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孤高の龍  作者: エルフェリア
第1巻【始動】
5/30

第2章ーフリージングの変異種ー 前編

   1.



   +゜*。+゜*。+゜*。+゜*。+゜*。



 燃え盛る炎。肌に焼き付くにおい。昨日まで晴れていた空は、真っ黒く塗りつぶされていた。

「はぁ……はぁ……」

 行けども行けども炎は潰えない。迫り来る炎。もう、ダメだ。そう思った時。

「大丈夫か!?」

 炎を断ち切り、1人の青年が現れた。炎にも負けないほどの鮮やかな赤髪の青年は、自分と同じ髪の少年を抱き上げる。

「兄さ…… 」

 兄に会えた安心からか、少年は青年に顔を押し付ける。そんな少年を抱えたまま、青年は走った。

「はっ!」

 青年は強かった。時折迫る魔物から少年を守りながら確実に倒していった。だが、その数は減らない。むしろ、より増えている。

「長老様!」

 やがて青年と少年はある家の前に辿り着く。辺りは焼け落ちていく家々がある中で、その家だけは被害を免れていた。

「お主ら、無事だったか!」

 複雑な陣の上で精神を集中させている老人の代わりに隣に立つ男性が2人に駆け寄った。

「長老様が結界を張っておられる。早く中へ」

「いえ、私は魔物を掃討致します。弟をお願いします」

 駆け寄った男性に抱えていた少年を渡すと、青年は踵を返し、再び炎の中へと消えてしまった。

「兄さん!」

 少年の叫びは遅く、青年が答える事はなかった。

「やだっ、俺も行く!兄さんの手伝いする!」

「無理だ、数が多すぎる。お前を守りながらではあいつも戦えない」

 駄々をこねる少年を結界の中へ連れていく。少年がいくら手を伸ばしても、兄に届く事はなかった。

 それが兄に触れた、最後の瞬間だった。



   +゜*。+゜*。+゜*。+゜*。+゜*。



 トントントン、と包丁のこきみよい音が部屋に響く。隣にはコトコトと煮込む音。既に幾つかの空の皿と脇に置かれたサラダたち。

 刻んでいた野菜を溶いていた卵の中に放り込み、しっかりと混ぜこんでいく。それをバターを溶かしたフライパンの上に落とす。半熟状態になったらライスを入れ、慣れた手つきで閉じていく。それを皿の中心へ崩さないようにそっと乗せ、脇に置かれたサラダを周りにあしらってやる。その動作を残り6回分繰り返して。

 煮込んでいた鍋に調味料を加えて、コップに注いでいき、そのコップをサラダと半熟オムライスの隣に添える。

 イチゴを加えて固めていたゼラチンを粉々にして、容器の底に敷いていく。その上にクッキーを乗せ、アイスを被せる。もう1度ゼラチン、クッキー、アイスを乗せて、飾り付けに半分に切ったイチゴをぐるりと容器の縁に沿って囲んで完成。

