パンダだんぱん
星屑による星屑のような童話。よろしければお読みいただけるとうれしいです。
桜の花のアーチをくぐる新1年生たちは、ずいぶんとかわいかった。
3年前はボクもあんな感じでちっちゃかったのかな、なんて思うと不思議な気持ちになる。
そんな、新学期の始まり。
ついにボクは4年生になった。待ちに待った、高学年だ。
ママのお手伝いがもっと上手にできるようになって、うんとたよりにされちゃうかも――なんてことを考えると、わくわくする。
ちなみに、ボクの家にパパはいない。
それはボクが物心ついてからずっとだ。
でも、ボクは今の生活が大好き。いつも家事に仕事にいそがしいママのため、少しでも役に立ちたいと思っているんだけど――。
まあ、お手伝いは“ぼちぼち”がんばっていくとして、ここ最近、学校に通う朝の時間の空気がずいぶんとぬるくなってきた。
「もうそろそろ、いいわよね」
そう言って、我が家のモフモフたちの猛反対を押し切るようにママが居間のコタツを押し入れに片付けてから、1週間がたつ。
ああ……、そうだった。
いちおう説明しておくとね、“我が家のモフモフ”っていうのは“パンダ”たちのことなんだ。それも、6頭。まだ子どもだからサッカーボールぐらいに小さいけれど、ぬいぐるみなんかじゃないよ。
今年の正月にどこからか突然やって来た、赤と白の毛並みのめでたい紅白パンダ。
名前が似ていて、かなりまぎらわしいんだ。
“パンダ”に“パダン”、“ンパダ”に“ンダパ”に“ダパン”に“ダンパ”!
名前だけでなく、見た目もそっくりでさらにややこしい。
だけど性格や得意なことなんかはぜんぜんちがうんだよね。面白いだろ?
男の子は“パンダ”と“ンパダ”と“ダンパ”の3頭で、他の3頭は女の子。“パンダ”君はぶっきらぼうなリーダータイプ、ダンパはダンス好きの活発なヤツで、パダンは礼儀正しい女の子……。
まあ、パンダたちの説明ばかりしていると時間がいくらあっても足りなそうだから、これくらいにしとく。とにかく、個性たっぷりのめでたい色をしたパンダがウチに住み始めて、4ヶ月くらいたっているんだ。
そんな日も夜になり、ママが帰宅。
パンダたちも寝てしまったし、そろそろ寝ようと思ってパジャマに着替えたあとに歯みがきをしに洗面台へと向かっていたボクは、テーブルの上のノートをにらみながら右手に電卓、左手は頬杖のママがぼそり、とつぶやいたのを聞いてしまった。
「うーん……。最近、パンダ君たちの食費がぐんぐんふえてるようね。こまったわ」
気になったボクは、すぐにママの所へかけつけた。
「どうしたの? ママ」
「ねえ、孝文。今月、ちょっとお金が大変なの。パンダ君たちのごはんとおやつの量をちょっとだけへらしたいから、あなたのおやつもしばらくの間がまんしてもらってもいい?」
「ええーっ!」
おどろいて、ついつい大声を出してしまう。
普通だったら、パンダの食べるものが笹の葉じゃなくて、ごはんやお菓子など人間と同じものだってところにおどろくのかもしれないけど、ボクはもう、そんなことには慣れっこだった。
おどろいたのは当然、ボクの大事なおやつがへらされるってところだ。
しーっ。
口に人差し指を当てたママと二人、あわてて部屋のすみっこの方を見る。
なぜかって、もうだいぶ前に寝てしまったパンダたちを起こしてしまったのかも、と思ったからだ。
でも――だいじょうぶだった。
部屋のはじの方で人間の赤ちゃん用の小さな布団をしき、まるでひとつの綿のかたまりのようになって寝ているパンダたちは、すやすやとかわいい寝息を立てていた。まるで、お正月のお供え餅みたいに見える。
「……うん、わかった。ボク、おやつはがまんするよ」
せいいっぱい顔をゆるめたボクは、口先をとがらせないように注意して、そう言った。
おやつがへるのはもちろんいやだ。
けれど、ママを心配させちゃいけないんだもの。
――どうしてパンダたちのためにボクのおやつまでへらされちゃうの?
