5-1 敵襲
5 敵襲
火喰鳥が現れたのはあの夜だけだった。
あれ以来、妖かしの影たちの出没もなくなった。
そして、雅緋の様子が以前と違ったように感じる。
あの後、一度だけ雅緋に火喰鳥について訊ねてみたが、雅緋は何も答えようとしはしなかった。矢塚にも改めて聞いてみたが、いつものように曖昧にはぐらかすだけで、ハッキリとした答えは教えてはくれなかった。
不思議な噂を聞いた。
あの夜、妖かしたちを監視していた一条家の陰陽師の一人が仲間たちに襲いかかったのだそうだ。本人曰く『突然、目眩がして気を失った』のだそうだ。
――ちょっとデコピンしてきただけだから
雅緋はそう言っていた。だが、噂が本当ならば雅緋が言っていることとは違っていることになる。
もう一つ気になっていることがあった。
茉莉穂乃果のことだ。ここ1週間ほどずっと学校を休んでいるのだそうだ。
先日は穂乃果の誕生日ということもあり、彼女の住む上園屋敷を訪ねてみたが、やはり体調が良くないということで会うことが出来なかった。
しかも、それを話してくれた穂乃果の母親の態度がさらに気になる。何かに怯えているような不安な顔をしていた。
大丈夫なのだろうか。
* * *
「はい、これ」
放課後、いつものように公園までやってくると、無造作に雅緋は鞄のなかから古びた書物を取り出して瑠樺へと差し出した。矢塚から借りていた書物だ。
「また新しいものを借りてくるんですか?」
「当然よ」
そう言いながらスタスタと歩いていく。
雅緋が突然足を止めた。
一人の若者が背を向けて噴水脇の石段に座っている。その服装から高校生だということがわかる。そして、ゆっくり立ち上がると振り返った。
その姿に瑠樺は見覚えがあった。
「待ちくたびれたぜ。音無雅緋」
「待ち合わせをした記憶なんかないわよ。何なの? あなた」
「六角周防、一条家に仕えるものだ」
左手に2メートル近い六角棒を持ったその茶髪の若者が答えた。それはどこか自分に酔っているかのような言い方に見えた。
「一条家? じゃあ、あなたの知り合い?」
雅緋問いかけに瑠樺は小さく頷いた。
そう、瑠樺は彼を知っていた。
一条家に仕えることになり、最初に知ったのが六角周防の存在だった。
瑠樺にとって六角周防には特別な思いを持っていた。
一年前、瑠樺が父を失った日、周防もまた父を失っていた。周防の父である六角左内は、瑠樺の父と共に一条春影の伴をし、そして妖夢に襲われた。
辰巳は命を落としたが、六角左内は行方がわからなくなった。生きているのか死んだのかも未だにわからない。六角が一条家を裏切ったのではないかという噂が流れたこともあった。そのためか周防は一条家の務めを外されたと聞いている。
お互いの父親のことを話したことはないが、周防もまた、瑠樺と同じような思いを抱えているのかもしれない。
周防もまた同じ高校に通っている。
「でも、雅緋さんも知っているはずですよね?」
なぜならば周防は瑠樺や雅緋のクラスメイトの一人だからだ。
それなのに――
「さあ、誰だったかしら。まったく覚えてないわ」
雅緋が首をひねる。その様子では冗談ではなく、本当に記憶していないようだ。
「雅緋さん、あなたまだクラスメイトの顔も憶えてないんですか?」
「クラスメイト? ああ、そういえばいたかも……でも、興味ないものは覚えないことにしてるのよ。意味がないでしょ」
「意味がないって――」
「いいから黙れ!」
無視されていることに耐えきれなくなって周防は怒鳴った。「お前は八神家にとって危険認定された存在だ。一条家の人間として見過ごすことは出来ない。お前はこの六角周防がが倒す。戦え」
「あら、また名乗ったわ。私に憶えてほしいってことかしら。でも、あなたに興味ないのよ。だから、あなたも私に興味もたなくていいわ」
「な――」
「じゃ、さようなら」
――と、雅緋は周防を無視して歩きだす。
「ふざけんじゃねえ!」
怒りに震えた声で周防はその手に持った太い六角棒を雅緋に向けて振り下ろした。その六角棒を雅緋は軽く飛び退いで躱す。
「何の真似?」
「人を馬鹿にするのもいい加減にしろ。戦え! 俺と戦え!」
「嫌よ。あなたと戦っても何の意味もないわ」
「こっちには意味があるんだ」
周防の顔が興奮に紅潮していく。
「まったく」
雅緋は呆れたように呟いた。「身勝手な理屈ね。自己中心的な男はモテないわよ」
「なにを――」
「あなた、さっき一条家の人間としてって言ったわね」
「ああ、言った」
「じゃあ、あなたは一条家の代表として言ってるのね」
「あ? 何?」
「わかったわ。あなたと戦うのはかまわないけど、あなたが私に負ければそれは一条家が私に負けたことになるのね」
雅緋の言葉に周防は目を丸くした。そして、慌てたように――
「ち、違う違う。俺はあくまで個人的に――」
「個人的? じゃあ、さっきの一条家の人間としてって言ったのは何?」
「え、いや……それは」
周防の表情が固くなる。
「あなたがどういうつもりかなんて関係ないのよ。あなたは一条家に仕える六角周防。あなたを倒せば一条家は負けを認めるのね」
「そ、そんなことは言っていない」
「それじゃあ戦う意味はないわね。私にとって何のメリットもないじゃあないの。それとも……私に従う?」
「な――なんでそんなことを」
「何をムキになっているの? もちろんあなたが勝てばいいだけの話しじゃないの。それとも私に勝つ自信がないの?」
「きさま……」
周防の声が震える。真っ赤な顔をして目が血走っている。
「さあ、答えなさい。どうするの? 条件を飲む? それとも逃げる?」
「わかった。お前の言うとおりにする。負けたら俺はおまえに仕える」
「仕えてほしいわけじゃないわ。奴隷になりなさい」
ふざけたセリフではあるが、雅緋は至って真面目な顔で言った。
「おまえな――」
「ま、いいわ。戦ってあげる。まさかここで戦うわけじゃないでしょ。じゃあ、さっそく行きましょう。私、これでも忙しいのよ」




