4-5
一週間後――
瑠樺は先日と同じように街で妖気を追っていた。
あれから毎晩のように影となった妖かしの気が感じられてきた。
しかも、日々、その数が増えている。
この『妖かしの影』たちはどこへ向かっているのだろう。彼らの足取りはいつもよりもしっかりしているように見える。
ずっと待ちわびたものにやっと会えるというようなそんな足取り。
その姿を見ているうちに、なぜかはわからないが、ふと小学生の頃に飼っていた猫のことを思い出した。
瑠樺が幼少の頃、家の庭に迷い込んできた老猫。
茶色い毛並みに小さな白い星のような模様が3箇所あったため、瑠樺はその猫を『ミツボシ』と名前を付け可愛がるようになった。
出会ってから3年後、ミツボシは瑠樺の腕のなかで静かに息を引き取った。あの時、ミツボシは自らが死ぬことを理解し、その時を待っていたように感じた。
あの時のミツボシから感じたものと同じものをアレたちから伝わってくる。
あの妖かしの影たちは自らの終わりを求めている。
終わりに向かって進んでいる。
自分でも気づかぬうちに涙が溢れてきていた。
涙を拭いながら、妖かしたちが向かう方向を見る。
(このまま進めば――)
街の北にある小高い丘、そこに千愁神社があった。
古びた鳥居、すでに管理するべき宮司すらおらず社は朽ち果てている。
瑠樺は自分の目の前をゆっくりと進む妖かしたちを追い抜いて千愁神社へと急いだ。
途中、複数の術者らしき妖気を感じ取った。やはり今日も一条家の陰陽師たちが見張っているようだ。
神社に着いてみると、予想したとおり、境内には多くの妖かしたちが集まっていた。
その視線がある一方向を向いていることに気がついた。
暗い空の向こうに見える小さな光。それが次第に大きくなってくる。
そこに一閃、赤い炎を纏った光が近づいてくる。
(あれは?)
鳥だ。
炎を纏った大きな鳥が羽を広げている。
「来たわね」
ふいに聞こえた背後からの声にハッとして振り返った。
雅緋が遠くを見つめている。
* * *
「雅緋さん、あなたはいつも突然現れるんですね」
「余計なことを考えている暇はないわよ。今から起きること、ちゃんと目に焼き付けなさい」
雅緋自身、火の鳥をジッと見つめている。
瑠樺は再び視線を火の鳥のほうへと向けた。
その時、瑠樺は新たな妖気に気がついた。四方八方から無数の妖気が近づいてくる。小さな妖気、弱々しい妖気。
「あれって――」
不思議とそれに対して恐怖を感じることはなかった。
「火喰鳥よ」
「火喰鳥?」
「あなた、妖かしの寿命って知ってる?」
「妖かしに寿命なんてあるんですか?」
「あるわよ。神以外に滅びのないものなんてこの世の中にないわ。時と共に肉体は朽ちる。時を経て魂も削れる。でも、人間の老いとは違う。人間のように死ぬことは出来ない。そして、妖かしとも呼べない存在になる」
「妖かしの影」
「そうね、いい表現だわ。見方によっては哀れなものだわ」
「それじゃ……あれは」
「そうよ。寿命を迎え、それでも死にきれない妖かしたち。あの妖かしたちはアレを追いかけている」
「どうすれば――?」
「放っておきなさい」
「でも――」
「大丈夫よ。そのために火喰鳥がいるのだから」
「アレは何なんですか?」
「不死鳥の卵っていったところかしら。いえ、もっと正確にいえば不死鳥を目覚めさせる化身といったところかしらね」
「……不死鳥」
今まで架空のものとして聞いてきたその名前を現実に耳にすることに驚いていた。そして、それ以上にそれを知っている雅緋に驚いていた。
「何?」
「雅緋さん、あなたはどうしてそんなに詳しいんですか?」
その質問を想像していなかったのか、雅緋は一瞬、驚いたように瑠樺のほうを見つめ、そして――
「私の知識なんて、12歳の子供のものと同程度のものよ」
その意味が瑠樺にはわからなかった。
(12歳の子供?)
