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月下奇譚  作者: 土斑猫
六夜の話
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六夜の話・捌

 「さあ、ジッとしておいで」



 妖しい笑みを浮かべながら、魔女が迫る。

 その手には、透明な筒の様な器具が一本。先端から伸びた管の先には、細くて鋭い針がついている。



 「や……やだ……!やめて……!」

 「何。大した事はない。十数える間に終わる」



 震えるあたしの腕を、優し~く撫でさすりながら、彼女は言う。その様は、酷く楽しそうだ。



 「おっと、”ここ”だな」

 「ちょ、ちょっと待って!!」

 「待たない」

 「いや、だから駄目だって!!お願い!!お慈悲を!!」

 「うるさいな。少し黙っていておくれ」



 パチンッ



 彼女が、指を鳴らした途端――



 「モガッ!?」



 顔の周りに浮かぶ、朱い光。それがあたしの口を塞ぐ。



 「もが!!もがが!!」

 「よしよし。そのまま大人しくしていておくれ」



 そして――



 プスリ



 冷たく光る針が、あたしの腕へと潜り込んだ。





 「……何してるんだい?姉さん」



 いつの間にか帰って来た彼が、窓辺に立ちながらそんな事を訊いてきた。



 「おや、お帰り。煌夜(こうや)

 「ああ。ただいま」



 朗らかに会話を交わす彼女達。

 いや!!それどころじゃないから!!そんな、呑気な状況じゃないから!!



 「もが!!もがが!!もががががっ!!」



 ジタバタするあたしに気づいたのか、彼がこっちを見た。

 そして、嫌なものでも見る様に視線を逸らす。


 おい!!こら!!何だ、その態度は!!誰のせいで、こんな事になってると思ってんだ!!姉だぞ!!お前の姉のせいだぞ!!


 そう。今のあたしの格好は何と言うか、言い様のない有様だった。足。身体。腕。そして、ついでに口。その全部が、クルクル回る光の円に拘束されている。


 これ、何だっけ。何か昔、シェミーに本で見せられた様な気がする。ええと、なんて言ったかな?そうそう、思い出した。魔法陣だ。魔法陣。……でも、こんな使い方をするもんだったか?これ。


 そう疑問に思うあたしの腕には管がつながれて、チュヒ~と血が抜かれている。


 ホントに何なんだ。この状況。



 「……で、何してるんだい?」



 流石にほっとくのも気が引けたのだろう。彼が、もう一度訊いてきた。



 「いや。実は血清診断をしたかったんだがね。どうにも採血を嫌がるので、ちょっと保定させてもらったのさ。」

 「血清診断?何か病の気でもあったのかい?」

 「ああ、可能性がある様だ。ほぼ確定だが、最後の確認がしたくてね。うむ、これくらいでいいか」



 注射器を満たす、あたしの血。その量を確かめると、彼女はあたしの腕から針を抜く。その後から、ジワリと浮いてくる赤い雫。それを濡れた綿で拭き取ると、彼女は傷跡を塞ぐ様にペタリとシールの様なものを貼った。



 「終わりだよ。どうだい?痛くはなかっただろう?」



 言いながら、また指をパチンと一鳴らし。



 パキンッ



 響く、皿が割れる様な音。身体を拘束していた魔法陣が、光の塵となって散った。



 「プハッ!!」



 大きく息を吐いて、ベッドに倒れ込むあたし。それを見た彼女が、呆れた顔をする。



 「オーバーな娘だな。たかだか数分拘束されただけだと言うのに、そこまでへたばる事もないだろう」

 「あ……あんたねぇ……」



 怒りにワナワナと震える。そんなあたしの思いを代弁する様に、彼がため息つきつき言った。



 「姉さん。何だかんだ言っても、魔法は人智外の代物だ。そんなもので拘束されちゃあ、ストレスが溜まるのは仕方のない事だと思うけどね」



 そんな軽いもんじゃない様な気がするけど、まあ、大体そんな感じ。なかなか、理解がある。彼への好感度が、少しだけ上がった。


 けれど、肝心の彼女の方はいけしゃあしゃあとこんな事を言う。



 「なに。これから、しばらくの付き合いさ。その間に、慣れもしようさ」


 

 ……何か、嫌な言葉を聞いた気がする。


 戦慄く心臓を抑えて、訊いてみる。



 「え……?しばらくって……あんた達、今日で帰るんじゃ……」

 「何を言っている。あれだけの金貨が、一晩だけの対価な筈ないだろう」

 「そういう事さ。しばらく厄介になるよ。よろしく」

 「………!!」



 強い目眩が襲って、あたしは再びベッドに倒れ伏した。





 眠りとは程遠い夜が明けて、あたしはフラフラと部屋の外に出た。


 食堂に向かうと、そこではアビーとベティーナが朝食の用意をしていた。今朝の係は彼女達。用意はまだ途中の様だけど、そんな細かい事気にする仲じゃない。構わず彼女達に声がける。



