終夜の話・肆
コツ……コツ……コツ……
薄暗い通路に、あたし達の足音が響く。
とても長い、真っ直ぐな通路。
仄明るい燭台だけが、照らし出す空間。
ハヅキも、サヤも、コウヤも。誰も何も言わない・
ただ、足音が、呼吸が、鼓動が、酷く大きく耳に障る。
まるで、あたし達の緊張を表す様に。
隣りを歩くシェミーが、ギュッと手を握ってくる。その手が、冷たく湿っているのを感じて、あたしもギュッと握り返した。
と、
「!」
と、先頭を歩いていたハヅキが、唐突に足を止めた。
「きゃっ!?」
「んみゃ!!」
「べふっ!!
「ふぎゃっ!!」
「うわ!!」
「きゃう!!」
例の如く、順繰りに前を歩く面子にぶつかるあたし達。さっきといい、何で何の前触れもなく止まるのだ。この娘は。
ブツブツ言いながら前を見ると、通路の向こうからこっちに向かって歩いてくる人影が見えた。
燭台の放つ薄明かりの中、現れたのは、一人の男の子だった。
高い背。染めているのか、オレンジ色の後ろ髪に、真っ赤な前髪。丈の長い、半分だけのコートを半身に羽織っている。背中には、何やら大きな荷物を背負っている。身体のあちこちには、ジャラジャラした銀のアクセサリーを付けている。
なんて言うか、随分とロックな格好している。
「おや、いい男」
彼の顔を見たアビーが、ヒューと口笛を鳴らした。
確かに、顔は整っているけど、その眼差しは鋭い。なんて言うか、相手をしたら壊されそうな気がする。
あたしは、ごめんだな。
そんな事を考えていると、彼と対峙したハヅキがスカートの端を持って、優雅にお辞儀をした。
「ごきげんよう。訃月さま。お出かけでございますか?」
「ああ、ちょっくら出てくらぁ」
それを聞いたサヤが言った。例の、子意地の悪い笑みを浮かべながら。
「こんな時間にかい?顕界はもう、真夜中だよ?」
「関係ねぇよ。俺の勝手だ」
「ふふふ。よほど彼女の事が気になる様だね」
ピクリ
その言葉に、フヅキと呼ばれた彼の米神が微かにヒクつくのが分かった。
キツかった目つきが、さらに険しさを増す。
「悪いかよ?」
その反応を楽しむ様に、サヤが更に突っ込む。
「ご執心だね。彼女をつなぎ止められなかったのが、そんなに心残りかな?全ては自身の未熟のせいだろうに」
「んだと!?」
サヤの執拗な軽口に、とうとうトサカに来たのか、フヅキが身を乗り出した。
あたしがウワァ、ヤバイ!!と思った瞬間、
ザッ
ハヅキとコウヤが、フヅキとサヤの間に割って入った。
「訃月さま。今はお客様がおいでです。お控え願えますか?」
「訃月、姉さんには僕から言っておくから、ここは引いてくれないかな?彼女達が巻き込まれたら、流石に僕も黙ってはいられない」
その言葉に、フヅキがあたし達の方を見た。
彼の視線が、あたしとシェミーを捉える。あたしにしがみついて震えるシェミー。それを見た途端、彼の怒気が急激に萎えていくのが分かった。
「……分かったよ……」
そう言うと、彼は素直に身を引いた。
「ありがとうございます。訃月さま」
「ありがとう」
ハヅキとコウヤが、そろって頭を下げる。そんな彼女達から顔を背ける様に踵を返すと、フヅキはまた歩き出す。
「何だい?君、何か抱えてるのかい?」
横を通る彼に、アビーが声をかける。立ち止まって、アビーを見る彼。
伊達に男相手の商売をしてきた訳じゃない。男の、そう言う感情を見抜く術は、皆心得ている。例えその男が馴染みでも、行ずりの男でも。
「大丈夫かな?なんなら、あちしが慰めてあげようか?」
語りかけるアビーにも、茶化したりやましい思いはない。心から、フヅキと言う男性の事を案じている。
その事が、通じたのだろう。
険しかったフヅキの顔が、微かに笑んだ。
「ありがとよ。そのうち、頼むぜ」
そう言って、アビーの赤髪をピンと弾くと、今度はその視線をあたしとシェミーに向けた。
彼が、あたしに問う。
「なあ、あんた……」
「な、何……?」
「そいつ、ずっとくっついてるけどよ……」
どうやら、シェミーの事を言っているらしい。
彼女が、身を固くするのが分かった。
シェミーを後ろに隠すあたし。それを見たフヅキが、フッと笑った。
「そんな警戒しなくていいぜ。何もしやしねーからよ」
その笑顔が、妙に優しい。
「さっき見た時から、そうじゃねーかとは思ったけど、やっぱりそうか」
「そうかって、何が?」
「そう言う仲なんだな。あんた達……」
「へ……?」
その言葉の意味を理解した途端、ボッと顔に血が上る。見れば、シェミーも同じ顔をしている。
「え、いや、あたし達は、別に、その……いや、違うって訳、でも……」
「くはは」
あたし達の様に、フヅキは声を上げて笑う。
「そんなにテンパるなよ。別に、悪ぃ事じゃねーだろ?」
「あ、え……そ、そう?」
「ああ」
そして、彼は言う。
「お互い、大事にしろよ。ただ……」
「?」
「道は、間違えんじゃねーぞ」
「は……?」
ポカンとするあたし達にもう一度微笑むと、フヅキはまた出口に向かって歩き出す。
と、
「訃月」
その背中に、サヤが再び声をかけた。
「楽ではないよ。鬼道に堕ちた者を引き戻すのは」
答えはない。フヅキはそのまま、歩き続ける。
最後に、サヤが一言。
「それでも届いたなら、いつでも連れくるがいいさ。鬼界を宿す娘と言うのも、興味深いからね」
言ってる事の意味は分からない。
だけど、その言葉に応える様にフヅキはちょっとだけ左手を上げた。そして、その姿は薄闇の向こうに消えていく。
「同好の士なのかね?彼は」
その背を見送りながら、シンディがポソリと言った。
続く