ボクは自分のベッドに向かいながら、すやすやと寝ているにっくき“ふわふわもこもこ”たちをにらみつけてやった。
◇
次の日になった。
たぶん、待ちぶせしていたんだろう。おやつをへらされたことを知ったパンダたちが、学校から帰って来たばかりのボクに向かって、べらべらと文句を言いだした。
「ちょっと孝文君! これは一体どういうことなの? ぼくら6頭のおやつが、たったこれだけだなんて!」
「そうですよ! 私たち、育ちざかりなんですからっ」
「そうだ、そうだ!」
話を切り出したのは、やはりリーダーの“パンダ君”だった。
パーティサイズの大きなポテチ一袋と板チョコ一枚、ふわもこな二つの前足でかかえこむとこれ見よがしにボクの前でひらつかせ、愛くるしい“たれ目”がつり上がるほどにぷんすかおこっている。
もちろん、それはほかの5頭も同じだった。
いつもはパンダ君とあまり意見が合わない女の子のパダンまで、短いしっぽをぷりぷりとふってうったえる。
すごくおこったせいなのか、みんな、眼の周りに薄黒い“クマ”ができていた。ここにいるパンダたちの目の周りの毛は赤いから、よーく見ないとわからないんだけどね……。
まだランドセルも降ろしてもいないボクの足元に、よってたかってまとわりつくようにせまってきた、パンダたち。
初めはそのいきおいにたじたじになったボクだけど、自分のおやつがへらされたことを思い出し、急に腹が立ってくる。
「君たち、なに勝手なこと言ってんだよ! 君たちがたくさん食べるせいで、ボクのおやつがなくなっちゃったんだからね!」
「え? どうしてですか」
「どうやら、君たちの食べものを買うためのお金がきびしいらしいんだ」
「そうだったんですか……」
急に元気がなくなり、そわそわしだした紅白パンダたち。
今までボクの足にすがりついていたパンダたちが、かべに向かってちょこちょこと歩き出し、かべの前でイチゴミルクのかかったドーナッツみたいに円くなった。
なにやら小声で相談を始めた、ふわふわなかたまり。
しばらくするとそれが二つに分かれ、3頭と3頭の言い合いが始まってしまったんだ。
「だから、私たちだってママさんに協力すべきよ」
「いや、あくまでパンダはパンダらしく、お腹いっぱい食べてごろごろとすごすべきだ」
「パンダにも協調性ってもんがあることを見せてやろうよ」
「くっちゃねごろごろなくして、パンダなし!」
「ねえ、ンダパ。きょうちょうせい、ってなに?」
「ダンパ、あなたはだまってて!」
いつの間にやらボクは、彼らのお話の蚊帳の外だった。蚊帳ってものをボクは見たことはないので、本当はその言葉、ぴんと来ないのだけれど……。
とにかく、ママ協力派のンパダとダンパとパダンの3頭とあくまでパンダくっちゃね派の3頭が、けんけんがくがくの話し合いをしている。
結局、話し合いはまとまることはなかった。
「オイラたちパンダは、1日に3回の食事と3つのおやつ、そして3度の昼寝をする権利があるのだッ!」
あくまでママに談判をすると言いはるパンダ君は、仲間のダパンとンダパを引きつれ、そこからさらに部屋の奥へと歩いていった。そして家のどこにあったのか小さめの段ボール箱を見つけてきて、ぎゅうぎゅう詰めになりながら、その中に3頭がおさまった。
「オイラたちの要求がみとめられるまでは、ここから出ない!」
これってたぶん、ストライキとか籠城っていうやつなんだろうけど、ボクには、くっつき合った毛玉のかたまりがその短いうでをひょこひょこ上にのばしているようにしか見えなかった。
「とにかく、ママが帰ってくるまで待つしかないようだね」
肩をすくめたボクの足にひっついているママ協力派の3頭は、ボクの顔を見上げながら、こくこくとうなづいた。
☆☆
辺りが暗くなり、ママが帰って来た。
すると早速、眠たい目をこすりながらの、3頭のパンダたちによる談判が始まったんだ。
「ママさん、おやつは1日3回を守っていただきたい!」
「そうだ、そうだ!」
「私たちパンダは、くっちゃねごろごろの生活をする権利があるのです!」
「そうだ、そうだ!」
パンダ君とンダパの掛け声に、そうだそうだと調子を合わせるンパダ。
考えてみれば、いつの間にやら赤白の模様のちょっとしたちがいとそのしゃべり方でかんたんに区別がつくようになっている自分がすごいと思う。
「ごめんなさい……。でも、ちょっと今月は苦しいの。少し、協力してください」
ママが、ぺっこりと頭を下げる。
そんなママにひるんだのか、パンダ君たちのつき上げる手の動きがにぶくなった。
「そうか……ママさんがそう言うならしかたがない――いやいやいや、絶対ダメだ! 我々は、あくまでおやつたっぷりの毎日を要求する!」
「そうだ、そうだ」
「当然よ!」
パンダたちにそう言われたママが、少し悲しい顔をした。
そんなママを見てしまった、そのときだった。
頭の中で何かがプチンとはじけ、勝手に口が動いてたんだ。
「だから、さっきも言っただろ。お前らのせいでボクのおやつがなくなったんだぞ。少しは、気をつかったらどうだよ!」
――しまった!
