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月下奇譚  作者: 土斑猫
一夜の話
1/59

一夜の話・壱

ご存知の方はありがとうございます。初めての方初めまして。

土斑猫まだらねこと申します。

今回の話はファンタジーと呼ぶのはちょっと毛色が違う。

ちょっとライトな怪奇譚。

そんな話をいくつかまとめた話集にするつもりです。

ご興味あらば、どうぞ最後までお付き合いのほどを……。

 馬鹿みたいに大きく口を開けた木立の隙間から、これまた呆れるくらい大きな満月が覗き込んでいた。


 煌々と降り注ぐ月光は夜の森の中にポッカリと空いた空間を淡く儚く、それでいて明るく照らし出す。その様はさながら、森の中に作られた野外劇場の特設舞台を思わせた。


 その月明かりの舞台の中心に、ポツンと立つ人影が一つ。


 見た目から、容易に大人ではないと知れる、小さく華奢な体躯。その身を覆うのは、夜闇の中で尚黒く深く、陽炎の様に揺らぎ浮ぶ漆黒のローブ。


 目深に被るのは、同じく漆黒のつば広帽。その下から長く溢れ流れるのは、白い月光の中、其を反して淡く輝く白銀の髪。


 夜風に舞うその間から覗くのは、其と同様に、一切の色素を有しないと思える程に澄み切った、白い肌。


 そして、そこに刻み込まれたのは、まだあどけなさを多分に残しながらも酷く整った造形の、年のころ十代頃と思われる少女のそれ。


 少女は演劇の主役よろしく月の照明の真中に佇みながら、その細い喉を反らして天を仰ぎ見ていた。


 物憂げに開かれた眼差しの中に浮ぶのは、目にも鮮やかな深紅を映した瞳。切り開いたばかりの傷口から滴る滴をそのまま落とし込んだ様なそれは、その中にもう一つの夜を納める様に天空の月を映し込んでいた。


 深い深い、夜の森。

 澄んだ静寂。

 停まった静謐。


 人の界と隔てられたその中で、少女は一人、月と見つめ合う。


 ――と、



 「あは、珍しいね!!」



 不意に夜闇の中に響く声。今この場所においては異端としかいい様のないその響きに、少女は特に驚く様子もなく天を仰いだまま。


 ただ、その瞳だけがキョロリと声の方向に向けられる。


 その視線の先、月光の舞台から外れた木立の中。月明かりの届かない闇の中で、亜麻色の髪がフワリと揺れる。



 「人がいるよ!しかも、女の子!!」



 いつの間にか酷く嬉しそうな顔をした少女がもう一人、そこに立っていた。白髪の少女と同様、幼さの残る顔に人懐こそうな微笑みを浮かべると、暗い舞台の裾から踊る様な足取りで月光の舞台へと進み出る。


 トントンと軽いステップを踏みながら白髪の少女の前に立つと、まるで役者が舞台の上から観客に向かってする様に「こんばんは」とお辞儀を一つ。その恰好のまま、顔だけを上げて目の前の顔を覗き込む。


 琥珀色の瞳に映る、深紅の瞳。


 「わぁ!!すごい、綺麗な眼!!それ本物?カラコンとかじゃなくて?それにこの髪、銀髪なんて、リアルじゃ初めて見た!!これも地毛?染めてるとか、脱色してるとかじゃなくて?」


 キャラキャラとはしゃぎながら、揺れる銀の束に触れようとして――


 そこでやっと、自分を見つめる相手の眼差しの冷ややかさに気付き、慌てて手を引っ込める。



 「あぅ、ご、ごめん!!あんまり綺麗だったから、つい……」



 バツが悪そうに、謝罪の言葉を述べながらペコペコと頭を下げる。それでも、向けられる相手の目からは冷ややかさが消える様子は一向にない。

 ますます、慌てる。



 「う……ま、まだ、怒ってる?ってか、静かにマジギレ?そんなに気に障った?あ!いや、そういえば世の中には自分の身体を他人に触られるの、すっごい嫌がる人がいるって聞いた事あるけど、ひょっとしてそーいうタイプ?うわ、マズ!!ファーストコンタクトにして第一印象最悪!?ってか、完全決裂!?うわうわ、マジマズ!!どーしよど-する!?っつか、謝るしかないじゃない!!御免なさいすいません申し訳ありませんお許しくださいソーリーブーシーミアンハムニダ!!」



 テンパリながら、知りうる限りの謝罪の言葉を連ねる。しかし、



 「………」

 「………」



 やはり、返事はない。

 ――どころか、唯一こちらに向けられていた筈の視線すら、いつの間にか空の月へと戻ってしまっている。



 「………」

 「………」



 再び訪れる静寂。



 (お……重い……!重すぎる……!!)



