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誰も一言も口を開こうとはしなかった。
皆がその場に倒れている春影を見つめていた。その春影を見下ろすように雅緋が立っている。その間に小さな綿の塊が見えた。
その小さな綿の塊がふとピクリと動く。そして、ムクリと顔をあげると慌てたように倒れている春影の着物の袂に逃げ込んでいく。
「気がついているのよね」
その雅緋の声に反応するかのように、春影がゆっくりと力を振り絞るかのように顔をあげて雅緋を見つめた。
「大した娘だ」
「綿毛兎、そのあなたの式神があなたの邪気を吸い込んで妖夢になったわけね。でも、もう邪気を打ち砕かれた妖夢は姿を消した。さあ、残すはあなただけね」
雅緋が蹲っている春影に向かって言った。
「私を殺すか……当然か、全て私のせいなのだからな」
「そうね」
雅緋が右手を春影に向かって差し出す。
「雅緋さん、止めて」
瑠樺は急いで二人の間に割って入った。
「何のつもり?」
「ダメ」
「ダメ? そうね、この人に復讐をするのは私じゃなくてあなたのほうがいいかもしれないわね。でも、あなたに出来るの?」
そう言いながら、雅緋は春影に向けていた右手を下ろした。瑠樺は雅緋の問いかけには答えずに春影のほうへ顔を向けた。
「春影さま、教えてください。なぜ父を殺したのですか? なぜ殺さなければいけなかったのですか?」
一瞬、春影は不思議そうな表情を浮かべ、それから――
「私は弱い人間でした。辰巳さんはそんな私を信じてくれた。これからの八神家を託してくれました。それなのに私にはその力は無かったのです。私はそんな私を許せなかった。もっと力が欲しかった。陸奥神の力が私にあればと欲してしまった。けれどそれを辰巳さんは許すはずがない」
「だから父を?」
「さあ、殺しなさい。辰巳さんの敵をとりなさい」
瑠樺はそんな春影の顔をジッと見つめ、そして――
「違います。春影さまには生きてもらいます」
「何? 瑠樺、あなたが誰よりも私を恨んでいるのではないのですか?」
背後で、誰よりも驚いたように春影が顔を上げた。
「そうですね。否定はしません。けれど、父があなたの死を願うとは思えません。父が願うとすれば、きっとこの街の多くの人が今後も平和に暮らしていけることです。春影さま、あなたにはその道を作っていただきます」
「平和に暮らす道……私にそんな力があると?」
「力があるかどうかではありません。多くの人が死にました。その罪は生きることで、残った人たちのために生きることで償ってもらいます」
その言葉に春影は小さく笑った。
「まったく……親子そろって……人がいい……良すぎる。そんなことだから裏切られ、命を落とすのです」
「あなたはなぜ逃げなかったんですか? さっき、雅緋さんがここに現れた時、妖夢は逃げようとしました。けれど動けなかった。それはあなたが妖夢の動きを止めていたからじゃないですか? 私はあなたを信じます」
「西ノ宮は既に私を切り捨てています。今回のことを私が西ノ宮に告げなかったとしても、今後、西ノ宮との関係は自ずとこれまでとは変わってくるでしょう。簡単なことではありませんよ」
「みんなの力があればなんとか出来るはずです」
その言葉に春影は頷いた。
「命を落とすかもしれませんよ。あなたも、そして多くの人も」
「覚悟は出来ています」
そう覚悟は出来ている。もちろん死ぬことを良しとはしない。大切なのは生きるために命をかける覚悟だ。
それを聞き、春影は大きく息を吐いた。
「そうですか。私は負けた身です。これからはあなたたち若い人たちに託しましょう」
そんな春影に歩み寄ってきた斑目が手を差し出す。
「春影さま、あなたもお疲れでしょう。あちらでお休みください」
春影は斑目たちに体を支えられ、奥座敷へと戻っていった。その姿を見送ってから、瑠樺は雅緋を振り返った。
「雅緋さん――」
「じゃ、後は任せるわ」
すぐに雅緋はそう言って背を向けた。
「雅緋さん、大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。何を心配しているの? 私がケガでもしたように見えた?」
「でも、あんな力――」
「大丈夫って言ったでしょ。私にとっては妖夢なんて雑魚キャラでしかないのよ。でも、確かに少し疲れたわね。帰って寝させてもらうわ。まったく……このままじゃ、また留年かもね」
そう言って雅緋は小さく微笑んだ。