 「おはよ~」

 「あら。おはよう、セシル。随分早いわね」

 「う~ん。ちょっとね~」

 「むむ?何かフラフラしてるな。はは~ん。さては、昨夜よっぽど激しかったんだな?どれどれ。お姉さんに詳しく教えなさい」



 そんな事を言って、ニヤケ顔を向けてくるアビー。相変わらずの好色っぷり。この娘に関しては、ここの仕事は天職なんじゃないだろうか?とりあえず、彼女を無視してベティーナに頼む。



 「ベティーナ。忙しい所悪いけど、朝食三人分ちょうだい」

 「三人分?」



 それを聞いたベティーナが、不思議そうな顔をした。

 しまった!!と思ったけれど、もう遅い。案の定、怪訝そうな調子で問われた。



 「どうして?お客は一人でしょう?」

 「え、え~と……。それは……」



 いっそ洗いざらいぶちまけて助けを乞おうとも思ったけど、部屋の出がけに彼女が言った言葉が頭を過ぎる。



 (ああ、そうそう。私の事はくれぐれも他言しないでおくれ。知られると、色々面倒だからね。もし、この言葉を無視したら頭の中身をひっくり返すから、そのつもりで)


 頭の中身をひっくり返す……。言葉の意味はよく分からないけれど、何か響きだけで恐ろしい。彼の方は「冗談だよ」と言っていたけれど、いやいや。あの目は本気の目だ。とにかく、相手は魔女。下手な抵抗はしないのが吉だろう。


 とりあえず、何かしら言い訳を考えなければ。



 「あ、ああ。あのね、あたしが二人分食べるの!!ちょっと疲れちゃって!エネルギー補給したいな~、とか……」



 それを聞いたアビー。当然の様に目を輝かせる。



 「おお!!やはり、かなりの激戦だったのだな!?ふむふむ。そこんとこ、もっと詳しく……」



 猛烈な勢いで詰め寄ってくるアビーにタジタジしていると、間にベティーナが割って入ってきた。



 「そんなに大変だったの?大丈夫?どこか、痛めたりしていない?」



 心配そうに問いかけてくる、ベティーナ。流石は最年長。敬称、「みんなのお母さん」。何処かの色ボケとはものが違う。


 それでも、本当の事を言う事は出来ない。適当に誤魔化しておく。



 「だ、大丈夫。ちゃんと食べて、少し休めば元気になるわ」

 「そう?どうしても大変だったら、ちゃんと言うのよ?エイブラムに頼んで、誰かに代わってもらうから」

 「うん。ありがとう……」

 「そん時は、是非あちしが……」



 ノリノリのアビーを無視すると、あたしはよそってもらった食事を手に食堂を出た。





 部屋に戻る途中、あたしはふと二階に続く階段を見上げた。この視線の先には、あの娘の部屋がある。

 シェミー。


 あの娘はまだ、眠っているのだろうか。思い浮かべる寝顔。それと共に、想起するのは昨夜の事。


 告げられた、あの娘の想い。

 身を呈してあたしを守ろうとしてくれた時の、その言葉。



 (ありがとう。セシル。こんなわたしの人生に、光をくれて)



 胸が、痛む。


 出来る事なら、その想いに答えたい。けれど、それを成すにはあたしはあまりにも無力だ。


 自由のないこの身では、その心を抱きしめる事は出来ない。


 富のないこの身では、その身体を癒す事も出来ない。


 ふと、考える。


 こんな身での出会いでなければ、あたし達には違った道もあったのだろうか。

 それとも、こんな身でなければ出会う事すらもなかったのだろうか。


 あたしには、分からない。

 分かる筈もない。


 彼女を蝕む病。

 せめて、それだけでも取り除けたら。


 切に、思う。

 けれど、それだけ。


 どれだけ想おうと。

 どれだけ願おうと。


 あたしに出来る事は、何もない。



 カチャリ



 「!」



 階段の上で、微かに扉が開く音がする。

 それから逃げる様に、あたしは小走りで部屋に向かった。





 ガチャリ



 「やあ。おかえり」



 部屋の戸を開けると、彼女が何やらニヤニヤしながらこっちを見てきた。

 何が可笑しいのかも知れないけれど、どうせロクな事じゃない。無視して、手にした皿をを突き出す。



 「ほら、朝ごはん」

 「ああ、ありがとう」



 ベッドに腰掛けていた彼が立ち上がり、あたしから皿を受け取る。その時に、彼が言った。



 「姉さんが、話があるそうだよ。気をしっかり持って聞きな」

 「話?」


 あたしが視線を向けると、目の前に赤いものが入った小瓶が突きつけられた。見覚えがある。さっき、あたしから抜いた血。それを入れた小瓶だ。



 「おめでとう」



 小瓶をチラつかせながら、彼女が言う。その顔には、相変わらずニヤニヤ笑いが張り付いたままだ。



 「お、おめでとうって……何がよ?」

 「検査結果が出たよ」

 「え……?」

 「血清診断の結果、君の血液が陽性を示した」

 「???」



 何の事だか分からない。戸惑うあたしに彼女は言った。酷く、楽しそうに。



 「めでたく、証明されたよ。君が、かの病(・・・)に罹っている事がね」

 「!!」



 再び襲う、目眩。



 『――ハールシンギを見た者は、不幸になるんだ――』



 そんなアドレーの言葉が、頭の中で大きく響いた。

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