 少女の額、いや全身から噴き出す汗。

 ほとんど、油を絞られるガマガエル状態である。静寂の重圧に耐えかねた少女が、もう一度声がけようとしたその時、


 「無粋だねぇ……」

 「……へ?」


 不意に飛んできた言葉に、少女はポカンとして目の前の白髪を見やる。

 その視線を変わらず冷ややかな視線で返しながら、白髪の少女はもう一度その容姿にふさわしい鈴音の様な声で言葉を紡いでいく。



 「あの月が、見えないのかい?」

 「はい?」



 ポカンとする少女の意識を、視線だけで天上に招く。



 「綺麗な月だろう。こんな夜は、静かに観月と限る。なのに、君みたいにギャアギャア騒がしくしたら、台無しじゃないかね?」

 「はぁ……」

 「分かったら、すこし静かにしておくれな」

 「は、はい……」



 静かながらも、有無を言わさぬ迫力。思わず頷く。



 「よろしい」

 そう言うと、白髪の少女は三度(みたび)視線を夜空の真円へと向けてしまう。その様を、もう一人の少女は畏まって見守る。



 「………」



 見守る。



 「………」



 見守る。



 「………」



 見守る。



 「………」



 そして――



 「ちょっと!!これじゃ、さっぱり話が進まないじゃないぃい―――っ!!」



 やっと、気づいた。





 「じゃあ、改めて自己紹介ね。あたしは、比奈野弥生(ひなのやよい)って言うの。三月生まれなんで、弥生。この間、十五になったの」



 気を取り直した様に人懐こい笑顔を浮かべながらそう言うと、弥生と名乗った少女は目の前の白髪に向かってもう一度頭を下げた。



 「………」



 けれど悲しきかな、求める答えは一向に返ってこない。



 「……あ、あのねぇ……」



 いい加減腹に据え兼ねたのか、些か険のこもった声音で迫る弥生。



 「いい加減にしてくれない?そこの方。お寺の仁王様だって、君の一億倍は愛想があるよ!?」



 牙の様に八重歯をむきながら、白髪(はくはつ)の少女に噛み付く。もっとも、当の彼女には糠に釘の様相だが。その態度がさらに癇に障ったのだろう。弥生はますますムキになる。



 「ちょっと!!人がこぉんなに友好的に自己紹介したんだから、そっちも快く自己紹介し返してくれるのが、この場における人としての礼儀だと思うんだけど!?そこんとこ、どう思ってんのよ!?」



 大きめの瞳を潤ませながら、両手を振り回して喚き散らす。

 その有様に流石に辟易したのか、白髪の少女が溜息をついた。



 「……叉夜……」



 いかにもめんどくさそうに、そう呟く。



 「ん?」

 「夜皎叉夜(やしろさや)だよ。叉夜と呼べばいい」

 「叉夜さんね。ようし。よくゲロった」



 頷く弥生を見て、やれやれと言った様で頭を掻く叉夜。



 「まあ、字名(あざな)だがね」

 「は?あざな?」



 ポカンとする弥生。何の事か分からない。



 「あだ名みたいなものだよ」

 「はぁ?あだ名だぁ!?」



 その言葉に弥生、再びいきり立つ。



 「何よそれ!!こっちが本名名乗ってんのに、そっちはあだ名とか!?ふざけないでよ!!しまいにゃその澄まし顔両手でプレスして前歯ガチガチ言わすぞ!!」



 大概、腹に据え兼ねてきたのだろう。相当剣呑な事を、真顔で言い出す弥生。しかし、肝心の叉夜は極めて涼しい顔で、こう返す。



 「君は、私の何を望んでるのかな?」

 「へ?」



 弥生、再びポカン。叉夜は淡々と紡ぐ。



 「名というのは、単なる個体識別のための鑑札ではない。それは言霊。持ち主本人の魂を縛る呪い言だ。名を晒すなど、自分の魂を晒すも同義。それを知りたいのなら、相応の対価が必要となるのさ」

