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8-6

 矢塚の屋敷に雅緋が現れたのは夜になってからだった。

 瑠樺が矢塚の屋敷の手前の坂の下まで迎えに出ていると、いつものようにスタスタと歩いてくる黒いワンピースにスニーカーを履いた雅緋の姿が月の光に照らされて見えた。

「雅緋さん、大丈夫ですか?」

 近づいてきた雅緋に瑠樺は声をかけた。

「おかげさまでね。わざわざ出迎えてくれたの? 私、いつからあなたにそこまで慕われるようになったの? それともそんなにひ弱に見えるのかしら?」

「どっちも違います。ちゃんとお礼を言いたかったからです」

「先日のことを言っているの? 私はただトドメを刺しただけよ」

 いつもと同じように表情を変えずに雅緋は言った。

「どうしてそんなふうに感情を押し殺すんですか?」

 その言葉に雅緋が足を止めた。

「感情? 押し殺しているつもりはないわ。もしそう見えるのだとしたら、ひょっとしたら私の中にいる沙羅の存在がこうしているのかも」

「それだけじゃないです。あなたは自分から感情的にならないようにしているんじゃありませんか?」

「どうしてそんなことが言えるの?」

「私も同じ思いを持っていたから」

 少し声が震える。瑠樺自身、他人にこの話をするのは初めてのことだった。

「……」

「父が亡くなって以来、毎日のように泣いてました。でも、少しずつ変わっていくんです。悲しみが薄れ、時には笑うことだってありました。でも、そんな時、自分だけが笑っていることに嫌気がさすことが何度もあったんです。父のことを忘れそうになっている自分自身が嫌になって、楽しんだり笑ったりしちゃいけないように思えてくるんです。雅緋さんも同じなんじゃありませんか? 違いますか?」

 雅緋は黙ったままボンヤリと宙を見つめていたが、やがて――

「日奈子さんに聞いたでしょ? 私の父親は警察官だったのよ。人を護ることを常々誇りのように語っていたわ。そして、言葉の通りに人を守って死んでいった。生きて欲しかった。誰かのために死ぬのも立派かもしれない。でも、私は私のために生きて欲しかった。瑠樺さんもそうじゃないの?」

「……はい」

 瑠樺は絞り出すように言った。あの頃の感情を話すのは、瑠樺にとっても心が震える思いがあった。

「そういえば、あなたには話しておかなければいけないことがあったわね」

「え?」

「あなたのお父さんのことよ。どうして私があなたのお父さんのことを知っているのか」

 確かにそれは先日よりずっと聞きたいことではあった。

「どうして……ですか?」

「私が父を亡くしてこの街に来て、私は自暴自棄になっていた。そんな時、私はあなたのお父さんと知り合ったの。あなたのお父さんは私の思いを聞いてくれた。そして、私に新しい力をくれたわ。それが沙羅よ。沙羅の封印を解き、私と契約させるのはあなたのお父さんの力をもってもそう簡単なことじゃなかった。あなたのお父さんでもかなり消耗したように見えたわ。あなたのお父さんが殺されたのはその二日後だった。あれがなかったらあなたのお父さんは簡単には殺されていなかったかもしれない」

 雅緋はまっすぐに瑠樺を見つめながら言った。

「そんな……」

 初めて聞く話に、さすがに心が揺さぶられていた。「じゃあ、雅緋さんは私のことを以前から知っていたんですね?」

「そうよ」

「それじゃ、どうして言ってくれなかったんですか?」

「言えなかったのよ。私のせいであなたのお父さんは死んだのかもしれないのだから。だから、あなたから声をかけるように仕組んだのよ。ずるいことをしたわ。ねえ、私を恨む?」

「……いいえ」

自分に言い聞かせるように、瑠樺は大きく首を振った。「私は……私のせいだと思ってきたから……」

「どうして? そんなふうに――」

「私はずっと特別な存在ってものに憧れてきたんです。だから、お父さんが八神家の末裔だなんて言い出した時から自分がそんな特別な存在なんだって……どこか嬉しくて……だからお父さんと一緒に……だから私のせいでお父さんは死んだんだって……」

 涙が一筋頬を伝って落ちていく。

「違うわ。あなたは私を憎んでいいのよ」

 雅緋に向かい、瑠樺はもう一度、首を振った。

「雅緋さんこそそんなふうに思わないでください。お父さんはきっと後悔などしていないはずです。それに……そのために雅緋さんは苦労を――」

「思い違いをしているわ。私は沙羅を……彼女の力を受け入れて、そして、救われたのよ。これは私が選んだ道なのよ。これがなかったら、もし、あなたのお父さんに会っていなかったら、私は死んでいたかもしれないわ」

「じゃあお父さんは決して間違ったことをしたわけじゃないんですね」

「当然よ。だからこそ、私達は生きていかなきゃいけないのよね。行きましょう。矢塚さんが待ってるわよ」

 雅緋の言葉に瑠樺は涙を拭い歩き出した。


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