6-3
瑠樺は周防と共に、矢塚の屋敷に向かった。
今、一条家の陰陽師たちから隠れるには矢塚の屋敷しか思い浮かばなかったからだ。
あの後、蓮華は他の常世鴉たちと合流し、そのまま妖鬼を追っている。
周防はかなりショックを受けたらしく、屋敷に戻った後も一言も喋ろうとはしなかった。真っ青な顔をして泣くのをこらえるかのように歯を食いしばっている。
矢塚はいつものように全てを理解しているかのような顔をして瑠樺たちを迎え入れた。
すぐに事情を話そうとする瑠樺を制し――
「話は雅緋君が来てからにしよう」
「雅緋さんを呼ぶんですか? でも、昨日のことでずいぶん怒ってたみたいだし、来てくれるでしょうか」
「さっき連絡をいれておいた。きっと来ると思うよ」
「どうしてそんなことが言えるんですか?」
「キミがケガをしたと伝えたからね」
「どうして?」
「どうしてだろうね。しかし、彼女にとってキミは何か意味のある存在のようだ。とりあえず手に包帯でも巻いておいてくれるかい?」
矢塚の嘘がどれほどの効果があるのか、それは瑠樺にはよくわからないものだったが、それから30分後、驚くことに本当に雅緋はやって来た。
「瑠樺さんがケガをしたってどういうこと?」
それはいつも冷静な雅緋にしては珍しく慌てているように見えた。
「よく来てくれたね。待ってたよ」
「どういうこと? 危険はないって言っていたでしょ。あの従僕は何のために一緒に行ったのよ」
雅緋が矢塚に詰め寄る。
そのただならない雅緋の怒りの声を聞き、さすがに瑠樺が間に入った。
「雅緋さん、私、大丈夫ですから」
「瑠樺さん、ケガの状態は? 大丈夫なの?」
雅緋は包帯が巻かれた瑠樺の左手を見つめた。
「だ、大丈夫。たいしたことないですから」
今にも怒り出しそうな雅緋の様子を見て、瑠樺は宥めようとした。
「たかが妖鬼一匹相手に何をしているのよ。あなた、何のためのここで修行しているの?」
「ごめんなさい」
「何を謝っているのよ。蓮華さんはどこ? あの人、役に立たないじゃないの!」
収まらない雅緋の怒りの矛先が蓮華に向けられる。このままでは蓮華に迷惑がおよびかねない。
「ち、違うの。ケガなんてしてないから」
瑠樺は慌てて包帯を解いてみせた。それを見て違う意味で雅緋の表情が硬くなる。
「どういうこと? あなた、大丈夫なの?」
「はい、大丈夫です」
「ケガをしたわけじゃないの?」
「……はい」
雅緋はジロリと矢塚を睨んだ。
「まあまあ、キミにも妖鬼について聞いてもらいたいと思っただけさ。まずは瑠樺君から話を聞くとしようじゃないか」
「騙したの?」
「キミにとってもメリットがあると思ったまでさ。キミにとって知りたいことが知ることが出来るかもしれないだろ?」
「そう、わかったわ。私にとって本当にメリットがある話なら許してあげる。もし違っていたらその時は覚悟してもらうわよ」
そう言って雅緋は瑠樺の前に座った。
瑠樺は矢塚と雅緋に対し、自分が見てきたことを説明した。だが、何よりも大切なのは、自分が見てきたことよりも周防がその妖鬼を父親の六角佐内だと判断したことだ。
「周防君、本当かい?」
矢塚は皆に背を向けて壁を見つめて座っている周防に向かって問いかけた。その言葉を受け、周防は振り返って小さく頷いた。
「あの妖鬼は親父だ。奴の持つ六角棒は親父のものだ」
「本当なの? 六角棒があなたの父親のものだからといってあの妖鬼が父親とは限らないんじゃないの?」
いつものように冷静な口調で雅緋が訊く。だが、周防はすぐに首を振った。
「いや、あれは特殊な妖具だ。親父以外が使えるはずがない。ましてや妖かしなどは近づくことも出来ないはずだ」
「どうしてあなたのお父さんが妖鬼に?」
瑠樺の問いかけに、周防は悔しそうに床を殴りつけた。
「わからない……わからないけどよ」
「雅緋君、キミの意見は?」
ずっと黙って聞いている雅緋に矢塚が声をかける。
「意見? 何もないわ。単に彼の父親が鬼だったということなのでしょ。それに何の意見が必要だというの?」
その言葉に周防はカッとしたように顔をあげた。
「違う! 親父は人間だ!」
「バカね」
そう言って呆れたようにため息をつく。
「なんだと!」
「まさか知らないわけではないでしょ? 瑠樺さんならともかく、あなたはずっと一族のなかで暮らしてきたのでしょう?」
「何言ってるんだ?」
「あなたたち『神守の一族』の人間はね、基本的に妖かしの血をひいているのよ。中でも鬼の血なんて極一般的なもので珍しくもないわ」
「だから何だ? それでも俺たちは人間だ」
「そんなことだから妖かしの血に飲まれるのよ。自分がどういう存在なのかわかっていない。いえ、認めたくないのかしら」
「そんなことわかっている。妖かしから人を防ぐのが八神家の使命だろ」
「それは一条家の使命。あなたとは違う。覚えていないの? 先日、私と戦った時、自分の力を制御出来なくなったのを。あれはあなたの内にある妖かしの血が暴走しようとしたからなのよ」
「親父もそうなったっていうのか?」
「そういうことよ。もちろんまともに力の制御も出来ないあなたとは意味が違うでしょうけどね。まさかあなたまで知らないということではないのでしょ?」
雅緋はそう言って矢塚を睨んだ。
「まあね。しかし、今の時代、そういう古い話を知っているのは一部の人間だけなんだよ」
「ずいぶんいろいろなことが隠されるようになっているのね」
「そして、キミはそれを知ってるんだね」
矢塚がニヤニヤと笑う。
「たいした知識じゃないわ」
「じゃあ、キミならどう対応すればいいのかも知っているんじゃないかな」
「あなただって知っているんじゃないの? 私を呼び出すまでもなく、あなたならどうすれば助けることが出来るか知っているのでしょ? そもそも妖鬼が彼の父親ってことも知っていたんじゃないの?」
「一つの可能性としては想像していたよ。一年前、春影さまが妖夢に襲われた直後、妖鬼を見たという術者たちが何人もいたからね」
「おい、教えてくれ。親父を……親父を元に戻せるのか?」
いつもとは違う悲痛な声に周防の必死さがにじみ出ている。矢塚はそれに答えようとせず、意味深な目で雅緋へ視線を向けた。
仕方なさそうに、それでも相変わらず感情を抑えた声で雅緋が答える。
「捕まえて元に戻すことは可能よ……っていうか、そんなことを訊くために私を呼んだのかしら? だから、きっとそのことなら矢塚さんも知っていると思うのだけれど」
そう言って矢塚を睨む。
「ボクの意見だけじゃ心もとないと思ってね」
「心にもないことをよく平気で言えるわね」
「そんなことはない。ボクはキミの知識を信頼してるんだ。どうだい? キミの知識を貸してくれるかい? 彼をもとの人間に戻したい。現実的に可能だと思うかい?」
「そもそもそれにはいくつかの条件があるわ」
「まあまあ、その条件についてはボクのほうでなんとか出来るかもしれない」




