3-2
翌朝、瑠樺はいつものようにベッドで目を覚ました。
そして、いつものような朝と同じような感覚で起き上がってから、昨夜の出来事を思い出した。
あれは――
(夢?)
いや、違う。あれは夢などではない。
今、自らの体の中に流れる妖力の変化がそれを物語っている。
その力の大きさは昨日までのものとはまるで違っている。油断をすると抑えきれなくなった妖力で何かをしでかしてしまいそうな気さえしてくる。
初めて父の指導のもと、自らの妖力を感じ取った日のことを思い出す。あの時はほんの小さな新しい力にときめいたものだ。
ベッドから出ようとするも足に上手に力が入らず、途端にバランスを崩して再び倒れてしまう。膨れ上がった妖力を抑えるために多くの体力が使われ、その疲労で体が重くなっているのだ。これでは今日、登校するのは難しいだろう。
瑠樺は仕方なく、学校を休むことに決めた。
何をするでもなく、ただ一日、自らのなかにある妖力に向き合う。それには普段、矢塚のところでやっている稽古にすごく似ていた。
夕方になって矢塚の屋敷に向かった。昨夜の疲れがまだ取れたわけではない。むしろ、今日一日自分の妖力に向き合っていたため疲労感は増している気がする。しかし、矢塚ならば昨夜のことについても何か知っているかもしれない。
幸いにも一日が過ぎて、だいぶ妖力が溢れてくるのを抑えることが出来るようになっている。
声をかけることもなく、矢塚の屋敷の玄関に足を踏み込む。
矢塚が座敷にいることは、その気でハッキリと感じられている。
瑠樺が矢塚の屋敷を訪ねるようになって二日目、すでに矢塚は瑠樺を出迎えようとはしなかった。矢塚は瑠樺に、今後は勝手にあがるようにと指示をした。
いつものように矢塚がいる座敷に入ると、寝転んでいた矢塚はむっくりと起き上がった。
瑠樺が矢塚の前に座り、昨夜のことを話そうとするよりも早く――
「キミ、何かあったかい?」
瑠樺を見るなり、矢塚は真顔でそう訊いた。
「え? どうして?」
「どうやら覚醒したようだね」
「覚醒?」
「キミの内にある妖かしの力が目覚めたんだよ。それは我々、一族の基礎となるものだ。正直言って、これまでの稽古はキミの妖かしとしての力に目覚めてこそ意味があるものだった」
「そう……だったんですか」
確かに今日一日で覚醒した妖力を抑えることが出来たのは、普段の稽古の賜物だろう。
「それで? キミ、誰かに会ったのかい?」
「それが……よくわかりません。実は――」
瑠樺は昨夜のことを矢塚に話した。
矢塚は黙って聞いていたが、瑠樺の話が終わるとうーんと唸って腕を組んで考え込んだ。そして――
「猫の仮面ね……その人物のおかげでキミは覚醒したということか」
「誰なんでしょう?」
「さあ、ハッキリしたことは言えないね」
「そういえば、口調に特徴がありました。いちいち語尾に『ニャ』ってつけてましたし」
昨夜の猫仮面の口調を思い出しながら瑠樺は言った。
「本気で言ってる?」
「や、やっぱりダメでしょうか」
「普通に考えて、その語尾の『ニャ』はわざとやってるだけだろうね。世界中の人と話をしたことはないけれど、そういう方言を聞いたこともないしね。だが、その猫が何らかの妖かしの力を持っていることは間違いないだろう」
「……化け猫」
「いや、それも違うだろうね。そして、おそらくキミはその人物のおかげで覚醒したということだ」
「じゃあ、あの人は私のために?」
「それもハッキリとは言えないだろう。何らかの目的があることは間違いないだろうし、その目的がわからない限り、キミのためにやったかどうかはわからないよ」
「私を助けてくれた常世鴉の人は?」
「うん、それは心配する必要はないよ。それはきっと純粋にキミを守ろうとしたんだろう。ただ、キミが一条にとってはそういう存在だということとも言える」
その言葉の意味はすぐにわかった。
「ひょっとして私は見張られているんですか? 疑われるようなことが?」
「それだけじゃないかもしれない」
「どうして?」
「キミが生きているのはそういう世界で、キミはそういう立場にいるということだよ」
矢塚は当たり前のようにそう言った。