「レックスの部屋だけど、入って入って~。すぐに朝ご飯の――ってうわっ!?」

 ノックも無しに扉が開かれ、栗色の髪の女性がずかずかと侵入する。そして朝食の準備をほとんど終えた青年と目が合った。

「――おはよう、レイナ」

 盛り付けを終え、テーブルへと運びつつ挨拶を1つ。

「あ、うん。おはようレックス――じゃないよ!?」

 ノリで挨拶を返すレイナだったが、すぐに思い出し、突っ込みを入れる。

「君、探索もう終えたの?お昼までかかるかと思ってたんだけど」

「お前に料理をやらせるわけにはいかない」

 刹那、レックスとレイナの間を火花が散った。

「私の手料理、食べた」

「絶対にもう2度と食いたくない」

 殺気も含ませてレックスはレイナの言葉をピシャリと遮った。

「むぅ~……」

 頬を膨らませるレイナを無視して、最後の一皿をテーブルに乗せる。

「レイナさん、どうかしましたか?――あ」

 その時、ひょっこりと顔を出した少女たちと目が合った。

「えっと、おはよう、ございます」

「……あぁ」

 ケープを羽織る銀髪の少女――ユニアに素っ気なく返す。

「あの、昨日は本当にありがとうございました」

 深々とお辞儀する少女に背を向けて、レックスは1人離れた場所に座った。

「やれやれ、照れ屋だな。君は」

「いただきます」

 レイナの落胆にも似たため息を無視して、レックスはオムライスを食べ始める。

「じゃあ皆、朝ごはんもあることだし、食べながら自己紹介を済ませようか」

 部屋の入口で迷っているユニア達の背を押しながら、テーブルに並べられた料理へと駆け寄っていく。

「まずは私たちから、だね」

 ユニア達を座らせて、オムライスを一口口にしてから、レイナは切り出した。レックスへアイコンタクトを送るが、受け取るだけ。

「私はレイナ・リベリベル。現在のギルドを統べる『ギルドマスター』をやっています」

 レックスの態度に肩をすくめつつ、レイナは胸に手を当てて、ニッコリと笑った。

 世界三大機関の1つ、魔物討伐を担う『ギルド』の頂点に立つのは必ず、世界最強の人物である事が代々受け継がれている。人々はそんな『ギルド』の頂点に立つ人物を『ギルドマスター』と呼び、憧れや希望の象徴としているのだ。

「それで、この子がレックス。ルシルド大戦中に出逢って、それからずっと一緒にいるんだよね」

 ルシルド大戦で故郷を失った者は多い。レックスもそんな境遇の1人なのだと、レイナはざっくりと紹介した。

 ちなみに紹介された本人は、既にオムライスを食べ終えて、立ち上がろうとしていた。

「あの、待ってください。彼は学園に通っていないのですか?」

「えぇ。だって彼、強すぎますから」

 ティスの質問に、レイナは当然のように言い返す。それに反応を示したのは前衛役の2人だった。

「なっ……」

「あのくらい、私たちでも出来るようになりますわ」

 カチャカチャと食器を洗う音と共にレイナは笑って、あり得ないというように手を振った。

「無理無理。だってレックスは、私より強いもの」

 部屋がシン……と静かになる。だがそれはすぐに食器を片付ける音によって破られる。

「冗談です、よね?」

 破られた静寂で声を発したのはティス。レイナはティスを見据え、笑顔を崩さずに言い放った。

「冗談を言う理由がどこにありますか?」

「では、彼が『ギルドマスター』になるようなことは、あるのですか?」

 同い年であるはずの存在が、最強の称号を手にするかもしれない可能性に、リートの声が僅かに上ずる。

「本人にやる気がないので。ですがレックスももう17歳。今度行われる『還誕祭(かんたんさい)』にて、ある称号を授与するつもりです」

「そんなもの、いらん」

 話に加わらなかったレックスがいきなりピシャリと言い切った。

「それに、その祭りには参加しない。やるならお前たちで勝手にやれ」

「あんた、還誕祭に参加しないの!?」

 驚いた様子でキアが立ち上がった。

 『還誕祭』とは、10年前のルシルド大戦終結を祝い、そして還る事が出来なかった人々を追悼するために行われる行事。世界三大機関の各頂点が集い、また各地にいる王族や貴族も集まってくる。さらに町では人々が騒ぎ、その様はまさに祭りのよう。

