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月下奇譚  作者: 土斑猫
五夜の話
36/59

五夜の話・終

 ねえ。汐音(しおね)

 あなたとの、約束だったよね。

 ずっと一緒だって。

 あたしはあなたと、ずっとずっと、一緒にいるって。

 あなたは、約束を守ってくれた。

 約束どおり、あたしを守ってくれた。

 だから、あたしも守るよ。

 あなたとの、約束を。





 訃月(ふづき)が、見つめていた。

 夜行(やぎょう)も、見つめていた。

 鬼達も、見つめていた。


 その視線の先に、朱里(あかり)がいた。


 深々と落ちる外灯の光。その中に幽鬼の様にまろび立ち、ハァと深く息を吐いた。


 その様子に、訃月は異変を感じる。


 見れば、先までその胸にかき抱いていた筈の”彼女”の姿がない。何処に行ったのか。朱里が手放す筈はない。あれは、最早”彼女”が存在した唯一の証なのだから。では、何処へ行った?”彼女”は、何処へ行ったのだ?



 ペロリ



 朱里が、舌舐りをした。その舌が、異様に朱い様な気がしたのは気のせいだろうか。口周りが、赤く汚れている。その汚れを朱里が手でグイと拭った時、訃月はようやく理解した。


 理解、してしまった。



 「まさか、お前……」



 戦慄く口で、呟く。



 「”喰った”、のか……?」



 ニタリ



 その言葉に、朱里が笑みを浮かべる。壮絶な、笑みを。



 「自分で、『鬼』に堕ちたのか!?」



 訃月が叫んだ瞬間、



 バチンッ



 外灯が、悲鳴を上げて弾け飛んだ。


 唯一の光源が消え、辺りが夜闇に落ちる。深まっていく闇の中で、朱里が言った。



 『そうだよ』



 酷く、淡々とした声だった。



 『だって、これしかなかったもの。汐音と、ずっと一緒にいる方法は』

 「馬鹿野郎……!!汐音(あいつ)は、そんな事……」

 『分かった風な事、言わないで』



 訃月の呻きを、朱里は一蹴する。



 『これは、あたしの願い。汐音の願い。その形。否定する事は、許さない』

 「だけどな!!」

 『黙れ』



 ビシッ



 訃月の頬を、鋭い衝撃が打つ。一筋の傷がパクリと開き、朱い雫が流れた。それを拭い、訃月は深く息をつく。



 「もう、届かねぇか……」



 その言葉に、朱里はまたニヤリと笑う。暗い夜気の中、歪に歪んだ三日月が、酷く赤く、嫌にハッキリと見えた。



 『おお……』



 訃月の後ろの闇が、感極まった様に呟く。



 夜行(やぎょう)が、その赤眼を喜びに爛々と輝かせていた。



 『姫よ……。ようやく、”我ら”が元に来られたか……』



 ジャンコ ジャンコ ジャンコ



 主の高揚を表す様に、首なし馬が鈴の音高く訃月の横を通り過ぎて行く。訃月は、止めない。それが、もう無意味な事と悟っていたから。


 愛馬を朱里に歩み寄らせながら、夜行(やぎょう)は迎え入れる様に両手を広げる。



 『さあ、姫。来られよ。我らが元へ。そなたの、永久の安寧の地へ。そして、我らに久遠の導を与えたまへ』



 おおぅ……おおぅ……



 周りを囲む鬼達が、一斉に歓声を上げる。それは、彼らの愛姫を。そして現への導を。共に手に入れた、喜びの声。


 首なし馬が、朱里の前にかしづく。



 『さあ、参ろう。姫』



 朱里に向かって、夜行(やぎょう)が手を差し伸べる。それを見ながら、朱里は首の絞め痕をツルリと撫でる。それは、母が刻んだ現との隔絶の証。同時に、鬼達に現への道を示す導の門。それを撫でながら、朱里は言う。



