終夜の話・弐
「う……ん……」
あたしの腕の中で、シェミーが身動ぎする。閉ざされていた眼差しが、ゆっくりと開く。琥珀色の瞳。あたしの、好きな瞳。それが、しっかりとあたしを映した。
「……セシル……?」
「シェミー!!ああ、良かった!!目が覚めたのね!?」
思わず抱きつくあたし。優しく抱き返しながら、戸惑った声でシェミーが問う。
「……何?ここは、何処……?」
「さあ。全然、分からないよ」
先に目を覚ましていたシンディが、言う。
「まぁ、何てゆーか、この世って感じじゃないねぇ」
「何かね?揃いも揃って、魔女に攫われたって訳かね?あちし達ぁ」
カリーナとアビーも口々に言う。
「魔女に……攫われた……?」
「あ~、うん。そこんトコ、ちょっと説明するから」
怪訝そうな顔をするシェミーに、あたしは頭を掻きながらそう答えた。
あたしは、全部を話した。
サヤやコウヤの事から、自分の病気の事まで。
シェミーは黙って聞いていたけど、話が終わるとその瞳であたしをじっと見た。
「……そう言う事なの……」
「うん。黙っていてごめんね」
「ううん。でも……」
「でも……・?」
「病気の事だけは、話して欲しかったかな……」
「シェミー……」
何だかとっても愛しくなって、あたしは彼女を力いっぱい抱き締めた。
……隣でシンディが「尊いなー」とか「シコいなー」とか言っていたけど、取り敢えず無視した。
「それで、わたし達はこれからどうなるんですか?」
皆の気持ちを代弁する様に、ベティーナがサヤに訊いた。こんな事態に置かれても、皆の事を思う。その態度に、「流石だな」と感嘆する。
「動じてないね。豪気な事だ」
サヤもそう思ったらしい。ケラケラと笑う。嬉しそうに。楽しそうに。
「まあ、どうせ宿にいたって先は知れてたし……」
「大した差はないよねぇ。ここが地獄だとしてもさ」
皆も口々にそんな事を言う。
「本当に図太いね。まあ、怯えたり泣かれたりするよりはズッといいけど」
半ば呆れた様な様子で、コウヤが後ろを指差した。
「迎えが来たよ。その事については、道中で話す」
言われて見てみると、薄闇の中に一つの灯りが浮いていた。
いつの間に来たのだろう。そこには女の子が一人、ランタンを持って立っていた。
年格好はあたしやシェミーと同じくらい。肩口で切り揃えた亜麻色の髪をホワイトブリムで飾って、身体にはスカート丈の長いエプロンドレスを着込んでいる。
所謂、ヴィクトリアンメイドの格好だ。
シンディが、「ほほぅ」と呟くのが聞こえた。趣味なのかもしれない。
「叉夜様、煌夜様、お迎えにあがりました」
「ああ、ご苦労だね。葉月」
「久しぶり」
ハヅキと呼ばれたメイドは、サヤ達に優雅な仕草でお辞儀する。
可愛い顔つきだけど、表情の薄い顔がランタンの光に浮いて、少し怖い。
下げていた頭を上げると、彼女はその瞳をあたし達に向けた。
「お客様は、お揃いですか?」
「ああ、これで全員だよ。宇までの案内、よろしく頼む」
「畏まりました。皆様、どうぞ、わたくしの後に……」
そう言うと、ハヅキはクルリと背を向けて歩き出した。
「何してるんだい?行くよ」
コウヤが、呆気に取られていたあたし達を促す。
「急ぐ必要はないけど、あのランタンの光は見失わない方がいい。ここは次元の狭間の世界だ。はぐれると、永遠に彷徨う事になる」
非常に嫌な話を聞いてしまった。こんな所で、一生彷徨うなんて冗談じゃない。急ぐ必要はないと言われたけれど、あたし達は慌てて彼女達の後を追った。
薄闇の中、スタスタと歩いていくサヤ達。その後を、ランタンの光を頼りにあたし達は一固まりになって歩いていく。
暗いとは言っても、空には月が浮いている。ランタンの光もある。目も、慣れてきた。周囲の様子は、確認出来る。
どうやら、周りは森になっているらしい。鬱蒼と茂った木々の輪郭が、ボンヤリと見える。
その中に作られた、細いレンガ敷きの道。それを、あたし達は進んでいるのだ。茂みの向こうは、月の光もランタンの灯りも通らない真の闇。確かに、はぐれたら二度と帰る事は出来ないだろう。
そして、それが出来ないであろう理由はもう一つ。
森の中には、何かがいた。
人か、獣かも分からない。ただ、何かがいる。それも、一匹じゃない。何匹も。何匹も。息遣いや、匂いを感じる訳じゃない。だけど、気配がする。あたし達の後をついて来る、沢山の気配。もし飲まれれば、もう戻ってこれない。そんな気がした。
「『黒眚』でございます」
あたし達の不安を読んだ様に、ハヅキが言う。
「『シイ』?」
「はい」
呟く様に問うシェミー。それに、ハヅキは囁く様な声で応える。
「風に乗り、群れなして人畜を襲う妖魅でございます。番犬替わりに飼っておりますが、この道中にいる限りは襲ってきませんので、ご安心を」
要するに、道を外れたら襲われると言う事だ。
皆の間に、緊張が走るのが分かる。
ギュッ
隣りを歩いていたシェミーが、あたしの腕にしがみついてくる。
「……怖い?」
「うん……。でも……」
少し青ざめた顔で、だけどニコリと笑う。
「セシルが一緒だから、大丈夫」
「……バカね」
少し顔が熱くなるのを、そう言って誤魔化した。
と、
「………?」
視線を感じて前を向くと、ハヅキが少し顔を傾けてこっちを見ていた。
その顔が、うっすらと笑みを浮かべている様に見えたのは気のせいだろうか。
どれほど歩いただろう。いつしか、あたし達の前には大きな建物が見え始めていた。
「お疲れ様でした。もうじきでございます」
今度はしっかりと振り返ったハヅキが、静かな声でそう言った。