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月下奇譚  作者: 土斑猫
三夜の話
20/59

三夜の話・終

 バタッ バタバタバタッ



 「うわっ!!」

 「きゃあっ!!」



 頭上から降り注ぐ、鮮血の雨。それに、あたし達は思わず身を竦める。いつ尽きるかもしれない滴りを、目を瞑って耐える。

 それでも、時間はあっという間。

 いつの間にか雨はは止んで、あたし達は血に塗れた姿で呆然と立ち尽くしていた。


 周りを見渡す。


 広がる血溜りの中に、数個の欠片になった仮面が浮いていた。



 「やった……のかな?」

 「みたい……だな」



 顔を見合わせる、龍樹(たつき)とあたし。少しの間。そして、



 「龍樹!!」

 「うわ!?」



 あたしは、思いっきり龍樹の首っ玉に抱きついた。バランスを崩した龍樹が盛大に尻餅をつく。だけど、あたしは離れない。



 「ちょ、おま!!苦しい!!苦しいって!!」



 抗議の声を上げる龍樹。でも、あたしは放さない。ますます力を入れて抱きつく。



 「やった!!やったよ!!龍樹!!」

 「惠……」

 「討ったよ!!ゆうちゃんの仇、討ったよ!!」



 あたしの言葉に、龍樹が顔を綻ばせた。



 「ああ。やったな……」



 そう言って、あたしの髪をクシャクシャと撫ぜる。



 「ナイスシュートだったぜ。さすが、オレの相棒だな」

 「えへへ……」



 笑い合うあたし達。そして、彼の胸に顔を埋めながら、あたしはあの一瞬の事を問う。


 あの事(・・・)を、幻と思いたくなかったから。



 「ねえ……」

 「うん?」

 「見た?あの時……」



 それだけで、通じてくれた。

 龍樹も、頷く。



 「ああ……」

 「来てくれたよね?ゆうちゃん……」

 「だな……。やっぱり、南方(みなかた)は南方だった……」



 そう言って、宙を仰ぐ龍樹。彼が、ここに来るまでに何を見たのかは分からない。けれど、その言葉で何かが納得出来た。だから、あたしはただ微笑んで身を彼に委ねた。


 その時――



 ピシャッ



 湿った音が響いた。



 「!!」

 「何!?」



 見ると、血溜りに浮いていた仮面の欠片。それらが、ピチャピチャと揺れ動き始めていた。



 ピシャピシャッ ピシャピシャピシャッ



 欠片達は浅瀬で跳ねる小魚の様に蠢きながら、少しずつ寄り集まっていく。



 「た、龍樹!!」

 「こいつ、まだ!!」



 あたし達がパニックになりかけたその時――



 ――「無粋ねぇ」――



 何処からともなく、そんな声が聞こえた。そして、



 ガシャンッ



 「うわっ!?」

 「きゃんっ!!」



 飛び散る欠片と血飛沫。


 突然落ちてきた黒いダンスシューズが、もう一度一つになろうとしていた欠片達を蹴散らした。



 「あんたはぁ、負けたのよぉ。役の済んだ俳優はぁ、さっさと舞台を降りなさいぃ」



 もがく欠片を踏み躙りながら、シューズの主が言う。



 その姿に、あたしは覚えがあった。間違いない。あの時、街中でパフォーマンスをしていた二人の片割れ。

 黒衣の舞姫だ。



 「お楽しみの最中ぅ、悪いわねぇ」



 欠片が動かなくなるまで踏み躙ると、彼女は長いサイドテールをさらりと流して笑みを浮かべる。歳はさしてあたし達と変わらないのに、酷く妖艶な微笑みだった。



 「それにしてもぉ、驚いたわぁ」



 血溜りをパシャパシャと鳴らしながら、近づいてくる。



 「まさかぁ、あんらみたいな小娘小僧がぁ、ジャック(こいつ)を退けるなんてねぇ。”助け”が入ったとはいえ、まあ大したもんだわぁ」



 酷く楽しげに微笑みながら、抱き合うあたし達を見下ろす彼女。



 「あらあらぁ。血塗れでのまぐわいってのも、扇情的だけどぉ、洒落た演劇のラストにしちゃあ、ちょっと酷い格好ねぇ」



