7-6
黒い妖気。
強い妖気であることは同じだが、さっきまでのものとは質が違って見える。
(どうして?)
さっきまで確実に妖鬼の力は弱まっていたはずだ。
それが今、再び大きく膨れ上がっている。
(これは――)
先日の周防の時と同じだ。
あの時は雅緋の指示を受け、黒い気は打ち払うことが出来た。しかし、これは周防の時とは比べ物にならないほどに黒い気が強い。
そもそも、六角が今の妖鬼の姿になったのは妖力が暴走した結果だ。その暴走を抑え込もうとしているにも関わらわず、さらに力が制御を失って膨れ上がっている。
その黒い気が妖鬼に力を与えている。
このままでは妖鬼を捕えることなど出来はしない。
瑠樺は立ちすくんだ。
「いったいどうなってるんだ?」
脇で見つめていた周防が不安そうに声をあげた。
背後で小さく舌打ちが聞こえた。
いつの間にか雅緋がすぐ後ろまで近づいてきていた。
「雅緋さん――」
「離れなさい」
「でも、まだ――」
「あなたは十分やったわ。もともと妖鬼が武装していた妖力は外れている。これは妖力が暴走しているのとは違う。暴走させられているのよ。この妖鬼には強い術がかけられている……というよりも何かに取り憑かれているみたいね」
「取り憑かれてる?」
「未熟な術者ならまだしも、一端の術者が本能に負けて一年ももとの姿に戻れないなんてそもそもありえないのよ。これじゃ死ぬまで妖力を落とすことはないでしょ。これではあなたの力じゃ妖鬼を沈めることは無理ね」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「だから、もうあなたのやれることはやったと言っているのよ。まったく。どこまでも食えない男」
雅緋は横目で庭の隅で相変わらず術を唱えて結界を張り続けている矢塚をにらみながら呟いた。
「どうするつもりですか?」
「私がやるしかないでしょう」
「でも、雅緋さんの力じゃ六角さんを殺してしまうんじゃ――」
「そうよ。でも、あなたが妖鬼の力を剥ぎ取ってくれたおかげで、その影に潜んだ者を殺すことが出来るようになったわ」
「影に潜んだ者?」
「いいから見てなさい」
そう言って雅緋は一歩踏み出した。
雅緋は妖鬼の前に立つと、スッと右手を差し出す。
その一瞬で妖鬼の周りに気が膨張していく。
妖鬼の動きがピタリと止まる。
「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」
雅緋の呼び声に大地に術式が浮かび上がる。「さあ、大人しくしなさい」
その妖力の強さにハッとした。
以前、雅緋が妖夢を撃退した時には自分の力が弱すぎて気づくことも出来なかったが、今はハッキリとわかる。
妖気の大きさというよりも、その気の強さがまるで違っている。
圧倒的な強さで術式を発動し、妖鬼を押しつぶす。
妖鬼がその力に苦しみの声をあげた。
その時、月の光を浴びた妖鬼の足元の影が浮き上がった。そこからヌッと手が伸びる。さらに苦痛にのたうち回りながらそれは姿を現した。
「これは……」
「『影縫』、これがこの妖鬼にかけられた術の正体よ」
雅緋は右拳をギュッと握りしめ大きく振りかぶり、そのまま拳が地面を打った。
大きな爆音と共に大地が激震する。
「ギャァァァァァ――」
断末魔のその叫び声と共に黒い気が消えていく。
雅緋はスックと立ち上がり振り返った。
「今よ、やりなさい!」
その言葉にハッと我にかえり、瑠樺は『封の符』を一気に妖鬼に向けて放つ。
呪符が閃光を放ち、光は輪となり妖鬼を取り囲む。
その光に向け、瑠樺は自らの力を注ぎ込む。
妖鬼の咆哮が耳を劈く。
だが、それもそう長くは続かなかった。
妖鬼が力を失い、その姿が光のなかに溶け込んで消えていく。
光が収まった時、既にそこに妖鬼の姿はなかった。その場には袈裟をまとった一人の男が倒れていた。
「父さん!」
周防が駆け寄っていく。
(助けられた)
ホッとして瑠樺は思わずその場にしゃがみこんだ。そして、脇に立つ雅緋へと視線を向けた。
「あの、雅緋さん……さっきのは?」
「さっきの?」
「呪文……というか……なんというか……」
「ああ、あれ。あれは八犬伝。知らないの?」
当たり前というような表情で雅緋が言う。
「いえ、知ってますけど、でもあんな術式があるとは……」
「あんなもの。術式なわけないでしょ。ただの気合よ」
「気合?」
「術式なんて私はほとんど知らないわ。私が使う力は沙羅のものよ。沙羅の持つ攻撃の力なんて、ほとんどが力づくなの。子供の頃に霊体になったのだから仕方ないわ」
そう言うと、雅緋は背を向けて歩き出した。
「雅緋さん、どこへ?」
「私は帰るわ。疲れたのよ。学校のほう、またしばらく休むから」




