異能科
「ったく、どいつもこいつも寄ってたかりやがって……」
未だ顔の赤みが引ききらないまま、シュウはミサと共に校舎に入った。
「別に隠してるわけじゃないし、そんなに恥ずかしがることないでしょ?」
シュウの顔を覗き込むミサの表情は、満足気な中にも少しの恥じらいが見えている。そんな二人を心で微笑みながら、クロウがその後に続く。昇降口に設置してある自動洗浄機で靴の底を洗い、靴を履き替えることなく、三人はいつもの教室へと向かった。
この学園は、大まかに分けて本館と別館の二つに分かれている。本館は職員室や各教室、別館は体育館や特別教室からなっている。その中でも本館の教室棟は、生徒達の所属科ごとに三つに区分されている。
所属科というのは文字通り、生徒達の所属する進学コースを指す言葉である。
まず一番生徒数の多い補填科。
勉学や実技において、苦手科目を克服することに重点をおいた科である。主に卒業C判定以上の取得を堅実に目指す生徒が所属している。総数六千人の生徒の中の約七十パーセント、実に四千人強の生徒がこの補填科に所属しているのである。
次に生徒数が多いのが向上科。
補填科とは正反対に、得意科目を伸ばすことに重点をおいている科である。この科は主に、卒業B判定以上の取得を目指す生徒が所属している。所属生徒数は総数の約二十五パーセントにあたる、約千五百名。ただし卒業判定は勉学と実技を含む総合力から判断されるため、毎年その半数はD判定やE判定を下されるという、一種の博打のような科なのである。
そして最後に、シュウ達三人が所属している科でもある異能科。
ファクティスに住む者達の中でも僅かしか存在しない、人に非ざる異能を持つ異能力者。これを発現した者、もしくはその才能が見られる者しか所属を許されない科である。生徒総数の約五パーセントにあたる三百名弱が所属しているが、実際に異能力を発現している者はこの中の一握りしかいない。
今までの傾向から見ると、約半数の卒業生がA判定を受け、残りの半数がB判定やC判定を受けている。
勉学や実技の総合力から判断される卒業判定なのだが、異能に関してだけは例外扱いとされている。これは、異能力者が持つ特異性と有用性をあらゆる企業が欲している、という現状を鑑みた上での判定なのである。
ゆえに、異能力者は憧れや嫉妬の的になっている。ファクティス全体を見ても、この学園の中を見ても、それは変わらない。
学園側からも生徒達の間でも、異能科の生徒は良くも悪くも衆目を集めてしまうのだ。
シュウはため息を一つ吐きながら、二階へと上がるエスカレーターに右足を乗せる。
「なぁ、なんか後ろから殺気を感じるんだが」
「目を背けたい公然たる事実を、大衆にまざまざと見せつけたシュウが悪い。大人しく彼らの呪詛を受けるといい」
この状況を楽しむようにクロウは微笑みながら毒を吐いた。
所属科を問わず、ミサに惚れている男子は多い。学園でトップレベルを誇る容姿と、色欲にまみれた男共の視線をどうしても独り占めしてしまう二つの膨らみを併せ持っているがゆえに。
さらに言えば。喜怒哀楽がハッキリとしており、周りに気配りもでき、女子生徒の間でも好まれる性格である、というのも好感度を増加させている要因である。
そんな衆目を集めてしまう中で、もはや公認カップルとなっているシュウとミサ。
その当然の結果として、クロウの言うように、シュウは大多数の男子生徒からの敵意を受けている。もちろん、陰湿ないじめなどがあるわけではない。しかし間違いなく、大多数の嫉妬が集中していることは確かなのだ。
「じゃあクロウ、また部活でね」
「ああ。また後ほど」
二階へ上がり終えた三人。クロウは異能科Cクラスの教室へと入っていく。シュウとミサはそれに続き、二つ隣の異能科Aクラスの教室へと入る。
ちなみに、異能科のクラスはAからCまでの三つしかない。AクラスとBクラスの生徒は、戦闘に適している異能を持つ者達。対してCクラスは、戦闘には不向きの異能を持つ生徒達のクラスである。
また、AクラスとBクラスとの間に能力差などの区別はなく、シュウとミサが同じクラスになったのは全くの偶然だ。生徒のクラス分けを担当した教師達が、二人の関係性を考慮したかどうかは分からないが。
「うーっす」
やる気が感じられない挨拶と共に、シュウは教室の引き戸を開ける。ミサもそれに続き、おはよう、と笑顔を振りまく。
「おー、お二人さん。おはよー」
二人仲良く登校するのが当たり前のこととして受け入れているクラスメイトは、いつも通りの挨拶でそれを迎える。
シュウは窓際の最後列から二番目、というなかなかに好ポジションの自分の席にバッグを置き、男子数名の群がりに溶け込む。
ミサの席はシュウの後ろ、つまり窓際の最後列。シュウと同様に席に向かい、バッグを机の横に掛けた後に女子達の中に入っていった。
「一時限目なんだっけ?」
シュウは欠伸をしながら、座席に座っているクラスメイトに問う。
「えっと……。二クラス合同の実技体育」
「げっ、朝イチからそれはキツいなー」
開けた窓の窓枠に座るクラスメイトがそれに答え、
「まぁ今日の天気ならまだマシだろ」
机の上に座ったシュウもそれに続く。
雲一つない青空と、いくらか眩しさの抑えられた太陽が生徒達を照らしている。
西暦二七〇五年、四月下旬。気象庁の今日の気象設定は晴れ。
当たり前のことを当たり前と受け入れるシュウは、再び出そうになる欠伸を噛み殺しながら、一時限目の実技体育のために着替えを始めた。