8-4
沙羅が雅緋の元に戻った後、瑠樺はそのまま家の前でぼんやりと立ち尽くしていた。
言ってはいけないことだったろうか。傷つけたかもしれない。
沙羅にとって、『魔化』という存在がどういうものか、それなりにわかっているつもりだった。彼女もまた陸奥神の一族として命をかけて戦ったのだ。
思わずため息をつく。
「瑠樺さま」
その瞬間、背後から声をかけられた。
蓮華だった。
「蓮華さん」
「そのままで」
振り返ろうとする瑠樺をすぐに蓮華の声が止める。「誰に見られているかわかりません。今、一条は瑠樺様を警戒しております」
姿は見えないが、自分のすぐ背後に蓮華の気が感じられる。おそらくはあえて自分を認識させるために気を送っているのだろう。
「そうですか。どうしたんですか?」
小声で蓮華に声をかける。
「六角殿が目覚めました。矢塚殿がお嬢様に屋敷に来てほしいと仰られています」
「わかりました」
「では――」
「あの――」
気を消そうとする蓮華に向かって瑠樺は声をかけた。
「何か?」
「蓮華さん、先輩はどう思いますか?」
「どう……とは?」
「さっきの沙羅さんとの会話、聞いていましたよね」
沙羅と話し始めた直後から蓮華の気は感じていた。
「……はい」
「先輩はどうして一条に仕えているんですか?」
「お言葉ですが、私が仕えているのは一条家ではなく二宮です」
「そうでしたね。でも、二宮は父の代で八神家としては途絶えました。どうしてそこまで忠義立て出来るんですか?」
「理屈ではありません。蓮華の家は二宮と共にあるのです。何百年も前からそういうものなのです。日が昇り、日が沈むのと同じです」
「蓮華先輩はそういう考え方をする人なんですね。もっと理論的な考え方をする方かと思っていました」
「私はたぶん理論的です。けれど、理論で説明がつくものなど実はこの世界にはそう多くはないのです。なぜ人が生きているのか、この宇宙のはるか遠くには何があるのか、科学で解明しようとしているものも、その実態には手の届かないものは多いのです。理論で説明出来ないからとしても、その事実は存在しているのです。我々の存在も同じことです。蓮華の家が二宮に仕えるのもそういうものだと私は理解しています」
「本当になんの迷いもなく?」
その言葉に一瞬、間があった。そして――
「正直、迷っていたことはあります。私は子供の頃から二宮のために生きるものを教えられてきました。ですが、やはりその存在がない状態で忠誠を誓うのは難しいものでした。しかし、あの夜、あなたが身を呈して私を守ろうとしてくれたあなたを見て小さな迷いが消えました」
「たったあれだけのことで?」
「私にとってはあれだけで十分です。あの一瞬で私はあなたという人を信じることが出来たのです。おそらく私たち妖かしの血をひく一族は皆、どこかでそういう思いを持っているのではないでしょうか」
「そういうものですか?」
「兎は空を飛べません。花が寅と戦うことも出来ません。我らにはそれぞれ存在の意味があるのです」
「意味?」
「実は私は蓮華の花の妖かしの血を継いでいます」
「花にも妖かしが?」
「和彩の一族の妖気に当てられ妖かしとなったと聞いています。私はその花の力を持って、あなたを助けていきます。お嬢様、我ら一族を導いてください」
どこか言い負けた気もするが、それでも蓮華の迷いのない答えは瑠樺の悩みを少しだけ晴らしてくれるものだった。
「蓮華先輩、ありがとう」
瑠樺はそう言って矢塚の屋敷に足を向けた。