口に手を当てたけど、もうおそかった。
きつい感じでついつい言ってしまった、ボクの気持ち。ああ、ママはどんなふうに思ってるんだろう……。
おそるおそるママに顔を向ける。
けれど、ママはおこってはいなかった。
というより、さっきよりもっともっと悲しい顔をしていた。
そんな中、ママ派のパンダたちが、いっしょうけんめいにくっちゃね派のパンダたちを説得している。
けれど、それもムダだった。
「し、しかたがない、話し合いは決裂だな。……バクハツする!」
「バクハツだぜ!」
「バクハツしちゃいます!」
――えーっ、またバクハツ?
こうして、ついにパンダ君たち3頭は、バクハツしてしまったんだ。
△△△
すやすやぐうぐう、まるで生まれたての赤ちゃんのように気持ちよさそうに眠る、パンダたち。
そう――バクハツしたのは、眠気だった。
段ボール箱から飛び出した、目の周りがクマだらけのパンダたち。
小さな布団の上でばったりとたおれると、空いてる場所を取り合うようにして眠りだした。
――布団が小さいのかも。
そう思ったボクは、ボクが今ベッドで使っている布団を持ってきて、パンダ君たちに渡してあげた。すると目の色を変え、ぐーすかぴーぷー、いっしょうけんめい眠り出したパンダたち。
コタツが押し入れにしまわれてしまってから、どうやらぐっすりとお昼寝ができなくなっていたらしい。
「たぶん、気持ちよくお昼寝できれば食費もへると思います。思うように昼寝ができなくて、その分、たくさん食べちゃってたと思うので」
女の子のパダンはそう言うと、ぺこりとお辞儀したあとに、自分もボクの布団へとまっしぐらに向かった。
それは、ほかの2頭もいっしょだった。
「ずるい、待ってよー」と言いながら、おぼつかないよちよち歩きのような足取りで、次々と布団へ飛びこんでいく。
――そうか、みんな寝不足だったんだ。
あっという間にできあがった、ボクの布団の上の6つの綿のかたまり。
しばらくぶりで見る、パンダたちの気持ちよさそうな顔。これできっと、目の周りのクマもとれると思う。
だけど、みんなの本当の気持ちを見抜けなかった自分に、ちょっとがっくりだ。
「パンダ君たちには、悪いことをしたようね……。明日、みんなそろってぐっすりとお昼寝できるような、そんな大きめのふかふか毛布を買ってきてあげましょうか」
「うん、それがいい!」
と、ママがひざを曲げ、ボクの背の高さに顔をもってきた。
そこにはパンダのようにたれ下がった大きな目があって、ポクをじっと見つめていた。
「ごめんね、孝文。おなたには、いつも色々とがまんさせちゃってるようで……。でもね、あなたはママにとって大切な家族なの。もちろん思いやりも大事だけど、ママには正直な気持ちを言ってくれたらうれしいな」
「うん、わかった。今度から、そうするよ」
パンダたちの盛大な寝息を聞きながら、ママに元気よく返事。
とそのとき、ボクに名案がうかんだ。
「ボクの布団、パンダ君たちに貸してしまったからさ……今日は、ママといっしょに寝てもいい?」
「そうか、しかたないわね……。今日だけですよ、甘えんぼさん」
「うん!」
談判は成立。
今日は、パンダ君たちと同じように、いつもの3倍くらいぐっすりと眠れそうな、そんな気がした。
―おしまい―
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