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月下奇譚  作者: 土斑猫
終夜の話
56/59

終夜の話・伍

 それからまた、しばらく歩いた。

 何処までも続く、薄暗い通路。



 (いつまで続くんだろう……?)



 先の森の中から歩きっぱなしなのだ。流石にうんざりしてきたその時、



 サッ



 「うわ!!」

 「きゃっ!?」



 突然差し込んできた光に、あたし達は驚きの声を上げた。



 「大丈夫でございますか?」



 そんなハヅキの声に、光に滲む視界を開ける。

 すると、そこに広がっていたのは……



 「うわぁ……」



 隣りのシェミーが、感嘆の声を上げる。


 昏い通路は、そこで終わりを告げていた。代わりに広がったのは、思いもよらぬもの。

 空に浮かぶ、大きく青い月。それが煌々と降らす光の中に、広い庭園が広がっていた。


 青いバラに、蛍光に輝くホタルブクロ。見た事もない、色彩の花々が至る所で咲き乱れ、夜目にも鮮やかな木々が揺れている。咲き誇る花々の間を飛び交うのは、虹色の燐を散らすハチドリだ。


 足に感じる芝生は柔らかく、極上の絨毯の様な感触を返してくる。


 吹き渡る風は、甘い花と爽やかな緑の香を含み、澱んだ肺の腑を洗い流していく。


 もし、この世に楽園と言うものがあるのなら、こここそがそうなのかも知れない。

 あたしがそんな事を考えていると、



 ♪~♪♪~♪~♪~♪♪♪~



 何処からか、綺麗な音が聞こえてきた。

 それは、歌の様であり。

 知らない楽器の音色の様にも聞こえた。


 何処から聞こえているのだろう。

 周りを見回すと、庭園の中心にある大きな噴水が目に入った。そこに、あたし達の視線を止めるものが二つ。


 一つは、その噴水の縁に。一人の女の子が腰掛け、そして歌っていた。


 夜風に揺れる、綺麗な金の髪。白い衣装を纏ったその姿は、とても清麗。まるで、美しい天使を見ている様だった。


 もう一つは、そんな彼女の前に。一人の女の子がクルクルと回り、踊っていた。


 薄闇に舞う、艶やかな漆黒の髪。黒い衣装を纏ったその姿は、とても妖艶。まるで、艶かしい悪魔を見ている様だった。


 青白い月光と、仄暗い夜闇。その中で演じられる、華麗な歌と踊りの共演。あたし達はしばし、疲れを忘れて見入っていた。


 と、白い女の子がふと歌うのを止めた。つられて、黒い女の子も踊るのを止める。二人の視線が、そろってこっちを向く。どうやら、あたし達に気づいたらしい。



 「空木唱未(うつぎとなみ)さまと華梨鳴魅鴉(かりなきみあ)さまです。ご挨拶しますか?」



 ハヅキが、あたし達に向かって問う。



 「え?え~と……」

 「どうする?」

 「どうしましょう……?」



 戸惑うあたし達。

 その間に、彼女達の方が近づいてきてしまった。



 「葉月(はづき)じゃあん。外に出るなんてぇ、珍しいわねぇ」



 妙に鼻にかかった甘い声で話しかけて来たのは、黒衣の踊り子の方。ミアと呼ばれていただろうか。



 「御機嫌よう。魅鴉さま。唱未さま」



 例の如く、スカートの両端を持って優雅に挨拶するハヅキ。

 すると、それに倣う様にミアとトナミも自分達のスカートを持つ。



 「はいはぁい。ご機嫌よぅ」



 そう言って挨拶を返すミア。対して、トナミは何も言わず、笑顔で会釈だけを返してくる。

 見た目に合わず、無口なタチなのだろうか。怪訝そうな顔をしているあたしに気づいたのか、ハヅキが説明する。



 「申し訳ありません。唱未さまは”言霊使い”でございまして、みだりににお話しになられる事が出来ないのです」



 コトダマツカイ?

 何の事だか分からない。頭を捻っているとミアが笑いながら言った。



 「簡単に言うとねぇ、唱未が話した事はぁ、ぜぇんぶ本当になっちゃうのよぉ。ペラペラ喋ったらぁ、それこそ世の中無茶苦茶になっちゃうわぁ。だからこの娘ぉ、滅多な事じゃあ、しゃべらないのよぉ」



 はぁ?

