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月下奇譚  作者: 土斑猫
六夜の話
43/59

六夜の話・漆

 ダンッ 

 


 唐突に、彼の足が床を叩いた。

 途端、



 ボフッ



 気の抜けた音を立てて、部屋を包んでいた炎が消えた。



 「ほへ?」



 間の抜けた声を上げて、ポカンとするあたし。その横で、彼が大きな溜息をついた。



 「全く。姉さん、その気に入った相手をからかう癖はやめてくれと言ってるだろう」



 そう言って、彼はヘタリ込んでいるあたしを見下ろす。



 「度々すまない。姉さんの悪癖なんだ。今の術だって、ただの清掃の魔法なのに……」



 清掃の魔法?


 言われて見回してみると、確かに。さっきまで廃屋の中みたいだった部屋が、塵一つないピカピカの状態になっていた。あの炎、どうやらゴミや蜘蛛の巣だけ燃やしたらしい。


 随分、便利だな。オイ。



 「あはは。そう言う事だ。まあ、悪く思わないでおくれ」



 そう言って笑う彼女。悪く思うな?ははは。これで平常心保ってられたら、あたしはキリストだ。

 立ち上がって思いっきり頬を張り飛ばしてやろうと思ったけど、それを察したらしい彼に止められた。



 「やめておきなよ。姉さんが魔女って言うのは本当だ。下手な事すると、今度こそ燃やされるぞ」



 憤りは、一瞬で収まった。





 「はあ、結局なんなのよ。あんた達は……」



 怒りとともに、恐怖もどっかに飛んでった。その代わり、どっと疲れた。すっかり綺麗になったベッドに腰かけながら、溜息つきつき、そんな事を訊いてみた。



 「さっきからのやり取りで、大体分かるとは思うけどね。まあ、君達とはちょっと違った世界に生きてる」



 確かに、それは十分に承知してる。だけど、あたしが知りたいのは上っ面の話じゃない。一体、彼らが何をしようとしているのか。それを知りたかった。



 「そんなのは分かってるわよ。あたしが訊きたいのは……」

 「やめておきな」



 あたしの問いは、まるで先読みをする様に拒まれた。



 「何?あたしはまだ何も……」

 「分かるさ。僕達が、ここで何をしようとしているか、だろ?」

 「ん……」



 言葉に詰まるあたしに、彼は淡々と言う。



 「ここで僕らが携わる事は、文字通りこの世に関する事じゃないからね。(うつつ)の住人である君が知って良い事はない」

 「でも……」

 「ハールシンギの件で懲りただろう?知れば、災いに巻き込まれるかもしれない」

 「!!」



 ”ハールシンギ”。


 その言葉に、ゾクリと背筋が凍る。

 それだけで、あたしは理解した。

 彼は暗に言っているのだ。

 ”自分達は、あの怪異と同じ存在”なのだと。



 「心配しなくていいよ。深入りさえしなければ、君達に害は及ばないから」



 そう言う彼に、あたしはただ沈黙するしかなかった。





 それから、しばらくの時間が経った。

 あたしときたら、あれっきり放って置かれている。

 あのやり取りの後、彼は言っていた。



 「部屋の外に出さえしなければ、何をしててもいいよ。僕達も、別に何かを要求したりはしないから」



 で、その言葉の通り、あたしは完全に放置プレイだ。


 彼は窓から外を見たまま、あたしには指一本触れない。例の魔女の方も、当然と言うか何もしてこない。ランタンの光で、黙々と本など読んでいる。


 この状態、楽と言えば楽なのだが、どうにも退屈に過ぎる。


 慣れと言うのは恐ろしいもので、件の二人に対する恐怖はすっかり鳴りを潜めていた。って言うかこの二人、何もしなければどうという事もない。と言うか、むしろ目麗しい。


 彼の方は女性と見間違うくらいの美形だし、魔女の方ときたら白銀の髪と朱い目が相まって幻想的な程に美しい。


 あたしの持ってるイメージじゃ、魔女と言ったらもっと醜悪なものだったんだけど。


 さっきの金貨の山といい、彼らは色んなものに恵まれているのだろう。


 その存在を薄ら寒く思う反面、羨ましいとも思う。


 あたしも、人間に生まれなければ、こんな生き方があったのだろうか。


 柔らかいベッドに身を埋めて、ウトウトとそんな事を考える。



 ――と、



 ジャン……



 何処か遠くで、音が聞こえた。



 ビクリ



 思わず、身を起こす。



 「大丈夫だよ」



 囁く様な、声が聞こえた。



 「随分と遠くの方だ。こっちから行かない限り、出会いやしない」



 ジャン……ジャン……ジャン……



 そうは言われても、気になるものは仕方ない。いてもたってもいられず、ベッドの上で枕をギュッと抱きしめる。



