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月下奇譚  作者: 土斑猫
三夜の話
11/59

三夜の話・壱

 ……London Bridge is falling down

 Falling down, falling down

 London Bridge is falling down

 My fair lady……





 蒼い月の夜だった。

 とても蒼い月だった。

 地に広がる紅い溜まり。

 それを染める程に、蒼い夜だった。





 ……速報です。今朝4時44分頃、○○県△△市□□町において、若い女性の遺体が発見されました。遺体は他殺と見られ損傷が激しく、警察は現在身元の判明を急いでいます。この地域では3月より同様の事件が6件相次いでおり、警察はその手口から同一犯の犯行と見て、捜査を進めています……





 どんな夜の後でも、朝は必ず訪れる。四件目の事件が起こったこの日も、いつもどおりに朝は来た。



 「おはよう。(けい)



 いつもと同じ、朝の学校の喧騒。その中で、聞き慣れた声があたしの耳に触れた。亜麻色のセミロングを揺らして振り返る。これも、いつも通り。返した視線の先にいるのは、二本の長い三つ編みが可愛い女の子。その笑顔も、いつも通りだ。



 「おはよう。ゆうちゃん」



 あたし――楠ノ木惠(くすのきけい)がそう返すと、彼女――南方夕子(みなかたゆうこ)はニコリと微笑んだ。



 「惠、今朝のニュース見た?」



 周りの生徒達を掻い潜り、走り寄って来る夕子。



 「うん。またあったみたいだね」

 「うん、じゃないよ。今回のあれ、惠ん家の近くじゃない」

 「だねぇ。辺りを警察の人とかパトカーとかウロウロしてて騒々しかったよ」

 「ああもう!!だからそうじゃないでしょ!!危ないじゃない!!大丈夫なの!?」

 「大丈夫だって。ちゃんと戸締りしてるし。なんて事ないよ」

 「くぅ~~!!何でそう脳天気かなぁ!!」



 足をバタバタさせて、焦れったがる夕子。彼女は幼い時からの親友だけど、心配性なのがたまに傷だ。でも、彼女の心配も仕方ないかもしれない。ここ数ヶ月、あたし達の街は異常事態にあった。


 事は、ある3月の霧深い月夜から始まった。


 最初の発見者は、朝の早い新聞配達人。


 現場は、夜間に人の気が失せる路地裏。


 そこに、無残に切り刻まれた人体が放置されていた。


 被害者は24歳のOL。検死の結果、殺害されたのは前夜の午前一時頃。残業終わりの帰路を狙われたらしい。遺体の損傷が酷かったために、最初は怨恨の線が疑われた。けれど、件の女性に恨みをかう様な事案は見られず、ストーカー等の筋の話もなかった。警察は通り魔的犯行の可能性もあると見て、捜査を進めていた。


 けれど、分からない。


 どれだけ調べても、現場からは犯人の痕跡は微塵も見つからなかった。犯行時間も、そんな時間。目撃者など、望めるべくもない。捜査は、暗礁に乗り上げていた。


 そうこうするうちに、第二の事件が起こった。今度の被害者は、30代のホステス。犯行状況は一人目とほぼ同じ。そして犯人の痕跡がないのも、同じだった。


 事件は終わらない。一人、また一人と被害者は増えていく。


 被害者は主婦や塾講師、中には、学生も混じっていた。


 同じ手口。同じ状況。


 行き詰まっていく、警察の捜査。


 恐怖はゆっくりと街を満たしていく。


 犯行が、いつも霧の深い月夜に起こる事。被害者が、皆女性である事。そして、その手口の残虐性。それらが相まって、いつしか街の人達は見知れぬ犯人を、こう呼び始めていた。


