エピローグ
エピローグ
あの後、雅緋は再び学校を休んだ。
例によって、妖夢を倒すために妖力を使いすぎ、その力を取り戻すために眠り続けるためだ。茉莉穂乃果、つまりは火喰鳥から預けられた力は妖夢を逃さないための結界に使ったため、妖夢を倒すには雅緋自身の力を使う必要があったのだ。
雅緋が瑠樺の前に現れたのはあれから三日後、学校からの帰り道だった。
瑠樺は雅緋と共に公園のベンチに並んで座った。
「その後、どうなの?」
「どう……って?」
「茉莉穂乃果は?」
「元気です。あの時のことは憶えていないみたいです」
「矢塚さんたちもあの子には優しかったってことね」
「神ですから」
「それは違うわよ。神は不死鳥であって、あの子はただの神巫女よ。不死鳥は決して殺すことなんて出来ない」
「じゃあ、どうして矢塚さんたちは穂乃果ちゃんを助けようと?」
「不死鳥は死なないけれど、神巫女である茉莉穂乃果は死ぬこととなる。彼女にとっても、その家族にとってもそれは幸せなこととは言えないわね。彼らにとってもそういう優しさは持っていたということじゃないかしら」
「そう……だったんですか」
「それで? 一条春影、あの人はどうしたの?」
「春影さまは自分を取り戻しました。斑目さんや矢塚さんと話し合ったようで、八神家としての問題にはしないということになったようです」
「それで済むと思っているの? 西ノ宮はきっとこのこともう掴んでいるはずよ」
「戦うことがあれば、その時はちゃんと戦います。でも、戦わずに大切なものを護る道があればそれを模索します」
「表面上の和解だけは選択しちゃだめよ」
沙羅の気持ちを代弁するかのように、雅緋は言った。
「沙羅さんは?」
「いつものままよ。でも、あなたと話をして、あなたにいろいろ言われて、少しだけ思うところがあったみたい。あの後、ほとんど表に出てこようとはしないわ。ずっと眠っている感じね」
「すいません。生意気言ってしまって」
「気にすることはないわ。それより沙羅が矢塚さんのところで何を知りたいと思っていたか、わかる?」
「それは……呉明の封印の術のことじゃないんですか?」
「そうね。それもあったのかもしれない。でも、実のところ、そんなことはあの子にはどうでもいいのよ」
「それじゃ、何を?」
「私は沙羅の感情や記憶を読むことが出来る。あの子が何を知りたいと思っていたのかも。あの子はね、自分が封印された後の父親のことを知りたかったのよ」
「お父さんのこと?」
「あの子は禁術を使って霊体となって、傀儡を使って魔化と戦った。その時の傀儡が自らの父親だったの。魔化との戦いの後、沙羅は封印されたため父親が死んだのか生き残ったのかもわからない。あの子はそれを知りたかっただけなのよ」
「じゃあ、今からでも矢塚さんに教えてもらえば――」
「それは無理かもしれないわ」
「どうして?」
「これは私の直感だけど、矢塚さんはそんなところまで言い伝えられていないわ」
「そうなの?」
「矢塚さんは沙羅の父親が九怨の出であることを知らなかった。つまり禁忌を犯した沙羅については語り継がれているけれど、その父親のことまでは聞いていないのよ。仕方がないことだわ。もう1400年以上前のことなのだから」
それがどれほどの年数なのか、瑠樺には想像もつかない。
「沙羅さんは辛いですね」
「そうかもしれないわね。でも、望みが消えたわけじゃないわ」
「何かあるんですか?」
「以前、矢塚さんが言っていたでしょ。古い記録の多くは西ノ宮によって奪われたって」
「でも、あれは大事なものじゃないって」
「そうよ。でも、おともと九怨のことなど陸奥神によっては大事なことじゃないのよ。だからこそ矢塚さんには引き継がれなかった。逆に言えば、大事なことじゃないからこそ、西ノ宮が奪ったものに含まれている可能性はあるということよ」
「え? じゃあ、まさか――」
「さあ、どうするかはこれからのことよ」
雅緋はそう言って小さく笑った。「このことは内緒よ。こんな話、矢塚さんたちが聞いたら騒ぎになっちゃうわ」
確かに、矢塚も斑目も、陸奥神と西ノ宮とが戦いになることは避けたいと考えているはずだ。
「そういえば……あの人は?」
「あの人?」
「猫の仮面の――」
「ああ、あの変態ね」
「変態? 雅緋さんは知っているんですね?」
「何から話せばいいかしらね」
雅緋はそう言ってから少しだけ黙り、それから――「沙羅を私に会わせてくれたのはあなたのお父さんだけど、私に沙羅のことを教えてくれたのは美月の一族なの」
「美月?」
「かつて『陸奥の神守』の一つだった美月の一族の末裔。あなたもウチに来た時に会ったでしょ」
「日奈子さんが?」
「あなたが会ったのはもちろん本物の日奈子さんじゃないわ。あの日、日奈子さんは仕事で留守にしていたのだから。あなたが会ったのは日奈子さんのフリをした美月の一族。80年前にこの地を離れていたの」
「でも、八神家のなかで残っているのは一条と矢塚だけって聞いていました」
「陸奥神は肩書じゃないわ。その血こそが陸奥神の存在を証明してくれる。形式など陸奥神には意味なんてないのよ」
「それじゃ、やっぱり雅緋さんは最初から八神のことを知っていたんですね?」
「いいえ、ところがあの人、私には詳しいことを教えてくれなかったの。沙羅の力と知識を得た上で自分のしたいようにすればいいって。あなたも聞いたでしょ? 沙羅が生きていた時代には『陸奥の神守』と呼ばれていて八神ではなかったのよ。ねえ、知ってる? 美月の一族は昔、『騙し神』と呼ばれていたのよ」
「騙し神?」
以前、矢塚がそんなことを話していたことを思い出した。矢塚は気づいていたのかもしれない。
「それでも、父を失った私に彼女が希望をくれた。希望が私を救ってくれた。そして、美月の一族と私をつないでくれたのが二宮辰巳さん。あなたのお父さんなのよ。あなたのお父さんが私を見つけ、美月の彼女を私に近づけた。それはただの偶然だったかもしれない。でも、その『偶然』は私にとって『運命』だった。だから、私はあなたのお父さんに恩返しをしたかった。あなたのために何かをしてあげたかった」
「雅緋さん、あなたは本当に救われたの?」
「そうよ」
「雅緋さん、あなたはどうして沙羅と契約を? あなたはどうして沙羅の力を使おうとしたの? お父さんを殺した犯人に復讐を?」
「そんなんじゃないわ」
「それじゃ、どうして?」
「父が死んだ後、父に昔言われた言葉を思い出したのよ。時間は誰にでも同じように平等にあるものじゃない。自分がやりたいと思ったことは何がなんでもやりとげなさいって」
「やりたいこと? それは何?」
「そんなもの決まっているでしょう」
「何なの?」
「世界征服よ」
そう言うと、雅緋は笑った。
これまで見たことのない満面の笑みだった。
了




