二夜の話・前
綺麗な月夜だった。
遠海の様に蒼く。
深海の様に深い。
そんな、真円の月夜だった。
夜は丑三つを過ぎ、街に人の気はない。
道の入り組んだ住宅街には、走り通る車もない。
時折長く尾を引く犬の声が、月に吠える狼のそれの様に夜空に響くだけ。ユロユロと揺れる外灯の明かり。暗い夜道に落ちるその外側を、スゥッと何かの影が横切る。
スゥッ スゥッ スゥッ
整然と並ぶ外灯の光の外を、黒い影が縫っていく。
見る者がいれば、それが夜と同じ色をしたレトロな外套である事に気がついただろう。
それを纏うのは、一人の少年。
襟首で結んだ黒く長い後ろ髪と、白い肌が酷く印象的な、痩身の少年だった。
年の頃は十代中程。
この時間に夜街をうろつくには些か相応しくはないが、本人にそれを気にする様子はない。
彼は、その蛇の様に長い後ろ髪と、身に不釣り合いに丈の長い外套をなびかせながら、外灯の影を音もなく歩き渡る。
何か目的があるでもなく、何処かを目指している様にも思えない。時折立ち止まっては空を仰ぎ見るその様は、単純に観月の散歩を楽しんでいる様にも見えた。
と、その足がピタリと止まる。
少年の顔は、その半分が長い前髪に覆われている。顕になった方の眼差しが、自分が立つ外灯の向こうの夜闇を見つめる。
その髪や外套と同じ、夜色の瞳。それに映るのは、自身と同じ年頃の少女の姿だった。
それはそれで、風変わりな少女だった。
白銀のショートヘアに、同色の瞳。
華奢な身体を覆うのは、純白の洋装とショール。長いスカートから覗く細い足を飾るのは、目にも鮮やかな深紅のシューズ。
これまた、深夜の街中をうろつくには不似合いな格好。その年相応に可愛らしい容姿から、心よろしくない輩に拐かされるのではないかとの不安も沸く。
そんな彼女は、何やらしきりに辺りをキョロキョロ見回している。どうも、何かを探しているらしい。相当大事なものを失くしたのか、その顔には焦燥の色が濃い。
と、そんな少女の様子を見ていた少年が動いた。
先までの通り、音の立たない足取りで近づくと、少女に向かって声がけた。
「どうしたの?」
「うぴゃあ!?」
唐突にかけられた声に、大げさに飛び上がる少女。もっとも、夜闇に紛れる様な格好の相手に、全くの無音から声がけられたのだから無理もないが。
「だ、だだだ、誰ですか!?」
裏返った声で叫びながら振り返る少女。そんな彼女に向かって、静かな声で少年は言う。
「困っている様だけど、何かあったのかい?」
「………!」
少年の姿を見た少女が、何かに気づいた様に目を丸くした。