 思わず、目が点になった。

 話した事が本当になる?信じられない。もし、本当だとしたら、それは正しく……



 「おっとぉ!!」

 「んぐ!?」



 呟きかけた口が、ミアの指で塞がれた。



 「ここではぁ、その例えはぁ、禁句よぉ。特にぃ、”あの娘”のぉ前ではねぇ」



 そんな言葉と共にミアが指した先には、サヤがいる。

 彼女は何処か不機嫌そうな顔でこっちをみていたけれど、あたしの視線に気づくとプイとそっぽを向いた。



 「あんたもぉ、これからぁ、あの娘に仕えるならぁ、気をつけなさいなぁ」



 ケラケラと笑いながら、ミアという少女はそう言った。





 と、笑っていたミアが急に黙った。

 どうしたのかと思っていると、しげしげとあたしの顔を覗き込んで来た。

 そして、一言。



 「可愛いわね」



 ……は?

 見れば、ミアが舌舐りでもしそうな顔であたしを見ている。

 獲物の兎を睨む、毒蛇の様な目。

 何だか、冗談抜きで怖気が走る。



 「好みかも」

 「ひゃ!?」



 いきなり、ほっぺを舐められた。

 ついでに、胸を揉まれた。



 「あははぁ、やっぱりぃ!!おっいしぃい!!」



 楽しそうな嬌声を上げながら、あたしの胸を揉みしだくミア。



 「うぅん!!こっちもぉ、ジャストサイズゥ!!」

 「ちょ、ちょっと……やめて……あん!!やめてってば!!」



 自分の声に艶が混じり始めたのに気づいて、あたしは真っ赤になってミアを突き飛ばそうとした。けれど、彼女はそれをスルリと交わすとますますあたしに絡み付いてくる。



 「キャハハァ。そんな邪険にしないでよぉ。別にぃ、初めてって訳じゃあないんでしょう?」

 「な、何言って……あっ……!!」

 「分かるのよぉ。香りでねぇ」

 「魅鴉さま。その方は叉夜さまのものです。お戯れはお止めください」



 流石に見かねたのか、ハヅキが止めようとするけれど、ミアに止める様子はない。



 「ねぇ。叉夜(さや)ぁ、この娘、一晩貸してよぉ。ちょっと味見したらぁ、返すからぁ」



 しまいには、ぬけぬけとそんな事を言い始める。

 その言葉に、サヤが顔をこっちに向けた。


 ああ、サヤお願い!!この女は文字通りの淫蛇です!!あたしはあなたの所有物ものでしょう!!なら、助けて!!得意の変な術で止めて!!


