⑤
シュンシュンシュンシュン…………
なんの音だろう。不思議に思って目を開けると、ストーブの上のヤカンの音だった。
「彩佳………」
ゆっくり頭を動かしたら玲司が横に座ってた。ここは………道場の更衣室だ。………さっきのことを思いだした。私はぶざまにぶっ倒されて…………寝かされてるんだ。
私は天井を見つめたけど、ポロポロと………涙が溢れだした。
「あ、彩佳!痛いの!小先生呼ぼうか?」
聡子先生は看護師だ。
私は首を横に振った。
「玲司………ごめん……私、弱くて……玲司………怪我させて……約束も果たせなくて……今も、弱い………うっうっ。」
「…………」
「あの時………潔く先輩と交代すればよかった………弱いくせに………意地っ張りで…………」
私は道着の袖で涙をぬぐい、両手で顔を隠した。鼻にはティッシュも詰められてる。鼻血まで流したみたい。慌てて詰め物を取った。玲司には最悪な私ばっかり見られる。見っともなくて消えてしまいたい。
「彩佳……気にしないでいいって言ったろ?俺も、親も、先生も。」
「…………」
「俺、今日もバリバリ動けてただろ?足、本当にもうどうもないんだ。」
「…………」
「何回も言ってるのに彩佳だけがわかってくれない。」
「…………」
「…………だから蹴り入れた。」
「………へ?」
「女の子に寸止めもせず、回し蹴り入れた。床に顔から落ちて鼻血まで出させた。最低だろ?俺。」
私は呆然として………手を顔から外して玲司をマジマジと見つめた。
「これで、チャラね。俺の怪我と彩佳の怪我で。わかった?」
私はゆっくりと起き上がった。慌てて玲司が背中を支える。
「玲司…………」
「彩佳、痛かったよね。ごめん。でももう、彩佳の罪悪感拭うには、とっさにじゃあったけどこれしか浮かばなかった。おんなじくらいの痛みを味合わないと彩佳、納得しないだろ?」
「うん………」
「これからまたずっと一緒にいるのに、気まずいままなんて絶対嫌だったし。」
「…………私のこと、恨んでない?」
「恨んでないって!さっき匠も言ってたけど、バカな俺達を引っ張ってくれて、俺の何倍も頑張ってるってずっと思ってた。スゲエなって。あの時、彩佳と組手したくないって言ったのも、大事な大会前にガムシャラなだけで技術もない俺と組手して、ケガでもさせたら、それまでの彩佳の頑張りが無駄になると思って………」
私の………ビックリして止まってた涙がまた流れ出した。
「よかった………ずっと、生意気な女子だって嫌われてると……思ってた………」
玲司が大きく目を見開いて、そしてはあっと息をはいた。首にかけていたブルーのタオルで私の涙を押さえてくれた。
「俺が………ここに戻ってきたの、彩佳のせいだから。」
「え?」
「じいちゃんの介護もあったけど、俺が戻りたいって言ったから、母さん決断してくれた。彩佳に会いたかったから。」
「え…………」
「好きだ。頑張り屋で、負けずぎらいで、チビ達を大声で応援する彩佳が。」
「うそ………」
「これからブランク埋めて、せめて匠くらいは仲良くなって、その後、彩佳の一番になりたい。」
私は玲司の瞳の奥を覗きこんだ。試合の時と同じ表情。どこまで見ても真剣だった。
ずっと、女子一人で寂しかった。玲司と一緒にふざけたかった。でもバカにされたくなくて言えなかった。玲司は学年が上がるほどにどんどんカッコよくなり、空手もどんどん上手くなって羨ましかった。でも強がって認められなかった。
玲司といつか仲良くなりたいと願っていたのに、恨まれるようなことをして、この三年、胸が張り裂けそうだった。
玲司と知り合って六年、玲司が私の心の大半を占めていた。
心臓がバクバクバクと音を鳴らす。
私も言わなきゃ。これ以上卑怯でいたくない。
「私も……好き……小さい時から。」
…………恥ずかしくて、ようやくこれだけ言葉にできた。声が震えて、目を見て言うことは出来なかった。
玲司が私の膝の上の手を握った。私の手をすっぽり包むほど大きくなったる玲司の手を見て、勇気を出してゆっくり顔を上げた。玲司の顔は私より上にあって、口元のホクロが目についた。そのホクロは小さい時からそこにあり、どれだけ自分が玲司を見つめていたか気づいて、顔に熱が集まった。
「彩佳、俺と付き合って。」
「うん……私と付き合って。」
「うわーあ!」
玲司が後ろにバタンと倒れた。
「え?」
「緊張したーーーー!」
玲司も?
「…………案外余裕に見えたけど?」
「だって彩佳、前はずーっとショートカットですごい気安かったのに、髪長くなってて、私服も女の子っぽくって、もう、誰かと付き合ってるのかと思った。」
真希ちゃんと居たから女子力アップして見えたのかな?
「私が誰と付き合うっていうの?」
「た……なんでもない。なんで髪伸ばしてんの?」
「玲司との……タイトルの約束果たすまで切らないって願かけてた………」
玲司はビックリした顔をして………私のポニーテールに触れた。
「そっか………じゃあ次、勝たせてやるよ。俺が。」
「へ?」
「来週の大会、俺が彩佳の横につく。」
「はあ?そんなの監督じゃないと無理だよ。」
「〈監督〉って腕章付けるだけじゃん。先生たちは試合慣れしてないチビに付くから俺が彩佳に張り付くって言っても、よろしくーって言われるだけだよ。きっと。」
「えー?」
「俺、二段取ったし!」
「う、うそお!やられたーーー!」
「とりあえず、先生に聞いてみよ。立てる?」
玲司が私を支えて立ち上がらせてくれた。少し後頭部がクラクラして、玲司の肩に寄りかかっていると玲司が更衣室のドアを開けた。
そこには、匠が突っ立ってて………私がいぶかしげに匠を見つめると親指グッと上げてウインクした。そして道場に向かって、振り向きざまに、大声で叫んだ!
「みーなさーーーん!佐野 玲司くんの長年の片想いがー今よーやく実りましたーーーあ!!!」
「「「「「「よっしゃーーーあ!!!!」」」」」」
私達は一気に全ての道場生に囲まれた。奥を見ると大先生も小先生も渚ちゃんも手を叩いて大受けしてる。
み、みんな知ってたの?
玲司は開き直ったのか口角を少し上げてダブルピースしてる。私は………元からのフラつきもあってその場にヘニャヘニャとへたりこんだ。
小学生なんで、解決方法も乱暴なくらい直球です。