 そう言うと、ツイと後ろを振り向く。



 「唱未(となみ)ぃ」

 「!」



 見ると、いつの間に来たのだろう。彼女の後ろに女の子がもう一人立っていた。金色の髪に純白の服。そう、あの時の彼女の片割れ。白衣の歌姫だ。



 「ほら、これぇ。何とかならないぃ?」



 唱未と呼ばれた女の子が、分かったと言う様に頷く。そのまま、テクテクと歩いて来る。あたし達の前に立つとニコリと微笑んで、口を開いた。



 ――「汚れし雫よ。地に帰れ」――



 あの時の歌の様な、とても綺麗な声。それで彼女が囁いた途端――



 シュンッ



 「え!?」

 「な、何だよ!?これ!!」



 血が、消えていた。


 地面に溜まっていた鮮血も。あたし達の身体を染めていた血糊も。その全てが一瞬で地面に吸われ、消えていた。


 訳が分からずに狼狽するあたし達に向かって、黙って微笑む歌い手の女の子。舞手の女の子が言う。



 「唱未はねぇ、言霊(ことだま)使いなのよぉ。口にした言葉は、全部現実になるわぁ。もっともぉ、お陰で滅多な事じゃ話せないんだけどねぇ」



 言ってる事が分からない。戸惑うあたし達を見て、舞手の女の子は、「まあ、分かんなくてもいいけどぉ」と言ってケタケタと笑った。





 「それにしてもぉ、やってくれたもんだわぁ。ものの見事に、バラッバラァ」



 地面に散らばっていた欠片を拾い上げながら、舞手の女の子がやれやれと溜息をつく。


 いや、半分はあなたが踏みにじったせいだと思うんですけど……。



 「唱未ぃ。ついでに()()、直してくれなぁい?」



 傍らに立っている歌い手の女の子にそう声をかけたけど、彼女は目を瞑って頭を振る。どうやら、駄目だと言っているらしい。



 「あららぁ」



 わざとらしく頭を落とす、舞手の女の子。でも、すぐにヘラリとした表情で言う。



 「まあ、いいけどねぇ。欠片でも、それなりの値はつくからぁ」



 そして、散らばる破片をカツカツと蹴り上げると、手の中に収め始める。


 『値が付く』


 その言葉に、龍樹が反応した。



 「おい!!”値”って、何だよ!?お前、それが何か知ってるのか!?」



 龍樹の呼びかけに、宙に欠片を蹴り上げた女の子が「ああ、これぇ?」と言いながら、飛んだ欠片をパシリと捉える。握る手の中で、欠片がカチャリと音を立てた。



 「世の中には好事家が多くてねぇ、こう言う下手物に高値をつけるのが多いのよぉ」



 こっちの訊きたい事は分かってる筈なのに、わざとらしくはぐらかす。龍樹が、イラついた様に怒鳴った。



 「そんな事訊いてんじゃねぇ!!そいつ(・・・)は、何なんだって訊いてるんだ!!」

 「あははぁ、分かってるわよぉ。手間も省いてくれたしぃ。ご褒美にぃ、ちゃんと教えてあげるってぇ」


 ケタケタと笑いながら、女の子は言う。



 「これはねぇ、切り裂きジャックの『面霊気(めんれき)』よぉ」

 「『めんれき』?」



 聞いた事のない言葉に、あたし達は首を傾げる。



 「あらぁ。知らないのぉ?」



 女の子が、小意地悪そうな顔をして手の中の欠片を晒した。



 「『面霊気(めんれき)』っていうのはねぇ、年経た仮面が変化する妖物よぉ。これは、切り裂きジャックって呼ばれてた男がぁ、事を成す時に顔を隠す為に使ってた面。その情念が感染ってぇ、変化したみたいねぇ」

 「………!!」



 普通に聞いたら、荒唐無稽な話。でも、今のあたし達には信じる事しか出来なかった。



 「物分りのいい事でぇ。二人共、良い子ねぇ」



 言いながら、もう一つ欠片を蹴り上げる。



 「向こうからの貨物に紛れて来たんだけどぉ、時を経て少し歪んだみたいねぇ。元々はぁ、娼婦狙いだったのにぃ、女なら何でもよくなっちゃったみたいぃ。随分色々とぉ、手を出したわねぇ。まぁ、おかげでぇ……」



