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月下奇譚  作者: 土斑猫
四夜の話
24/59

四夜の話・参

 「う……ん……」



 永い悪夢の果てに、琴宮静莉(ことみやしずり)はその目を開けた。


 真っ先に視界に入ったのは、天宙に浮かぶ上弦の月。一瞬の忘我。

 けれど、神職として相応の鍛錬を詰んだ精神はすぐに己を取り戻す。

 焦点の定まった思考に浮かぶのは、たった一人の弟の姿。



 「澄里(きより)!!」



 ズキンッ



 ガバリと身を起こした瞬間、頭に鈍痛が走る。



 「痛ぅ……」

 「無理、しない方がいいよ~」

 「!?」



 不意にかけられた声に顔を向けると、傍らに座していた少女と目が合った。



 「血に入った毒は清めたけどね~、低級とは言え神を冠するモノの祟りだからね~。もう少し、休んでな~」



 ホワホワとした口調でそんな事を言う少女に、静莉は戸惑いながら尋ねる。



 「貴女は……?」

 「ボク~?ボクは流凪(るな)って言うんだ~。一応、退魔の仕事をしてるよ~」

 「……退魔師……?」

 「うん~。この度、君の弟さんに雇われてね~。暫く、よろしくね~」



 弟。その言葉に、静莉が反応する。



 「澄里!!澄里は無事ですか!?」

 「あ~、大丈夫大丈夫~。今ちょっと、ボクの荷物取りに行ってもらってるだけだから~」



 慌てて立ち上がろうとする静莉。流凪がそう言って彼女を押し留めたその時、



 「姉上!!」



 響いた声に目を向ければ、流凪のリュックを抱えた澄里がこちらに向かって走ってくるところだった。



 「姉上!!」



 リュックを放り投げた澄里が、静莉に飛びつく。



 「澄里!!」

 「おっとっと~」



 飛んできたリュックを受け止める流凪。その横で、ひしと抱き合う静莉と澄里。



 「姉上、良かった……」

 「澄里……。よく無事で……」

 「流凪様のお陰で……」

 「そうね……。流凪様……」

 「ん~?」



 礼を言おうと流凪の方を向いた静莉が、ピシリと固まる。

 そこには、服を脱いで諸肌を晒す流凪の姿。



 「な、ななな、何をしてるんですか!?」



 慌てて澄里の目を隠す静莉。流凪は平然と言う。



 「ん~?こっから仕事だし~。仕事着に着替えるんだよ~」

 「こ、こここんな所でやらないでください!!澄里もいるんですよ!!」

 「あ~、平気平気~。ボク、気にしないから~」

 「こっちが気にするんです!!」



 紺色の夜空に、静莉の魂の叫びが響いた。





 数分後、仕事着とやらに着替えた流凪はコキコキと首を鳴らしていた。



 「う~ん。やっぱり、この格好になると気が引き締まるね~」



 そう言う彼女の服装は、巫女服を動きやすく簡略化した様な和装。裾それぞれに、水を象った模様が誂えてあるのが印象的だった。



 「全く……。貴女も女性ならもう少し恥じらいをですね……」



 ブツブツ言っている静莉を見て、流凪が横にいる澄里に耳打ちする。



 「うるさいね~。いつもこうなの~?」

 「え?あ、は、はい……」

 「澄里!?」



 顔を赤らめて頷く澄里を睨みつける静莉。澄里は「はい!!」などと言って、畏まるのだった。





 「とにかく、今宵は助かりました。改めて、お礼申し上げます」



 そう言って、頭を下げる静莉。それに向かって、流凪はピラピラと手を振る。



 「あ~。今夜の事だったら気にしなくていいよ~。お社、壊しちゃったからね~。その対価代わりだよ~」

 「ですが……」

 「いいっていいって~。それより~」



 ふと、流凪が真顔になる。



 「ちょっと、訊きたい事があるんだけど?」

 「はい。何でしょう?」



 小首を傾げる静莉。そして、流凪は問う。



 「何で、夜が明けないのかな?」