 『そうだっけね。(あんた達)は、(これ)が欲しいんだよね』



 白い手が上がり、差し伸べられた手に触れる。



 『いいよ。姫に、なってあげる』

 『おお……』

 夜行(やぎょう)が、再び歓喜の呻きを上げたその時、

 『だけど!!』



 グッ



 朱里の手が、夜行(やぎょう)の手を掴んだ。爪が喰い込む程に。強く。強く。


 そして、正に鬼の形相で言い放つ。



 『導には、なってやらない!!』



 途端――



 グボォアッ



 朱里の首から、闇が溢れた。



 『うぉあ!?』

 「な、何だ!?」



 驚きの声を上げる。夜行(やぎょう)も。訃月も。そして、鬼達も。



 ゴゥッ



 溢れた闇は漆黒の旋風となり、辺りの鬼達を巻き込んで行く。細月の空に、蹂躙される鬼達の悲鳴が響いた。



 『何を!?姫!!何をぉお!?』



 嵐の中、叫ぶ夜行(やぎょう)を朱里は爛々と輝く両眼で見据える。



 『汐音を殺した(お前達)を、あたしが許すと思ったか?』



 その言葉に怖気ながら、夜行(やぎょう)は吠える。



 『言ったではないか!!姫になると!!(我ら)の姫になるとぉおおおお!!』

 『ああ。言ったよ。姫になってあげる』



 鬼気迫る表情で、朱里は笑う。



 『だから、鬼共(お前ら)は膝まづけ!!永遠に!!あたしと汐音の足元に!!』

 『き……貴様……!!』

 『(お前ら)に、自由など与えない!!あたしの中に囚われ、あたしの命にのみ従え!!今、この時より(お前ら)は……』



 そして、統魔の鬼姫は言い放つ。絶対不滅の、言霊を。



 『清音朱里(きよねあかり)の、奴隷だ!!』



 『うぉおぉおおおおおおおお――――――っ!!』



 絶叫と共に、夜行(やぎょう)の姿も黒風の中に飲まれていく。



 『おのれ!!おのれ!!おのれぇええええ!!』



 せめてもの抵抗の様に、繰り出される爪。けれど、下賎の爪が天に届く筈もなく。

 そのまま、鬼の群れと共に夜行(やぎょう)の姿は黒風の中へと消え去った。



 ビュルルルルルルル……



 風は闇となり、闇は痕となり、朱里の首へと戻っていく。そして、



 シュウゥウ……



 全ての鬼群を首の門へと収め、朱里はハァと息をついた。





 「……最初から、そのつもりだったのかよ?」



 歩み寄りながら問うてくる、訃月。彼に向かって、朱里は『そうだよ』と寂しげに笑む。



 『出来るって、分かってたから』

 「やれやれ。おっかねぇ姫様だな」



 苦笑する訃月。その胸に、トンと軽い衝撃が走る。

 見ると、彼の胸に顔を埋める様にして、朱里がその身を預けていた。



 「……どうした?」



 問う訃月に、か細い声が言った。


 ちょっとだけ。


 それだけで、十分だった。訃月は、もう何も言わない。無言の彼の胸で、朱里の肩が震え始める。



 『う……うぇ……うぇえええ……』



 響くのは、鈴音の様にか細い嗚咽。それを聞きながら、訃月は黙って空を仰ぐ。蒼いまでに暗い空。細く欠けた月だけが、寄り添う二人を見つめていた。





 『ああ、あったあった』



 地面に落ちていたチョーカー。それを、朱里の手が拾い上げる。



 「それ、また付けんのか?」

 『うん。やっぱり、(これ)は目立つから』



 問う訃月に、再びチョーカーを首に巻いた朱里が言う。



 「……なあ」

 『ん?』

 「お前、俺んトコに来ねぇか?」



 唐突な言葉に、目を丸くする朱里。わざとらしく、ニヤける。



 『何それ?プロポーズ?』

 「だったら、受けんのか?」

 『まさか』

 「だろ」



 予想していた受け答えだったのだろう。訃月も笑う。そう。この娘が、他人の求愛など受ける筈もない。彼女の伴侶は、もう決まっているのだから。



 「単純に、俺らのコミュニティーに来ねえかって話だよ。皆、お前みたいなのの集まりだ。気の良い奴もいるし、良くしてくれるぜ?」

 『………』



 その誘いに、朱里は少しだけ考えて、やっぱり首を振った。

 それも、予想していたのだろう。訃月は苦笑いしながら言った。



 「わりぃ話じゃ、ないと思うけどな」

 『それでも、あたしが闇に引き篭る事を、この娘は喜ばないよ』



 そう言って、朱里は自分の胸を指差す。



 「だろうけどな……」



 溜息つきつき、訃月は言う。



 「結構……いや、かなりキツイぜ?光の下をその身で生きるのは」

 『分かってる』



 それでも、朱里は笑う。笑って、見せる。



 『もう、元の場所には戻れないけど。やってみるよ。やれるだけ』

 「そうか……」



 話は終わり。訃月もまた、微笑み返した。





 「じゃあな。達者でやれよ」

 『うん』

 「キツくなったら、いつでも来な。歓迎するからよ」

 『ありがとう』



 そして、朱里は走り出す。真っ直ぐ、日の昇る方向に向かって。

 遠ざかる背中。それに、訃月はしかと見ていた。彼女を守る様に寄り添う、長い髪の少女の姿を。





 ――以来、朱里の姿を見た者はいない――



                                 終わり

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