瑠樺はもう一度問いかけた。
「雅緋さん、本当は八神家と何か関わりがあるんじゃありませんか?」
そうでなければこれほど雅緋がさまざまな知識を持っている理由にならない。
「あなたって本当にいつもストレートな聞き方をするのね」
「だって……雅緋さんは私よりもずっと妖かしについても詳しいし、それに妖夢に勝つほどに強いじゃないですか」
「もうあなただって強いでしょ?」
そう言いながら、雅緋は瑠樺の額に向かってそっと右手を差し出した。
「何を?」
「デコピン」
その瞬間、驚くほどの衝撃が瑠樺の頭に響いた。まるで顔面で大玉の花火が一発打ち上がったような振動に思わずグラリと体が揺らぐ。
「痛い! 何するんですか?」
涙が溢れてきそうになるほどの痛みに、瑠樺は額を抑えながら言った。
「だから、デコピンよ」
雅緋は軽くその指でデコピンの形を作りながら、ふとその横にある岩に向かってデコピンを当てた。
途端にその衝撃で岩が粉々になる。
「な……」
「今、あなたにやったのと同じものよ。普通の人間なら死んでるわよね。でも、あなたは平気でしょ」
「平気じゃないです」
「でも生きてる。あなたももう強いのよ。だから私だけ特別みたいなこと言わないで」
その言葉に、瑠樺は思わずその雅緋の顔をジッと見つめた。
「雅緋さんは平気なんですか?」
「何が?」
「その力……私も雅緋さんもとても人間とは言えませんよね」
雅緋は不思議そうな顔をして――
「何を言ってるのかわからないわね。まさか、力があることに悲観しているのかしら?」
「雅緋さんはわかりませんけど、私は妖かしで……式神と同じように使役されるような立場で……だから、もう人間とは言えないんだなって……」
「ふぅん、やっぱりわからないわね。そんなことを考えて何の意味があるの?」
「意味って……」
「妖かしとか人間とかそんな定義、私は興味がないわ。他人が決めた定義なんて何の意味なんてないでしょ。あなたは自分が『妖かし』で、私とは違うようなこと言ってるけど、私だってどんな存在なのかわからないわよ。あなたは私をバケモノ扱いするのかしら?」
「いえ……そんな……」
「いえ、バケモノ扱いされても構わないのよ。だって、あなたはあなた、私は私でしょ。それ以上でもそれ以下でもないわ。式神? 使役? それだってどこかの誰かが勝手に決めたことでしょ。それともあなた、私があなたを使役する立場だといえばそれに従うのかしら? じゃあ、あなたはこれから私に仕えなさい」
「そんなこと……言ってません」
「だったら面倒くさい考え方は止めなさい」
「でも――」
「うるさく言うと、もう一回やるわよ」
雅緋はそう言いながら指を弾いてみせた。
それ以上、訊くことは出来なかった。デコピンが怖いというより、きっとこれ以上訊いても決して答えてはくれないだろうと感じたからだ。だが、雅緋の言葉のおかげでだいぶ気持ちが楽になる感じがした。
やはり、雅緋はもともと八神家のことについて知っているのではないだろうか。そんな疑いを持つようになっていた。
「見なさい」
雅緋のその言葉に視線を火喰鳥へと向ける。
火喰鳥が羽を広げ、その炎が大きく周囲に広がる。
一瞬のうちに周囲の妖かしたちが炎に焼かれていく。
妖かしたちの最後の声が呻きとなって聞こえてくる。だが、それが苦痛なものだとは感じない。
あれは喜びの声。
「ああやって妖かしたちは全てを終える。そして、改な命として蘇る」
* * *
妖かしたちが皆、炎に焼かれ消えていく。
中心にいたはずの火喰鳥はいつの間にかただの炎と化し、その炎に妖かしたちの命が溶け込んでいく。
ふと横を見ると、さっきまでそこにいたはずの雅緋の姿が見当たらない。
(どこに?)
周囲を見回していると――
「何をキョロキョロしているのよ」
また、いつの間に戻ってきたのか、すぐ後ろに雅緋が現れた。
「どこに行ってたんですか?」
「ちょっとね」
その言葉にハッとして周囲の気を探る。いつの間にかさっきまで感じていた一条家の陰陽師たちの気が感じられなくなっている。
「まさか――」
「大丈夫よ、死んでないわ。ちょっとデコピンしてきただけだから、そのうち気がつくでしょ。それよりよそ見してちゃダメよ」
その時、眼の前の炎が色を変えた。
やがて、その炎が渦を巻いて一箇所に集結していく。そして、その中から一人の少女が現れた。
オカッパで赤い着物を着た少女。
(あれは?)
その少女が真っ直ぐにこちらを見つめている。
まるで――
「呼んでる?」
思わず言葉が漏れた。その言葉に雅緋は驚くこともなく頷いた。
「そうね、行きましょう」
そう言って雅緋が一歩踏み出す。
「でも――」
と言って、周囲を見回す。一条の陰陽師たちが来ているはずだ。矢塚には目立たないようにと言われている。
だが――
「ああ、見張っている者たちがいること、あなたも気づいているね。でも大丈夫よ」
確かにさっきまでいたはずの陰陽師たちの気が感じられない。
「どうして――」
「平気よ。行きましょう」
雅緋は瑠樺の手首を掴むと、妖かしたちが燃えている脇を通り、悠然と少女のほうへ近づいていった。
少女はずっと雅緋たちのほうを見つめている。
その赤い瞳。
雅緋が手を伸ばす。その手がそっと少女の髪に触れる。
再び炎が大きく広がり雅緋や瑠樺を包む。しかし、雅緋は動じることはなかった。
瑠樺にもその炎が雅緋を害するものではないことが理解出来た。
暖かい炎。
その炎によってまるで自らの心が再生させられるような心地よさがある。
やがて、その炎が少しずつ弱まっていった。
炎のなかから少女と雅緋の姿が現れる。
再び少女が炎に包まれその姿を消すと、そこから火喰鳥が現れた。
大きく炎の羽を広げ、火喰鳥が空へと飛び立っていく。