 そこで、また女の子が笑む。ただ、今度はすごく悪意のこもった笑み。



 「余計に、値が上がったんだけどねぇ」

 「何言ってやがんだ!!」



 その言葉に、龍樹が激昂した。



 「そいつのために、どんだけ人が殺されたと思ってんだ!!金になんか換算出来ないくらい、沢山の人が殺されたんだぞ!?」



 けど、そんな龍樹の激情を受け流す様に、女の子は平々然と言う。



 「青いわねぇ。人の命なんてぇ、軽いもんよぉ。世の中にはぁ、もっとイイものがぁ、沢山あるんだからぁ」



 そうのたまって、またケタケタと笑う。今度こそ龍樹が怒った。



 「てめぇ!!」



 怒鳴って、掴みかかる。けれど、



 ヒョイ



 その手は、あっさりとかわされる。



 「ダメよぅ。おイタをしちゃあ」



 もう片方の手が伸びてきて、龍樹の額をピンと弾いた。



 「―――――っ!?」



 それだけで、へなへなと倒れてしまう龍樹。



 「龍樹!!」



 慌てて駆け寄るあたし。そんなあたし達を見て、彼女はやっぱりケタケタ笑う。



 「ほらほらぁ、大事な彼女が怒ってるわよぅ。筆おろしならぁ、ちゃんとその娘に頼みなさいなぁ」



 言いながら、最後の欠片をはね上げて手の中に収める。



 「……っとぉ。これで最後ぉ。さてぇ、用も済んだしぃ。お暇しましょうかぁ」



 その言葉に、歌い手の女の子が頷く。

 クルリと返る、二人の踵。そのまま何の未練もなく、霧の向こうへと去っていく。思わず呼びかける。



 「待って!!あなた達は……」

 「知らなくて、いいのよ……」



 あたしの言葉を遮る様に、声が聞こえた。あの、歌い手の女の子の声だった。



 「世界には、貴女達が知らなくていい事が、沢山あるの……」



 そして、声は言う。



 「だから、今は帰りなさい。貴女達の、在るべき場所へ……」



 結ばれる言葉。途端――



 ザァ……



 一瞬で、霧が晴れた。まるで、悪い夢から覚める様に。いつしか空は白んでいて、小鳥が鳴き交わす声が聞こえた。



 「おーい!!いたぞー!!」



 遠くで、誰かが叫んだ。集まってくる、人の気配。それを感じながら、あたし達はただ呆然と、昇りゆく太陽を見つめるだけだった。





 それからの事は、ひたすらに目まぐるしく過ぎた。


 近くにあった死体のせいで、大分警察に問い詰められた。けれど、あたし達に出来たのは、何も分からないと答える事だけ。あの夜の事を話しても、信じて貰えない事は分かっていたから。


 家に帰ると、パパにぶたれて、ママには抱きしめられた。どっちとも、泣いていた。頬に落ちる涙が、とても温かかった。


 9人目の被害者が出た事で、街にはさらに厳戒態勢が敷かれた。学校は休校となって、街中にはさらに沢山の警官が溢れた。


 もう、そんな事に意味がない事は知っていたけれど、どうする事もなかった。後はただ、時間が全てを曖昧にしていくのだろう。


 事件の事も。ジャックの事も。殺された人達の事も。そして、ゆうちゃんの死も。


 微かな虚しさの中で、あたしはそう悟っていた。





 時間が過ぎて、ゆうちゃんの七回忌の日。式に出たあたしは、久しぶりに龍樹に会った。ママ達が式の後片付けの手伝いに回ったので、あたし達はしばしの間、二人っきりにされた。



 「……あの後、どうだった」



 あたしの問いに、ゲンナリした顔で答える龍樹。



 「ヒデー目にあったよ。親父にめっちゃぶん殴られた」

 「あはは。おじさん、怒ると怖いもんね」

 「笑いごっちゃねーよ。おかげで、口内炎になったんだぜ」



 そう言って、口を開けてみせる龍樹。その顔に、また笑っていると、ふと彼の額に目が行った。そこには、病院で受けたらしい手当の跡。



 「傷……大丈夫?」

 「ん?ああ、4、5針縫ったくらいだ。大した事ねーよ」

 「ごめんね。あたしのせいで」

 「オレが勝手にやったんだ。気にする事ねーよ」



 そう言って、ツンと横を向く彼。その仕草に、胸がキュンとなった。



 「……そう言えばさ……」

 「ん?」



 こっちを向いた彼の顔に、自分の顔を近づける。彼が、目を丸くする。



 「な、何だよ!?きゅ、急に!!」

 「お礼、まだだなーって思って」

 「ば、バカ言え!!こんな所で!!」



 慌てる顔も、愛おしい。



 「誰も、見てないよ?」

 「で、でもな!!」

 「前は、そっちからしようとしたくせに」

 「い、いや、あの時とはシチュエーションが……」



 なかなか、煮え切らない彼。あたしがじれ始めた、その時――



 『ああ、もう。めんどくさいなぁ』



 そんな声が聞こえて、グイっと背中が押された。



 「!!」

 「!!」



 勢いで重なる、あたしと彼の口。


 甘い恍惚の中、視界の隅で長い三つ編みが踊った様な気がした――





                                終わり

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