第2章ーフリージングの変異種ー 後編
3.
「もう、本当にユニアはどこにいったのかしら?」
辺境都市アルケイストのアルタスク本部前。
「今レイナさんが確認取っているから、もう少し待とうよ」
そこでキア、アクル、リートはある意味、途方に暮れていた。というのも、レックスを追ったユニアを探していたのが、人混みに紛れて見失ってしまった。
このまま闇雲に探しても時間が過ぎるだけ。そう判断したレイナはアルタスク本部へ行くことを提案した。レックスの目的地はそこである事と、異変があればそこに集められる事が多いからだ。
とりあえずアルタスクマスターであるハーウェルンに話をつけるため、レイナが本部へと入り、3人は待機している状態だ。
「あっれー?キアたちじゃんか!どしたどした?こんな所で」
と、明るい声に3人は顔を上げた。
「あら、アーミルじゃない」
キアたちと同じミストラル学園1期生のアーミル・ラフォードが、両手に荷物を抱えてこちらへやってきているのが見える。
「知り合いちゃんかしら?」
アーミルの隣には、ウェーブのかかったパープル色の髪を靡かせ、ロングドレスにアーミルの倍の荷物を軽々持つ女性らしき人物。盛り上がっていない胸の代わりに、腕はまるで男性のように筋肉が盛り上がっている。
「同じミストラル学園の仲間ですよー。ハインさん。キアとアクルとリートです」
「そう、フフフ。宜しくね。小鳥ちゃん」
ハインはウィンクをして3人は軽いお辞儀で返す。
「で、どしたわけ?」
「それは……」
「あら、珍しい登場ね」
キアが事情を話そうとした時、ハインは空を仰ぎ見た。それにつられ、キアたちも空へ視線を上げる。
……トンッ。
空から舞い降りた赤髪の青年と、その青年に抱えられている銀髪の少女。それは、キアたちが探している人物であり、ハインもまたよく知る人物でもあった。
「久しぶりね、レックスちゃん」
ニッコリ笑うハインに対し、レックスの顔は暗い。
「また、無茶をしたわね?」
「……ハーウェルンにも報告する」
目敏くレックスの異変に気付いたハインの言葉に、レックスは踵を返した。
「えっ?あの、レックス君?」
「待ちなさいよ、レックス!ユニアをどうするつもりなの!?」
そうキアが呼び止めるも、目を瞬かせるユニアを抱きかかえたまま、レックスはそれ以上何も言うことなくアルタスク本部へと入ってしまった。
「キアさんを無視するとはなんという奴なのだ!」
「ほらほら、あたしたちも行きましょ。学園生ちゃんたち?」
憤慨するリートを押して、ハインもまたレックスに続いた。
アルタスク本部内にきらびやかな装飾は一切ない。白の壁と床。必要最低限の明かりとロビーの左右に個人の研究室へと繋がる道と中央を突っ切ってある共同用の研究室があるのみで、皆ぶつぶつを呪文のように呟きながら忙しなくあちこちへ行き来している。
「うわぁ……!」
「うっ……」
それを見たアクルとキアは真逆の反応を示した。
「あらっ?アクルちゃんは"研究生"だったのかしら?」
「あっ、はい。まさか本部内を見れるとは思いませんでした」
学園には3つのクラスが存在する。
1つは"特待生"。これはギルドを目指す者たちのクラスであり、主に実戦や魔層に関する知識を中心に学ぶ。キアやリート、ユニアがここに属している。
1つは"一般生"。オルガドを目指す者たちのクラスであり、主に経済や物質の知識などを学んでいる。アーミルが属しているのもここである。
そして"研究生"。アクルが属するクラスであり、魔物の知識、分析力に加え、魔層にある罠解除法などを学ぶ事が出来る。
「私には頭が痛くなる光景ね……」
「キア、大丈夫?どっかで休ましてもらう?」
アーミルの提案にキアは感謝をしつつもやんわりと断った。キアの視線の先にはレイナとハーウェルン、そしてレックスが立っている。
その3人の張り詰めた空気に萎縮して、ユニアは下ろして、という言葉が出せないでいた。
「フリージングの泉付近の薬草は全滅。代わりに、ウンディーネの変異種が居座っていた。……どう思う?ハーウェルン、レイナ」
近付いてくるハインにも聞こえるように、やや大きめな声でレックスは端的に報告した。レックスに問われた2人の表情は厳しいものだった。
「まさか、そんなこと……」