 「……まるで、子供みたいだね」



 彼が振り向いて、そう言った。東洋系らしいその黒い瞳は、とても美しい。



 「さて、姉さん。可愛いお嬢さんが怯えているから、そろそろ行く事にするよ」

 「ああ。せいぜい気をつけておいで」



 その会話を聞いて、あたしは思わず顔を上げる。



 「え……?ど、何処かに行くの?」

 「ああ。ちょっと仕事にね」



 あたしの問いにそう答えると、彼はガチャリと窓を開けた。



 ビョウ……



 吹き込んでくる、煤臭い夜風。それが、彼の長い髪を蛇の様になびかせる。



 「仕事……?こんな時間に?」



 外を見る。


 夜は更けていて、遠くに見える街の明かりはすっかり消えている。スモッグで覆われた空には、月も星も浮かばない。正真正銘の、真っ暗だ。


 それに……



 ジャン……ジャン……ジャン……



 遠い闇の向こうでは、まだあの音が聞こえている。

 いるのだ。

 まだ、アレが。

 彼は、怖くはないのだろうか。闇が。そしてアレが。



 「怖くはないよ。そういう仕事を、してるからね」



 あたしの思考を読んだ様にそんな事を言う彼は、いつの間にか窓の外に立っていた。



 「じゃあ、行ってくる。朝までには戻るから」

 「ちょっと……」

 「君は、姉さんの相手をしていておくれ。すぐに、退屈する(ひと)だから」



 そう言い残すと、彼の姿は夜闇に溶ける様に消えていった。


 後に残されるのは、あたしと彼女の二人きり。


 こんな得体の知れない人物と二人にされて、一体どうしろというのだろう。


 途方に暮れるあたしの横で、パタンと本を閉じる音がした。

 思わず振り向くと、そこでは本をテーブルに置いた魔女がニヤニヤと笑いながらあたしを見ていた。



 「な……何よ……?」

 「いやね。ようやく、二人きりになれたと思ってね」

 「……へ……?」



 訝しむあたしに向かって、魔女はサラッとそんな事を言う。

 その言葉に、軽くテンパるあたし。

 何だ、それ!?どういう意味だ!?

 うろたえるあたしの前で、彼女がスルリと立ち上がった。綺麗な白い髪が、サラサラと流れて落ちる。



 「私の弟は、堅物でね」



 カツリ



 一歩、近づいて来る。



 「一緒にいると、なかなか好きな事をさせてくれないんだ」



 カツリ



 また一歩。ルビーの様に朱い瞳が、ハッキリとあたしを映している。



 「な、何?何なの……?」



 カツリ カツリ



 「先刻見たときからね。君には興味があったのさね」



 カツリ カツリ カツリ



 「え?え?え?」



 混乱するあたしを見下ろして、彼女はその綺麗な顔を楽しそうに歪ませる。



 「そう。特に、その身体にね」



 その言葉に、仰天した。


 え?何?この人も”そっち”の人?そう言う事?そういう事ですか!?いやいや、ちょっと待って。あたしにはシェミーと言う(ひと)が……。いや、あの娘とそういう関係を結んだって訳じゃないけれど。


 テンパる間に、彼女はもう目の前に来ていた。



 ギシ……



 彼女が、ベッドに這い上がる。



 「さあ。大人しくしておいで。何、すぐに済む」



 闇色のマントから、するりと伸びてくる手。細くて抜ける様に白い、人形の様な手だ。それが、ツとあたしのスカートの中に潜り込んできた。



 「ヒ……」

 「怖いのなら、想い人の事でも考えておいで」

 「―――っ!!」



 氷の様に、冷たい感触。それを、心地良いと思ってしまったのは、罪だろうか。



 「いい娘だ……」



 耳朶にあたる、甘い息。思わず、目をつぶる。

 ああ、ゴメン!!シェミー!!あたしは、貴女の前に……

 あたしは、心の中で懺悔した。けれど、


 スカートの中を弄る手は、一向にあたしが思う様な淫行には至らなかった。


 確かにあたしの秘部の辺りを探ってはいるけれど、いやらしい愛撫じゃない。まるで、何かを確かめる様な慎重な手つきだった。


 あたしが訳が分からずにポカンとしていると、彼女が言った。



 「ふむ……。やはり、陰唇及び足の付け根に腫れがあるな……」

 「……はい?」

 「まあ、確かな所は血清診断をしてみないと分からないが……」



 スカートの中から手を引き抜きながら、彼女は言った。



 「君、おそらく”感染”しているよ」

 「???????」



 告げられた言葉に、あたしはただ目を丸くするだけだった。

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