8-7
二人が庭に差し掛かると、座敷の障子がパッと開かれ、そこから矢塚が姿を見せた。
その傍らに蓮華が控えていたが、六角と周防の姿はそこにはなかった。
「瑠樺君、ごくろうさま。雅緋君、元気になったようだね。来てくれて嬉しいよ」
いつものように軽い調子で矢塚が雅緋に声をかける。
「そのためにあんなものを持ってきたのでしょう? わざわざ妖力符の入ったお守りを私に渡してまで急いで目覚めさせたかった理由は? 魔化についての情報って何?」
「その前に妖夢の話をしようじゃないか?」
「いやよ。これ以上、私を巻き込まないで。私は妖夢になんて興味がないのよ」
きっぱりと雅緋が答える。
「そう邪険にするもんじゃないよ。お互い、協力しあえることがあるんじゃないかな」
「私に何をしろっていうの? まさか妖夢を倒せとでも言うの?」
「出来るのかい?」
「当然でしょ。ただ、それでどんな犠牲が出たとしても私は知らない」
「犠牲ね、怖いことを言うね。誰かが死ぬと?」
「そうね。たとえば今、妖夢に魂を掴まれている人とか」
それはおそらく穂乃果のことを言っているのだ。きっと雅緋も穂乃果がどのような存在で、どのような立場にいるのかわかっているのだろう。
「困ったね。まさしくその人を救いたいというのがボクたちの願いなんだけどね」
「じゃあ、無理ね」
「そう言うと思ったよ」
「交渉決裂ね。来る価値はなかったみたいね」
雅緋はそう言うと背を向けた。
「おっと、まだ話は終わっていないよ」
その言葉に雅緋は振り返る。
「これ以上何を話すというの?」
「キミがこちらの申し出を受けてくれないのであれば仕方ない。もう一つの手段に移るとしよう」
途端に地面に符で作った術が現れる。
「罠のつもり?」
「キミだってわかっているだろう。たとえキミが魔化を退治するために作られた存在だとしても、この地でボクに適う相手はいない」
「こんなものが私に効くとでも?」
雅緋は落ち着いていた。飛び退こうとでもするように膝を曲げた。だが、すぐに表情が変わる。
「無駄だよ。今日、キミに渡した妖力符はちょっと仕掛けがあってね。あの妖力の中にはわずかだがボクの妖気が練り込まれている。キミが力を取り戻すためにあの妖力符を使ったことでボクの妖気はキミのなかに取り込まれた。キミがどんなに逃げようとしても、この地から逃れることは出来ないよ。そして、何よりボクはキミの封印の仕方を知っている」
「やはりあなたはあの術を知っているのね」
「最初からキミの狙いはこれだったのだろう。陸奥神家の歴史なんのと言いながら、実はキミのなかの呉明沙羅の封印の仕方が伝わっているのかどうか、それを知るためにボクに近づいた。そうだよ、キミについては矢塚の一族にとって何よりも大切な口伝事項だ。沙羅クンの記憶を持つキミならわかるだろう。この術がどういうものかを」
「……」
「悪いね。キミを封印する」
矢塚が術に力を込め、雅緋が思わずうめき声をあげた。
その姿に瑠樺は思わず声をあげた。
「止めてください!」
「いけません!」
慌てて駆け寄ろうとする瑠樺の眼の前に蓮華が立ちふさがった。
「沙羅を封印し、妖夢を倒せると思っているの?」
「倒す? 違うな。ボクは平和主義者でね。無駄な争いは好まない。どんな相手だろうと話し合いで解決出来れば一番いいだろ」
「なんですって? 妖夢と話し合うというの?」
「そう、和解するのさ」
術式の光が一層強くなり、雅緋を包み込む。
やがて、光が消えた時、崩れ落ちるように雅緋の体がその場に倒れていった。
「雅緋さん!」
倒れている雅緋を抱き起こす。雅緋は気を失っていた。
「どうしてこんなことを」
「それがボクの仕事だからだよ」
「矢塚さん」
「忘れていないかい? ボクは八神家の一つ矢塚の当主だ。一条家のために働くのは当然のことだろう。そして、一条家が求めているのがこの音無雅緋だ。もちろん、一条家に弓をひいた二宮辰巳とその娘のキミも一条家にとっては敵だったね。そういうわけでキミたちも同じ道を歩んでもらおうか」
「あなたは……」
「ご苦労」
その声にハッとして振り返る。いつ現れたのかそこに斑目の姿があった。
「斑目さん……どうしてここに?」
斑目はそれには答えず、スッと左手に持つ仕込み杖を瑠樺のほうへ向ける。
「糸!」
地面から糸が伸び、瑠樺や蓮華の体の自由を奪う。
「何をするのですか?」
蓮華が驚いたように声をあげた。糸を断ち切ろうとしても、その糸はガッチリと体の自由を奪っている。
「無駄だ。わしの斑蜘蛛の糸。これはおまえたちには切れん。おまえたちは一条家に逆らったものとして処理される」
「まさか……」
「そうだよ」
と答えたのは矢塚だった。「ボクは初めから斑目さんと連絡を取り合っていた。もちろん一条家のためにだ」
「どうして?」
「どうして? その原因は辰巳さんにあるんだよ」
「お父さんに?」
「辰巳さんがこの地を去って、かつての陸奥神の一族全てがいなくなった。そんななかでボクや斑目さんが一条家に逆らって秘密を守れると思うかい?」
「矢塚さん……」
「これが時の流れってやつさ。悪く思わないでおくれ」




