表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月下奇譚  作者: 土斑猫
終夜の話
54/59

終夜の話・参

 それは、とても奇妙な建物だった。


 とても大きいのは、分かる。だけど、形が分からない。あまりにも大きくて、視界の端々が闇の向こうに消えている。遠くから見た時には、輪郭が見えるくらいの大きさだった筈なのに。本当に、奇妙な建物だった。





 煉瓦造りらしい黒塗りの壁に、取って付けた様な扉が一つ。右脇には燭台が一台ついていて、ボンヤリとした灯りを灯していた。

 と、先頭を歩いていたハヅキがピタリとその足を止めた。



 「ブベッ!?」



 建物の威容に気を取られていたあたしは、前を歩いていたアビーの背中に思いっきりぶつかって変な声を上げてしまった。



 「あれ?だいじょぶかい?」

 「ら……らひひょうふ……」



 気遣うアビーにそう答えると、あたしは赤くなった鼻をさする。



 「もう!!何なのよ!?急に止まらないで……」



 先頭のハヅキに文句を言おうと列の前を見ると、扉の前に誰かがしゃがみこんでいるのが見えた。


 ……女の子だった。青みがかった黒髪で、東洋風の着物を着た女の子。そんな娘が、何か大きな棒状のものを抱えて座り込んでいる。それが、とても大きな剣だと気づいて、少しドキリとした。


 一瞬、行き倒れかとも思ったけれど、どうも様子がおかしい。


 耳を澄ますと……



 クゥ~…… クゥ~……



 聞こえてくるのは、小さな寝息。どうやら眠っているらしい。

 そんな彼女に、ハヅキが声をかける。



 「流凪(るな)さま。流凪さま~」



 ”ルナ”と言うのが、女の子の名前らしい。熟睡しているのだろうか。声をかけられても、なかなか目を覚まさない。



 「流凪さま、お役目の途中で居眠りしてると、また炎凪(えな)さまに怒られますよ~」



 ハヅキがペチペチと頬を叩くけど、やっぱり起きない。相当、寝穢(いぎたな)いタチらしい。と、

 ハヅキの後ろにいたサヤが、ツツ、と前に出た。ゴソゴソと、懐をまさぐって取り出したのは、小さな瓶。中には、ルビー色に光る液体が満ちている。


 ……何か、すごく嫌な予感がした。



 「葉月(はづき)、下がっておいで」

 「はい。叉夜(さや)さま」



 そう言って、下がるハヅキ。

 くっついて、あたし達も下がる。



 キュッ



 蓋を外す音。そして――



 ポタリ



 瓶から滴る液が、ルナと呼ばれた女の子の鼻先に落ちた。

 途端――



 ボウン!!



 「ぶわっ!!」

 「ちょ、何これ!!きっついー!!」



 真っ赤な煙が上がり、強烈な刺激臭が漂う。鼻に痛い。目に痛い。ついでに、喉にも痛い。(から)い!!って言うか、(つら)い!!


 何だか分からないけど、こんなものを鼻先で炸裂させるなんて、明確な殺意を感じる。


 あの娘、無事なのだろうか……。

 そんな事を考えていると――



 「ゲホゲホ。ああ~、ビックリした~」



 赤い煙の中から聞こえる、妙に間延びした声。煙をはらいながら出てきたのは、件の女の子。目がショボショボしているのは、薬のせいか眠気のせいか。何か、後者っぽい。



 「あ~、さやりんとこうくんだ~。おっは~」



 そんな調子で手を上げる彼女を見て、コウヤが呆れた声で言う。



 「全く、相変わらずだね。流凪。門番の役くらい、真面目にやったらどうだい?」

 「だって~。どうせ~、招かれた人しか来ないんだし~。黒眚(しい)くん達もいるんだし~。別にいいじゃん~」

 「まあ、その鷹揚(おうよう)な性格が、君の良い所ではあるけどね」

 「おぉ~、流石はこうくん~。分かってる~」

 「煌夜(こうや)さま。あまり甘やかされても困ります」



 咳込んで涙を流すあたし達を他所に、連中は平然と会話を続ける。

 やっぱりこいつら、人間じゃない。

 カヤカヤと言い合う彼らを見ながら、あたしはそう思いを新たにした。





 「へぇ~。それじゃ~、君達、新しいお手伝いさんなんだ~」



 相変わらずの間延びした声で言いながら、ルナがニコリと笑う。

 って言うか、何だ?”お手伝いさん”て。

 あたし達が怪訝そうな顔をしていると、ルナが小首を傾げた。



 「あり~?ひょっとして~、まだ、お話聞いてないかな~?」



 お話も何も、あたしらここがどこかも教えられてないんだけど。



 「ご心配なく。その事については、おいおい説明いたしますので」



 あたし達の心を読んだ様に、ハヅキが言う。



 「まあ~、とにかく新人さんって事だね~。ボク、『白南風 流凪(しろはえ るな)』って言うんだ~。これから~、よろしくね~」



 そんな言葉と共に、ルナが手を差し出す。戸惑っていると、ベティーナがあたし達を代表する様に前に出た。

 ルナが差し出した手を、ベティーナが握る。



 「お話はまだよく分からないけれど、どうやら貴女達が私達の新しい雇い主である事は、間違いない様ですね」



 そして、彼女はルナという女の子と契りの握手を交わした。



 「アハハ~。汗かいてる~」



 ルナが笑った。言われて見れば、ベティーナの顔は蒼白で、身体も微かに震えている。


 そう。彼女も怖いのだ。

 得体の知れない場所。得体の知れない建物。そして、得体の知れない雇い主達。怖くて、当然だ。

 これからのあたし達がどうなるのか、誰も分かりはしないのだから。


 すると――



 「大丈夫だよ~」



 微笑みを浮かべながら、ルナが言った。



 「ちょっと性格悪いけど~、さやりんは優しいからね~。悪い様には、ならないから~」

 


 澄んだ水が、流れる様な声。それが、不安に揺れるあたし達の心を、少しだけ凪いだ。



 「挨拶は、済んだかい?そろそろ、戸を開けておくれ」



 サヤが言うと、ルナが「はいはい~」と頷いてドアに向かう。



 「ほれ、開けゴマ~」



 そんな言葉と共に、ルナが持っていた剣でコンコンとドアを小突いた。

 すると――



 キィ……



 か細い泣き声を上げて、開くドア。ヒヤリとした空気が流れ出て、あたし達の肌を冷たく拭った。


 ドアの向こうには、通路が伸びていた。長い、長い廊下。壁に並ぶ燭台の灯りだけが照らすそこに、ハヅキが踏み入る。



 「どうぞ。おいでください」



 正直、とても怖かった。でも、他に道はない。先に入ったサヤ達の後を追って、あたし達も次々と中へと入った。そして、しんがりのカリーナが敷居を越えると、



 「ようこそ。『術渡の宇(すべわたりのそら)』へ」



 その声に振り向くと、ルナがニコニコと笑っていた。そして、



 キィ



 また、一声。か細く泣いて、ドアは閉まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