「これは直ちに会議を開かねばならん。ハインシュタインもいるのだしな」
ハーウェルンに促されるように、レイナは振り返った。その後ろにいるキアたちにも気付いたが、何も言わなかった。
「あらあら、良くない事でもあったのかしら?」
手にしていた荷物はいつの間にか消えて、ハインは笑顔で頬に手を当てていた。
「そっか、ハインも学園の依頼受けているんだもんね。ハーウェルン、今日の分が終わったら話そうか」
「ダメよ。レイナちゃん」
しかしレイナの案に、ハインはバッサリと切り落とした。
「少なくとも1日は待ちなさいな。今は、もっと急を要するものがあるわ」
そう言って、未だアルミスティアを顕現させたままのレックスへ視線を移す。
「レックスちゃん、アルミスティアをしまいなさいな」
端から見れば優しい笑顔だろう。だが、その目が据わっている事に、レックスは気付いていた。
「……………………」
それでもレックスは無言の拒否を示す。
「安心なさいな。2人同時に見てあげるわよ」
「あの……レックス君…………」
ユニアの声を聞き流し、睨み合いを続け、やがてレックスはため息を溢す。
「……場所」
「貴方の部屋で充分よ。すぐに精製しちゃうもの」
抱きしめてあげる、と言わんばかりにバッと両手を広げたハインを一瞥し、レックスは再びレイナと向き合った。
「レックス!ユニアをどうするつもりなの!?」
だが、レックスが二の次を紡ぐ前にキアに肩を掴まれ、半ば強引にそちらへと向き直される。
「はえぇぞ、レックス!」
「全く、せっかちだな」
と、そこへ駆け込んできた2人の男。ギルド特注の赤いコートを身に付けている事から、ギルドの一員だと見て取れる。
「あら、ゼウスちゃんにリオンちゃん。……貴方たちには後でみっちりお説教してあげるわ」
ハインの笑顔のその後ろに、鬼の姿が見えた2人は思わず背筋をピシッと伸ばした。
「っ……はぁっ……!」
レックスは吐息を漏らしてぐらりと身体をふらつかせる。が、倒れる前にたたらを踏んで堪える。
「っ……!」
その顔は青ざめ、よく見れば肩や手が細かく震えていた。それでも荒い息をしないように耐えているのを、キアはようやく理解した。
「ちょっ……何があったのよ!?」
「……変異種の毒か」
言葉を出せないレックスに代わり、ハーウェルンがその答えを出した。
「ウンディーネの毒は非常に強力。いくら強いレックスちゃんでも、アルミスティアの恩恵が無ければ今頃は動けなくなっているわよ」
ハインの観察眼に、ハーウェルンは肩をすくませながらも首肯する。
「だから、あたしが解毒薬を精製するの。アーミルちゃん、申し訳ないけど、今日の授業はここまで。あたしはすぐに精製始めるけど、先にレックスちゃんを部屋まで送ってくれるかしら、レイナちゃん?」
ハインのお願いにレイナは力強く頷いた。
「うん。ユニア、君がレックスをベッドまで連れてってほしい。彼の者を誘え導け。テレポート」
「!?」
「えっ、あのっ!?」
驚く2人の意見など聞く前に、対象者を任意の場所まで転移させる転生魔法テレポートを発動させる。レックスとユニアは、足元から現れた光に吸い込まれるように、その場から姿を消した。
それを見届けたハインは身を翻してアルタスクの右手側の通路へと駆け出していった。
「また儂の研究室を使うつもりか」
ハーウェルンの愚痴は最早ハインには届かない。
「オレらもやることねぇか。じゃ、ガキどものお守りは任せとけ!」
「なっ……!私たちはガキではないのですがね!?」
ゼウスの言葉に、リートはカチンと反論する。が、ゼウスは全く聞く気はないようで、大笑いしながらリートの頭を力任せに撫で回す。
「レイナはハインの手伝いを。ハーウェルン、僕からウンディーネについて、もう少し詳しく説明するよ」
早口に申し立て、白衣を翻したハーウェルンに付き従うようにリオンはアルタスクの奥へと消えていった。
「じゃ、ゼウス。この子たちをお願いね。彼の者を誘え導け。テレポート」
キアたちを強制的に首都ミッセリアへと送り返し、レイナはハインの手伝いをするために、ハインの後を追うのだった。
レイナのテレポートによって、ミッセリアにある自室へと戻った瞬間、レックスはガクン、と膝を付いた。