 けれど、現実は非情だった。

 あろう事か、かの魔女はその顔に薄笑いを浮かべて言ったのだ。



 「ああ、好きにしたらいいさね」



 ピシ



 固まるあたし。そんなあたしに、ミアが毒蛇の様に絡まってくる。



 「ほうらぁ、お許しが出たぁ。さあ、(しとね)に行きましょう。それともぉ、(ここ)のがお好きぃ?」



 そんな事をのたまいながら、あたしの服を脱がしにかかるミア。冗談じゃない。いくらとっくに散らした華とは言え、こんな所で枯れた雑草みたいに引っこ抜かれたくない。

 抵抗するあたし。けれど、ミアの力は強い。なし崩し的に組み敷かれていく。



 「あはは、いいわよぅ。どぉんどん、抵抗してぇ。そういうシチュエーション、大好きだからぁ」



 ああ、もう駄目だ。こんな所で、こんな人の(つら)被った獣に辱められてしまうのか。

 あたしが、切ない絶望とともに諦めようとしたその時――



 「もっとも、その娘(・・・)の了承を得られればの話だがね」



 サヤが言った。途端――



 ガクン



 急に、ミアの身体が傾いだ。



 「ん?」

 「え?」



 あたしとミアが、揃って横を見る。


 泣きそうな顔をしたシェミーが、ミアの腕にしがみついていた。



 「やめて!!」



 彼女が言う。叫ぶ様に。



 「こんな形で、セシルを汚さないで!!」



 そして、渾身の力を込めてミアの腕を引く。



 「おっとぉ」



 そんな声を上げながらも、今度はミアの身体は動かない。



 「何ぃ?この娘ぉ」



 ミアが訊いてくる。



 「そ、それは……」



 口ごもるあたしを見るミア。一拍の間をおいて、その顔が破顔した。楽しそうに。本当に楽しそうに笑んだ。



 「ああ、な~るぅ!!先約がいた訳だぁ!!」

 「え?あ、いや、シェミー(その娘)は……!!」



 動揺するあたしの様に確信したのか、ますます楽しそうに笑うミア。もう、普通の笑顔じゃない。文字通り、悪魔の微笑みだ。



 「よきかな。よきかなぁ。なるほどぉ。あんた達もぉ、同好の士って訳ねぇ」



 そんな事を言いながら、ミアはシェミーの顎を掴んでクイッと上げる。



 「あらぁ。あんたもぉ、結構いいじゃなぁい。いいわよぅ。三人でぇ、楽しみましょうかぁ?」

 「!!」

 「ちょっと!!シェミーには手出さないで!!」



 いくらあたしが叫んでも、のれんに腕押しだった。





 「……あいつ、ちょっと調子乗り過ぎじゃないかね」



 アビーが剣呑な顔で、腕まくりをする。



 「だね。ちょっとほっとけないね」



 カリーナがそれに倣う様に、ダンと足を鳴らした。



 「話し合いで……と言う訳にはいかないわね」



 ベティーナも、彼女にはそぐわない低い声で言う。



 「無理やりは、趣味じゃないんだよねぇ……」



 シンディは全くもって遺憾と言う顔で、舌打ちをした。



 「皆様、お待ちください」



 セシル達の所に向かおうとする、ベティーナ達。それを遮る様に、葉月が間に入る。



 「ちょっと。どいてくれない?」

 「あの娘らは、あちし達の妹みたいなもんなんだよ」

 「傷もんにされるのを、黙って見てる訳にはいかないのさ」



 口々に言って、葉月に迫る面々。そこに、別な声が割って入る。



 「やめておきなよ」



 皆が振り返る。

 煌夜(こうや)だった。



 「あんなのでも、荒事に関しては一級品だ。君らが束になった所で、話にもならない」

 「だから何さ!?」

 「そういう問題じゃないのよ」

 「そう。そういう問題じゃない」



 煌夜の放った言葉に、皆がキョトンとする。

 その時、



 「魅鴉。止まれ」



 誰のものか分からない、凛とした声が響いた。

 途端――



 「うぎっ!?」



 好き勝手やっていた魅鴉が、変な声を上げた。

 見ると、セシル達に絡みついていた筈の魅鴉が、珍妙な格好で固まっている。



 「ちょ……何すんのよ……唱未……」



 その言葉に、皆が一斉に唱未を見る。

 注目の中、唱未は黙ったまま両手をパタパタと動かす。



 「え?」

 「なになに?」

 「手話でございます」



 戸惑う皆に、葉月が説明する。



 「唱未さまはその能力故、みだりに言葉を発せません。故に、普段は手話や筆談によって会話を行っております」




 唱未は頷いて、手を動かし続ける。



 「ちなみに、今は『ごめんなさい。ちょっと、悪ふざけが過ぎてしまって』と申しております」

 「は……はぁ……」

 「さいですか……」



 話について行きかねる皆。そこに、苦しげな声が怨嗟の様に響く。



 「と……唱未ぃ……せっかくぅ、いいとこ……だったのに……ぃ……邪魔……しないでよぉ……」



 パタパタパタ



 動く手。



 「『やかましい』、と申しております」



 通訳する葉月。そして、



 『魅鴉、吹っ飛べ』



 唱未が、冷酷に言った。



 「げ」



 引きつる魅鴉の顔。途端――



 バヒューン



 「うきゃあぁああああああああああ――――っ!!」



 猛烈な勢いで吹っ飛ぶ、魅鴉の身体。そのまま噴水の縁にぶち当たり、跳ね上がって水の中へと落下した。



 ドッパーン



 高々と上がる水柱。その様を、セシル達は呆然と見つめた。





                                     続く

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