただ、瑠樺にはその苛立ちの意味がよくわからなかった。


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