 「そ、そんな重大な事……?」



 想定外の事態に、慄く弥生。そんな彼女を、朱い瞳がキョロリと映す。



 「さあ、君は私の何を望む?その対価に、何を差し出す?」

 「そ、それは……」

 「それは?」



 言葉の圧力。それがパない。



 クイッ



 叉夜が首だけをこちらに向ける。見つめてくる、深紅の瞳。それが、無言で問いかける。有音の次は、無音の圧力。



 「う……うぅう……」



 いたいけな少女に、抗う術はない。



 「わ、分かった!!分かったから!!」

 「うん?」

 「もういいです!!あだ名でいいです!!だから、もう許して――っ!!」



 勝負が決した、瞬間だった。





 「……で、叉夜さんは何をしてるんだっけ……?」



 半泣きでそんな事を訊いてくる弥生を、叉夜は冷ややかな顔で見やる。



 「……君は、実に馬鹿だなぁ」



 身も蓋もない言い様。胸を押さえた弥生が、ウッと苦しげに呻く。



 「先も言っただろう?観月だよ。ここは、良い月が見える」



 そう言って見上げた先には、満天の星と闇の虚空に浮かぶ真円の月。



 「ふぅん……。あたし、見慣れちゃってるからなぁ……」



 よく分からない、といった顔で頭を掻く弥生。細い指に梳られた髪から、夜風に乗って甘い香りが流れた。



 「でもさ……」



 そう言って、弥生は改めて少女に向き直る。



 「ここ、こんな時間にあなたみたいな子供がお月見に来る様な場所じゃないと思うんだけどなぁ……?」



 言いながら辺りを見回せば、鬱蒼とした木々の群れと夜の闇。人の世と隔てられた、隠者の世界。確かに、十代も半ばと言った子供が宵も過ぎた時刻にいる場所ではない。



 「自分の事は棚に上げるのかな?」



 叉夜が呟くのは、全くもって当然の反論。

 けれど、それに弥生は悪びれるどころか得意げに胸を張る。



 「あたしはいいの」

 「ほう。何故かな?」

 「だって、あたしの家ってあそこだもん」



 そう言って、指差した先。間近な山の中腹からせり出した峰の先に、黒い影が見て取れた。夜闇に包まれて分かりにくいが、窓らしき部分から淡い光が漏れている。確かに何かしらの建造物であることが分かる。



 「パパが建てたの。うちのパパって変りモンでさ。人付き合いを嫌がって、こんな山ん中に小屋を建てて……。家族(あたし達)まで引っ張って来て、皆して山暮らし」



 何でもない事の様に紡がれた言葉。叉夜が初めて弥生に向き直る。長い前髪の間から朱色の瞳が覗き、弥生の姿を映した。



 「家族揃ってかい?酔狂だね。随分と、物分りがいい事だ」

 「……分かる?」

 


 探る様な響きを孕んだ、叉夜の言葉。弥生は小悪魔の様に笑って、ぺロッと舌を出す。

 


 「訳あり(・・・)、だよ。ちょっとした事情でね、町にいられなくなっちゃった。全く、この歳で陰棲生活おくる事になるなんて思わなかったよ。ほんと、人生分かんないもんだよねぇ」



 一般的観点で言えば、悲惨とも言える現況。それを、まるで学校の友達に自分の失敗談でも話す様な調子で語ると、弥生はコロコロと楽しそうに笑った。


 ――と、その笑い声がピタリと止む。



 「でもさぁ……」



 何やら含みのある光を瞳に浮かべると、腰を屈め、叉夜の顔を上目使いに覗きこむ。



 「訳ありってんなら、あなたも同じ様なもんなんじゃない?こんな所に、こんな時間に、一人でいるんだもんね……?」



 そして、ゆっくりと叉夜の周りを歩き出す。クルクルと歩き回りながら、品定めでもするかの様な視線で舐めまわす。



 「ふむ……」



 ひとしきり回ると、叉夜の真正面でピタリと立ち止る。人懐っこそうな顔が、ひょいと叉夜の顔に突きつけられた。


 お互いの呼気がかかるほどの距離で、朱と琥珀の視線が絡み合う。



 「……興味、あるなぁ……」



 そう言って、ニコリと微笑む。年齢(とし)に似合わない、不思議な艶を含んだ笑み。



 「ねぇ、うちに来ない?」



 妙に甘い声が、そう切り出した。



 「今日ね、パパもママも、留守なんだ。いるのは、あたしと妹だけ」



 まるで恋する少女が、想い人を誘う様な響きを持った口調。言葉が紡がれる度、微かに甘い吐息が香る。



 「女の子が二人だけじゃ不安だし、ちょっと怖い。それに……」



 弥生の腕が、スルリと伸びる。



 「ここの夜は、一人で過ごすには寒すぎるよ?」



 細い指が、ツウ、と白い頬に触れる。



 「ほら、もうこんなに冷たくなってる……」



 両の手が頬を包み、眼前の顔をさらに引き寄せる。それは、もう少しで互いの唇が触れ合おうかという程の距離。



 「ねぇ、おいでよ。暖かいよ。話をしようよ」



 優しく、甘く、誘いかける。



 「………」



 けれど、当の叉夜はそんな弥生の誘いにも、顔に無表の仮面を貼り付けたまま。ただ、朱色の瞳だけが冷淡に、絡み付く琥珀の視線を受け止めている。



 「むぅ~~!!」



 そんな叉夜の態度に気をそがれたのか悪くしたのか、弥生の口調がコロリと変った。


 「あなたねぇ!!こんな美少女がこんなにあつ~くお誘いかけてんのに!!何さ!?その鳴いてるキチキチバッタでも見る様な態度!!失礼千万!!」



 そう言うと、いきなり叉夜のローブの中に腕を突っ込む。華奢な腕が、同じ様に華奢な腕をガシッと掴んだ。



 「言っとくけど、お断りは却下ですからね!!あなたはあたし達の秘密を知っちゃいました!!秘密を知った人を、このまま帰すわけにはいきません!!あなたに拒否権はないのです!!」



 かなり理不尽な理屈をまくし立てながら、掴んだ手に逃がしはしないと言わんばかりに力を込める。



 「さぁ、チャッチャッと歩きなさい!!」



 何時の間にか、恋する少女は帝国主義の憲兵に変ったらしい。

 叉夜が、溜息をつく。それを諦めの了承と受け取ったのか、弥生の顔に満足気な笑みが浮かんだ。



 「それ!!ゴーゴー!!」



 空では真円の月が、一部始終を眺めていた。呆れた様に、煌々と青く輝きながら。

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