②
「電気ついてたから誰かいるのかなーって思って。大先生、久しぶりです。なんでヒゲ生やしたの?」
玲司の登場で稽古は中断し、みんな玲司のまわりに集まった。ここにいるのはイッコ下の隼也をはじめ、みんな玲司を知ってるメンバーだった。うちの道場は厳しい大先生をみんなでボヤくことで連帯感が生まれ、男女関係なく呼び捨て、年上もちゃん付け、仲良しだ。私もそっと渚ちゃんの後ろに続いた。
「玲司、デカくなったな。3年ぶりか?元気か?ヒゲ、ちょいワル風だろ。ガハハ!」
「玲司、久しぶり!突然でビックリした。今日はどーしたの?」
渚ちゃんが気さくに話かけた。
「うん、こっちのじいちゃんがさ、病気になって、母さんが介護することになって、俺も中学からこっちに戻ることにした。」
玲司は四年生になる前に、お父さんの転勤で埼玉に引っ越していた。
「えっと………先生は玲司が戻るのは嬉しいが、おじいさん大変だな、お母さんも。お父さんは?」
うちの道場は良くも悪くも古い道場なので、親子で寒稽古からの餅つきなど季節イベントがあったから、みんな玲司のお父さんお母さんの顔を思い浮かべることができる。
「父さんは当分単身赴任、異動願いは出してるけど。」
「そっかー。お父さんがこっち来たら先生と飲もうって伝えてくれ。で、いつから稽古来るんだ?」
先生が当然とばかりニヤリと笑う。
「えーマジ?みんな大会前だろ?邪魔しちゃ悪いし、俺もまだ引越しでバタバタしてるし、四月入って大会終わった頃?」
「えーーー、そんなブランク空けちゃまずいって。玲司、とりあえず土曜だけでもおいで。そして彩佳の相手してやって。」
「え!」
渚ちゃんが恐ろしいこと言い出した。信じらんない!ヤバイ、玲司とバッチリ目があった!
「おー彩佳。渚ちゃんの後ろにキレイにはまってて見えなかった!」
ワザとだよ!
「彩佳、南中?」
「うん。」
「俺も!じゃあ色々教えてよ。俺、新入生説明会出れなかったし。snsしてる?」
「…………私がスマホ持ってるわけないじゃん。うちの親知ってるでしょ。お兄ちゃんすら持ってない。」
「ああ………ですです。家電の番号変わってないよね?じゃあわかんないことあったら電話するからヨロシク!」
「あう………」
玲司は私達が小学校一年生のときに道場にやってきた。私のほうがデビューが一年早いし、体格も変わらないし(下手すりゃ私のほうがでかかった!)、男子はその頃沢山いて、ふざけて遊んでばっかりだったから、〈組手〉でバンバン上段決めて負かしてやった。
一年、二年と経つと、男子もサッカーやスイミングなど習い事を一本化しだして、本気で空手を続けようと思う子だけが残った。最終的に私達同級生は私、玲司、そして現在中学受験中でお休みの那須 匠の3人になった。三年生で全員黒帯になり、私は〈形〉、男子二人は戦ってこその空手だと〈組手〉と専門を決めて、そうはいいつつも、まだ未熟なのだから通常はほぼ同じメニューを競って頑張っていた。
小学校も同じで、稽古も休憩も双子のようにじゃれあう玲司と匠。周りを巻き込んで輪の真ん中で楽しそうに笑う玲司。でも稽古の時以外、私とはろくに話してくれない。からかってくるだけ。下級生にはあんなに親切なのに。
……どうして私にも匠相手のように普通にしゃべっくれないの?私は自分の態度は棚に上げて、ひっそり傷ついた。
そうしているうちに三年の最後の大会が真近になり、玲二と匠はひたすら組手を試合形式でやっていたけど、大先生が、
「同じ相手ばかりじゃ読める。彩佳、組手に入れ。」
そう言って私を〈形〉のグループから呼びつけた。
私が防具をかちゃかちゃつけていると、玲司が、
「大先生、彩佳は〈形〉だろ?彩佳とやるより先輩達としたい。」
「言えてる〜」
匠も賛同した。
私はカッチーンときた。私じゃ相手にならないとでもいいたいの?
「ねえ、私に勝てると思ってんの?」
「思ってる。〈組手〉の時間、俺たちのほうがうんと長いし。」
「へー!ノータイトルのくせに!あったまきた!」
私は拳サポををはめてぼすぼすと拳を打ち鳴らした。
「お前ら、うるさい!準備できたなら始めるぞ!始め!」
………始めてすぐ気がついた。玲司のフットワークが全然違う。ワンパターンだったのに小刻みに前後左右に動いて足が止まらない。一気に伸びてる!絶対入ると思った中段がかわされ、逆にカウンターを決められた。
私は大いに焦った。私のほうが一年も早く始めたのだ。玲司がふざけている間も真面目に基本をしてたのだ。
私は一発逆転を狙って回し蹴りをかけた。すると、誰かの汗で床が濡れていて軸足が滑った。一瞬だった。私も玲司も止められない。後ろに下がった玲司の方に私の足も勢いついたまま滑り、軸足が玲司の足の先にスライディングするように突っ込んだ。玲司の三年生のか細い足首が変な曲がりかたをして…………玲司は倒れ、うずくまった。
「玲司!」
大先生と小先生と匠、そしてみんなが真っ青な顔をして駆けつける。私も足と腰を強打して凄く痛いけど………何も言えなかった。幼くても、玲司と自分の痛みのレベルが違うってわかった。
玲司は病院に行った結果右足の薬指と小指の骨折、重度の捻挫。当然大会なんて出れっこない。私は泣いて謝った。先生も玲司のお母さんも稽古中の怪我はしょうがない、彩佳は悪くないと言ってくれた。でも全然心は軽くならない。自分の変なプライドで、先輩とやりたがってた玲司と組手して、カッとなって、自分のペースを崩したことが原因だと思った。
「彩佳さあ、謝るくらいなら、優勝して全国行ってよ、俺の代わりに。」
玲司はそう言って稽古にも復活できないまま、急なお父さんの転勤で引っ越した。
玲司の引越した後行われた地区大会は、3位に終わった。
四年、五年、六年と、私はタイトルを取ることができず、全国なんて………夢の夢だ。