 ――切り裂きジャックの再来、と――



 「まぁ、怖いっちゃあ怖いけどね。でも、お陰で夜遅くまで警察や父兄の人達がパトロールに出張ってるから。その面じゃ、普段より心強いけどね」



 そんな事を言いながら、手に持った運動靴の袋をクルクルと回すあたし。その様に、夕子が溜息をつく。



 「全然、心強くないよ。事件のうち半分は、そのパトロールの最中に起こってるんだよ?駄目駄目じゃない!」

 「ホント、ゆうちゃんは心配性だなぁ」

 「だから、惠が脳天気過ぎるんだってば!!」



 あたしが、こうも余裕があるのにはそれなりの理由がある。


 犠牲になった(ひと)達は、最年少でも高校生。皆、基本的に中学生であるあたし達よりも上の年代なのだ。


 犯人のターゲットからは外れている。


 そんな思いがあたしのみならず、同年代の娘達にはあった。


 実際の所、この事件に便乗してくる変質者なんかの方が怖かったりする。


 ちなみに目下のあたしの悩みは、下校時間の安全確保のために部活動が休止されてる事。ああ、身体が疼く。サッカーやりたい。


 それでも、夕子は言う。



 「年齢層が違うなんて、何の保証にもならないよ!実際、この間やられた高校生なんか、わたし達と二歳しか違わないんだからね!」

 「はいはい。分かったよ」

 「だから~!もう!」



 延々と繰り返す、堂々巡り。これも、いつもの事。


 大雑把な性格のあたしと、心配性で細かい事に気が回る夕子。

 まるで正反対だけど、逆にそれがピッタリと噛み合う。お互いがお互いを補い合って、あたし達は二人で一人前。分かつ事なき、盟友だ。


 昔。今。そして、これからも。


 いつも通り、戯れ合うあたし達。そして、そこにもう一つの日常が割り込んでくる。



 プラン



 唐突にあたしの目の前にぶら下がる、毛むくじゃらの物体。

 ん?何だコレ。


 一拍の間の後、それがアレだと気づく。そう。この季節、街路樹や草むらでモゾモゾ動いてる”アレ”だ。気づいた途端、一気に背筋が怖気立つ。



 「うっきゃあぁああああ!!」



 絶叫。隣にいた夕子が耳を押さえて目をグルグルしていたけど、構う暇はない。頭をバサバサしながら、ジタバタ走り回る。と、



 「アハハハハハハハ!!」



 背後から聞こえてくる、軽い笑い声。涙目で振り返ると、そこには手に玩具の毛虫を持った男子が一人、腹を抱えて笑っていた。



 「龍樹(たつき)~~!!また、あんたか~~!!」

 「ハハハ、やめろよぉ!!その顔!!ますます笑っちまうだろ!!」



 憤怒の顔のあたしを見ながら笑い転げ続けるこいつは、中上龍樹(なかがみたつき)

 小学校からの腐れ縁で、しょっちゅうあたしに絡んでくる。ウザったいったら、ありゃしない。今だって、人の心臓を飛び出させておいて、いけしゃあしゃあとしている。

 ムカつく。



 「大体なぁ、怖がるんならもっと、女らしい声上げろよな。そんなんだから……ウベッ!?」



 鈍い音と共に、盛大に吹っ飛ぶ龍樹。



 「フンだ。ざまぁ」



 彼を殴打したショルダーバックを肩に担ぎ直して、あたしは鼻を鳴らす。ちなみに今日の授業には国語と英語が入っている。バックの中には国語辞典や漢和辞典、英和辞典が詰まっていて攻撃力抜群なのだ。

 ザマーミロ。



 「テメェ!!この男女!!何しやがんだ!!」

 「何よ!?最初にやってきたのはアンタでしょ!!」



 頭からピゥ~と血を飛ばしながら、ズカズカ迫ってくる龍樹。そんな彼を、あたしも迎撃態勢で待ち受ける。



 「だからって、ここまでやる必要ねえだろ!!殺す気か!?」

 「フン!!なら死んじゃいなさいよ!!空気と資源の節約になって、結構な事だわ!!」



 売り言葉に買い言葉。このまま不毛な口喧嘩に突入する、あたしと龍樹。これもまた、いつもの事。



 「あ~あ。また始まった。惠と中上君の夫婦喧嘩」



 傍らで見ていた夕子が、苦笑いしながらそんな事を言う。その言葉に少し頬が火照ったけれど、聞こえない振りをする。つまりはまあ、そういう事だ。



 キーンコーンカーンコーン



 校舎から、ホームルームの始まりを告げるチャイムが響く。



 「あ、ほら!!惠!中上君!ホームルーム始まっちゃうよ!!」



 口論に夢中になるあたし達に、夕子が叫ぶ。



 「あ、やべ!!」

 「急がないと!!」



 そして、あたし達は三人揃って駆け出す。いつもの様に。





 空は青く澄み渡り、天頂には眩い太陽が輝いている。それも、いつもの事。

 降り注ぎ満ちる、光の中。これが、あたし達の居場所。

 そう。ここには、この街に潜む闇なんて届かない。この毎日が。いつもの事が。これからも続く。今日も。明日も。明後日も。いつもの様に。当たり前に。続いて行く。


 そうに決まっている。

 そう、信じている。


 信じて、いた。

 信じて、いたのに。


 それは、壊れた。

 あまりにも、あっさりと――

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