1-1 接触
1 接触
二宮瑠樺にとって、この件をどう切りだすかが最近の一番の悩みだった。
瑠樺の視線は常に同じクラスにいる音無雅緋へと向けられていた。
音無雅緋はクラスメイトではあるが、瑠樺よりも一つ年上だ。
彼女と初めて会ったのは2週間前の入学式の翌日だった。彼女はとても目立つ容姿をしていて、入学式にその存在に気づかなかったことに不思議に思っていた。だが、その理由はすぐにわかった。彼女は昨年、入学してすぐに病気のために入院し、それから一年間ずっと登校出来なかったらしい。つまり彼女は2度めの高校一年生を送ることになったため、入学式の翌日から登校してくることになったのだ。
雅緋は多くの人の目をひいた。そのスタイル、そして、その美貌。だが、同時に彼女は近づきがたいオーラを身に纏っていた。
入学してから2週間、未だに彼女が誰かと雑談をしている姿を見ていない。常に一人で、しかもそれが誰にとっても当たり前のように感じられた。
瑠樺もまた、彼女の存在がすぐに気になった。それはその美しさからだけではない。どこかで会ったことがあるような気がしたからだ。そして、何よりも重要なのは彼女の持つ特別な力だった。彼女を見た時、瑠樺はすぐにそれに気づいた。わずかににじみ出る雅緋の妖力。彼女が特別な力を持っていることは紛れもない事実だった。
そして、それに気づいた瑠樺もまた特殊な力を持っていた。
雅緋と話をしたい。
日に日にその思いが強くなっていく。
だが――
「私、あなたと同じ妖力を持ってるの」
――などと簡単に話かけられるはずもない。
普通の人間にとって、瑠樺のいる世界は現実とはかけ離れている。
それでも、彼女ならば理解してくれるかもしれない。いや、そもそも彼女は自分の力を知っているのだろうか。どんなに妖力を持っていたとしても、自覚していない人はわりと多いものだ。瑠樺自身、以前はそういう立場だった。
雅緋の存在を知って以来、瑠樺はどう話しかけようと、ずっと考え続けてきたのだ。そして、相変わらず話しかけることが出来ずにいる。
終業のチャイムが鳴ると、雅緋はすぐに立ち上がり教室を出ていく。
雅緋から少し距離を保ちながら瑠樺が昇降口から外へ出る。
ふと視線を感じた。
見上げると、そこに蓮華芽衣子の姿があった。
(見られていた?)
蓮華芽衣子は瑠樺の一学年上の先輩だ。学年トップの成績と優れた運動能力のことは、瑠樺も噂に聞いている。
蓮華の銀縁眼鏡が日差しでキラリと光っている。
これまでも芽衣子の視線を感じることがあった。最初は気のせいかとも思ったが、それは決して気のせいなどではないようだった。
(なぜ?)
その理由がわからなかった。
蓮華芽衣子は瑠樺の視線を避けるように姿を消した。
雅緋が校門から出ていくのを見て、瑠樺は慌てて後を追った。
駆け足で校門を出て、雅緋を追いかけようとした瑠樺の目の前に、こちらに向かって立つ雅緋の姿があった。
「私に何か用かしら?」
どうやらすっかり瑠樺が雅緋を追いかけてきたことがバレていたようだ。
突然のことに、一瞬、どう答えていいかわからず戸惑った瑠樺だったが、この際とばかりに心を決めた。
「少しあなたと話がしたいと思って」
緊張で心臓が大きく高鳴っている。
「話? 何の?」
「あなたの持つ力について話したい……んです」
瑠樺は恐る恐る切り出した。
雅緋の表情は変わらなかった。冷静な目つきで瑠樺を見つめ――
「いいわよ」
雅緋はアッサリと答えた。「私もあなたとは話してみたいと思っていたの」