「はぁっ……はぁっ……!」
視界が歪み、手足の感覚が無くなっていく。
あの毒が含まれた水の珠を全身で浴びたのだ。皮膚から体内に侵入した毒は血流を利用して瞬く間に全身へと駆け巡る。
それはまず、寒気を強く感じるようになる。次に手足の痺れが起きる。呼吸が荒くなり、急激な眠気と手足の痺れさえも感じなくなってくる。
「ちっ……」
重くなっていく身体を残る気力で奮い立たせる。
「レックス君、下ろしてください!――くしゅん」
抱えられたままのユニアは再びくしゃみをする。ユニアもまた、ウンディーネの毒に侵されていたのだ。せめてもの救いか、長時間触れていなかったのと、水で濡れた服をすぐに脱いだために、レックスよりも軽い症状で済んでいた。
「…………」
だが、下りようとして暴れるユニアを腕の力だけで抑え込み、レックスは寝室へと歩き出す。
「レックス君!?」
寝室への扉を開け、レックスはユニアをベッドに寝かせる。無論、ユニアはすぐに起き上がろうとするが、力尽きたようにレックスがその上へと倒れた。
ユニアはもがきながら、下敷き状態から抜け出ると、今度はレックスを引き寄せてきちんとベッドに寝かせる。この時には既にレックスは荒い呼吸を繰り返していた。
「まだ……武器を持ったまま――?」
右手に握られたアルミスティアを見つめ、ユニアは目を見開いた。今のレックスは意識を失っていると見ていいだろう。それでもアルミスティアを手放さないのは、余程の意思であると言える。
「っ……」
一瞬、苦しそうに顔を険しくするレックスを見て、ユニアはまずは武器を手放させるべきだと考えた。
「っ――ひゃあっ!?」
ユニアがアルミスティアに触れた瞬間、ユニアの視界は反転した。
「………………い、らん」
気を失っていると思っていたレックスによってユニアは押さえられていた。荒い息でそれだけ伝えたレックスは、ベッドに倒れ込んだ。
「うご、くな。……毒が…………っ……回る、ぞ」
「でも…………くしゅんっ!」
ふと手を見れば、カタカタと震えていた。寒いのに、暑い。そんな対極の感覚に、ユニアは呼吸が荒くなってくる。
「どうすれば……」
その瞬間、第三者の乱入によって扉が開かれた。
「出来たわよ、レックスちゃん!ユニアちゃん!」
入ってきたのはハインとレイナ。その手にはコップが1つずつ握られている。
「……アルミスティア」
大股で近付いてくるハインへ、レックスはハンマーとなったアルミスティアを叩き付けた。
「いやんっ!」
野太い声で悲鳴をあげるハインなど気にせず、ハインからコップを奪い取る。
「ユニア、これを」
一層顔を険しくさせるレックスを見つつ、レイナからコップに入った無色透明の液体を受け取った。
「……うっ」
一口付けて、ユニアは飲むのを躊躇った。
「全部飲んで。じゃなきゃハインに無理やり飲まされちゃうから」
レイナに促され、ユニアは目をギュッと閉じて一気に飲み込んだ。口の中に広がる苦みに、ユニアの気分は沈んだ。
「はぁっ……はぁっ……!」
肩で息をするレックスはアルミスティアを再び剣の形に戻して踵を返す。
「痛いじゃないのよん!」
ハインの文句を無視して、レックスは寝室を出ようとしていた。
「レックス!?」
だが、数歩進んだ所でその身体は大きくぐらついた。
「んもぅ、せっかちね」
その身体をハインが受け止める。レックスに抗うほどの力はなく、荒い呼吸を繰り返すばかり。
「睡眠薬を含ませて正解ね。レックスちゃんはそこのソファーに寝かせておくわね」
「ダメ、です!レックス君が…………っ」
「ユニア、君も無茶しちゃダメ。あの子なら大丈夫。さっ、横になって」
毒の影響で、視界が揺らぐ。そんなユニアをレイナは優しく触れて横にさせる。まだ何かを言いたげなユニアだったが、意識を保てるほどの力は残ってはいなかった。
「……にしても、不思議よね」
レックスをソファーに寝かせ、布団をかけるハインはポツリと呟いた。
「ユニアも寝たよ。……どうしたの?」
布団をかけ終えたレイナの声に振り返ったハインはニッコリ笑ってレックスを指差した。
「どうしてこの子は、武器を抱き枕にしちゃうのかしら」
その手に握られたアルミスティアを見つめ、ハインはため息を溢す。それにレイナは肩をすくませる他なかった。