 「は?」



 訳が分からないと言った顔をする、静莉。チラリと横を見ると、澄里も同様の顔をしている。それを確認して、流凪は問いを続ける。



 「ボクがあのお社で寝入ってから、それなりの時間が経ってるよ。そこに加えて、あの騒ぎ。夜なんて、とっくに明けている筈だけど?」

 「あの……」



 返す様に、静莉が問いかけてくる。



 「”よるがあける”とは、どういう事でしょうか?」



 その言葉に目を細める、流凪。



 「夜は明けるものだよ。どんなに長い夜でも、いつかは明けて朝が来る。それが、この世の理。違う?」

 「”あさ”って、何ですか?」



 澄里が、不思議そうな顔をする。静莉も、怪訝な顔をしながら言う。



 「仰っている事が分からないのですが……。夜は、”夜のまま”でしょう?」

 「……なるほど……。それじゃ……」



 何かを納得した様に頷くと、流凪は質問を変えた。



 「何で、夜刀神(やとのかみ)なんかにつきまとわれてるの?」

 「夜刀(やと)様を、ご存知で?」

 「この商売で知らなけりゃ、モグリだよ」



 言いながら、目の前の焚き火に薪を放る。



 「あいつら、言ってたよね。贄だとか何だとか……」

 「それは……」



 静莉が話そうとした時、流凪がふと視線を夜闇の向こうに向けた。



 「誰か、来たよ」

 「!!」



 その言葉に、静莉と澄里もその方向に目を向ける。


 いつの間にか、夜闇の中に幾つもの明かりが浮いていた。しばしの間の後、皆はそれが誰かが手にする提灯の明かりである事を悟る。



 「……まだ、生きておるのか……」

 先頭の提灯を持つ影が、言った。



 「村長(むらおさ)様……」



 慌てて立ち上がった、静莉が呟く。申し訳なさそうな、それでいて憎々しそうな、複雑な声だった。



 「静莉、何故夜刀(やと)様の邪魔をする……?」

 「長様、澄里は……」

 「黙れ」

 


何かを弁解しようとした静莉を、村長(むらおさ)と呼ばれた影の声が一蹴する。



 「年に一度、選ばれた幼子を夜刀(やと)様に捧げる。それが村のしきたりじゃ。如何なる者であっても、それを拒むのは許されん……。それがたとえ、巫女(お主)の血族であってもな……」



 村長と呼ばれる影の後ろに付き従う影達も、同意する様に頷く。



 「でも……」

 「静莉(お主)も、今までそうやって幾人も送ってきたではないか……」

 「!!」



 その言葉に、静莉の身体が固まる。



 「それを、己の弟だから嫌だとは言うまいな?静莉……」

 「そ、それは……」



 刑の宣告をする様に、影は言う。提灯の明かりが作る陰影。それに隠れて見えない顔が、確かに笑んでいる様に見える。



 「贄を捧げてこそ、夜刀(やと)様は村をお守り下さる。その加護あってこそ、生きる事が出来る。我らも。そして、お主もな……」

 「………」



 返す術がないのか。黙りこくる静莉。それに満足した様に頷くと、村長(むらおさ)は言った。



 「次はない。違う事なく、澄里を夜刀(やと)様の元へ送れ。よいな……?」



 それだけ言うと、影は踵を返す。遠ざかっていく足音。他の足音も、それに従う。やがて、全ての人影は夜闇の向こうへと溶け消えていった。


 発する言葉もなく、立ち尽くす静莉。



 「姉上……」



 澄里がおずおずと声をかけるが、返る言葉はない。



 「……話、聞いてたけどさ~」



 代わりの様に、それまで沈黙していた流凪が言う。



 「随分と、爛れた関係持ってるみたいだね~。君達~」



 その言葉に、静莉が振り向く。



 「そうですね……。狂っていると思います……。あの人達も……わたしも……」



 そう言って、静莉は悲しげに微笑んだ。

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