5-3
それが妖気であることは瑠樺にもわかった。
だが、それは普通のものとは違っている。黒い気はまるで一つ一つ意思のある虫のような動きで周防の体を包んでいく。
周防が苦しそうに小さく呻く。
(これって――)
それは今まで見たこともない妖気の形だった。
「まったく」
雅緋はため息をついた。「呆れちゃうわね。まだまだ未熟な癖に妖力だけは人並み以上ってわけね」
「どういうこと?」
「妖力はその人の感情にも大きく変化するわ。膨れあがった妖力を制御出来なくなったのよ。放っておけば暴走して人ならざるものに変化するわ」
そのことは瑠樺も聞いたことがある。妖力は大きくすることよりも、制御することが何よりも大切なのだと一条家に仕えた頃から斑目から何度も言われていた。
「どうすればいいの?」
「どうするって?」
「このままじゃ周防君が危ないんでしょ?」
「何? 助けたいの?」
いかにも不思議そうな顔をして、雅緋は瑠樺の顔を見た。
「当然でしょ」
「当然……ね」
雅緋が持っていた木の枝を瑠樺に向かって差し出した。「じゃあ、これにあなたの妖気をこめなさい」
「え? どうして――」
「説明している暇はないわよ。助けたいなら早くしなさい」
雅緋の言葉には有無を言わさぬ力がある。
瑠樺は枝を受け取り、そこに気をこめていく。妖力を物に伝えるのは基本的な技術だが、まだ瑠樺にとってはそう得意なものではない。
それでも今は出来る限りのことをするしかない。
周防の体はさらに黒々しい妖気をまとい、すっかり黒い人形となっていた。その顔が雅緋たちのほうへ向けられ、ゆっくりと近づいてくる。
瑠樺は出来る限り急いで自らの妖力を制御し、枝にまとわらせた。
「これでいいわ。さあ行きなさい」
「え? まさか私が?」
「そうよ。助けたいのでしょ? 大丈夫よ。あんな理性を失った状態。よほど油断しなきゃ当たらないわよ」
「でも、どうすればいいんですか?」
「今、あなたがやったのと逆よ。武器には妖力をまとわせ、それを当てたところから妖力を弾けばいい」
「そんな簡単に――」
「いいから行きなさい。習うより慣れろよ。行きなさい」
雅緋の声に背中を押され、瑠樺は近づいてくる周防に向かって一歩踏み出した。
* * *
昼間の周防との対決はというと、驚くほどに呆気なく終わることになった。
あの後、雅緋の言葉に従い、瑠樺は周防と戦うことになった。瑠樺にとって、あのような戦いは初めてのことだったが、雅緋の的確な指示に従うことで、その戦いは意外なほどに上手く動くことが出来た。
雅緋の踊るような動きとは比べられないが、それでも周防の攻撃は一度も食らうことなく避けることも出来たし、周防の黒く染まった妖気は20分ほどで全てを消し去ることに成功した。
考えてみれば、決してその結果は予想出来ないものではなかった。雅緋はあの妖夢を一撃で撃退するほどの力を持っているのだ。最後に戦ったのは瑠樺だったが、雅緋がやっていればもっと簡単にしてのけたに違いない。
雅緋は周防との戦いで妖力などほとんど使っているようには見えなかった。ただ、体術のみで周防の攻撃を躱した。それはさすがの瑠樺にとっても周防が哀れに思えるほどの一方的な展開だった。
腕力自慢の周防にとって、それは大変なショックなものだったろう。しかも、内にある妖力を全開にしても雅緋に攻撃の一つ与えることも出来ず、さらには一撃で打倒されたのだ。
意識が戻った後、周防は一言も発することなく、それでも雅緋に一礼してから項垂れて帰っていった。
あの戦いの中での雅緋の動きを思い出す。
あれは――
(どうやっていたんだろう)
雅緋の妖気はほとんど感じなかった。
最後にあの黒い気を周防から払った時も、枝に溜めた瑠樺の妖気を使ったものだ。
まだ上手に妖力を制御するのが苦手な瑠樺にとって、あの枝に溜めた妖気はそう多いわけではなかったはずだ。それでも雅緋はその少ない妖気だけで周防の本能である力を抑え込んだ。つまりはその小さな妖気を極限までに大きくして使用しているのだ。
瑠樺は改めて雅緋の強さを感じていた。