「勿体ないよね~。美味しい料理も食べ放題なのに」

「で、でもこのお料理も作り方を教えて欲しいくらい、とっても美味しいです」

 少し恥ずかしそうにオムライスを口にするユニアを見たレイナはキュンと胸が鳴った。

「かっ……かわっいい!!」

 ガシッとユニアを羽交い締めにしたレイナが頬をスリスリさせる。

「ひゃぁっ……くすぐったい、です……!」

「……………………」

 暫くその光景を眺めた後、レックスは無言でレイナに近付いた。

「君もユニぐはぁっ!?」

 ぱぁっ、と顔を輝かせたレイナの頭を鷲掴みし、力を加えていく。

「いた、痛い、痛いよっ!?いたたた!?」

「……嫌なら魔法で飛ばせ」

 鷲掴みしたまま、レックスは解放されたユニアに助言する。

「はうぅ……って、えっ!?」

「酷いじゃないか、レックス!!」

 レックスの鷲掴みから逃れたレイナは、レックスへ掴みかかる。それをひらりとかわし、レックスは部屋の外へと向かう。

「そいつらの用事が終われば呼べ。町にはいる」

「クロイド遺跡にはこもらないのかい?」

 レックスの言葉にレイナは首を傾げて聞き返す。するとレックスからは深い、ため息。さけずむような憐れむような呆れるような目を向けられる。

「今日は"納品日"だろう」

 その言葉に思考を一時停止するレイナ。それは、レックスのためだけに設けられた決まり事だった。

「納品日?」

 アクルの反芻する声に、レイナは曖昧に頷いた。

「あ~……、えっとね。レックスは収集依頼を基本受けないんだ。というか、収集しすぎてしまうの」

 収集しすぎた戦利品(ドロップアイテム)は、依頼とは別に換金所にてお金にできる。それはユニア達も知っている一般常識だ。

「換金所で換金できる額を遥かに越えるものだから、収集専用の魔道具に集めてもらって月に1回、アルタスク本部で回収して貰っているんだ」

 換金所に集まった戦利品もまた、アルタスク本部や支部へ送られて研究材料として使われていく。そこもまた一般常識と同じである。

「レックスが収集するものはレア物も多いの。だから、今ある依頼で必要なものを私が判断、回収して残りを研究所に渡している。それを行うのが今日だった、ってこと」

「……だった?」

 レイナの最後の言葉に、レックスは冷たく反応した。

「だって、改めてこの子たちと魔層(ダンジョン)探索しないと。彼女たちの正確な評価を測れないと留年扱いになるもの」

「無駄だろ、それ」

 見下すようなため息を思わず溢す。

「んなっ……!?」

 立ち上がりかけたキアを歯牙にもかけず、レックスは続けた。

「そもそも、作戦も情報収集も雑すぎる。魔法に頼った戦い方は術者にばかり負担がかかる上に攻略にも時間がかかる。ゴブリンどもはアクルが地面を隆起させれば統率は崩れるし、オークはフェイントに弱く、心臓や腕より足を狙う方が簡単で動きを奪える。ユニアがいなくとも、リートの光属性とキアの雷属性を組み合わせた攻撃で目眩ましも動きを止めることも可能だ。ユニアも魔法を放つならもっと魔力を外に漏らさず、狙われやすい高台から離れるべきだろうし、リジェネレイトはオークスリーダーと対決する前に予めかけておくべきだろう。帰りの体力温存も考えずに突っ走りすぎているのもどうかと思えるしな」

 一気に。一気にまくし立てられ、全員が口を結んだ。

「…………レックス」

 その静寂を最初に破ったのはレイナだった。

「なんで君はユニアたちの名前を知っているの?」

 まだユニアたちの自己紹介は一切していない。にも関わらずなぜ知っているのか。それはレイナの素朴な疑問だった。

「勝手に自己紹介されただけだ」

 ――それに君は答えなかったんだな。

 そんな眼差しが刺さってくるが、レックスは素知らぬ顔で受け流す。

「……まぁいいか。とりあえず、この子たちがご飯、食べ終えたらもっと詳しい評価を聞かせてくれないかな?」

 そのレイナの一言で、レックスは昼までレイナに捕まってしまった。



「……で、なんだこのメンバーは」

 昼食は外で食べようか、と半ば強制的にレイナに連れられたまでは、たまにある行動なので慣れてはいた。しかし、アルタスク本部がある辺境都市アルケイストで、ユニアたち4人組も一緒というのはどういう事だろうか。ちなみに、ティスはミストラル学園へ報告するためにレックスたちと別れている。

「たまには大勢で。君はもっと交流を深めるべきだ」

「…………ユニア」

 その笑顔の奥底に隠れた真意を感じ取ったレックスは、1番近くにいたユニアに、黒いカードを手渡した。

「レイナに渡すな。後は勝手にしろ」

「え?え?」

 渡されたカードの意味が分からず、ユニアはカードとレックスを交互に見比べた。

「待、ち、な、さ、い」

 さっさと退散しようとするレックスのマフラーを掴み阻止する。

「君は協調性を学びなさいな。いつまでも1人でなんて、出来ないよ」

「知ったことか」

 プクーッと頬を膨らませるレイナを一瞥し、レックスはレイナの手を払いのけて人混みへと消えていった。

「あの……レイナさん」

「ごめんね、レックスが迷惑をかけたお詫びも兼ねていたけど……私たちだけで食べようか」

 クルリと身体を回転させて笑顔を見せるレイナ。それに戸惑いを見せるユニアたちの背中を押してレックスとは違う方向へ歩き出す。

「お詫びなんて……私たちもまだまだ弱いって分かっていますから……それに、このカードは…………?」

「それ、レックスのお金。せっかく残したものは使わないとね」

 その一言に、ユニアはサァッと血の気が引けた。

 この世界のお金は銀貨、金貨が主となっているが、ここ最近はカードを使っての買い物が主流となっている。カードに刻まれた魔法陣を読み取る事で個人金庫のお金で支払いを済ませるものだ。一般は名前入りの白銀製。だが、レックスのは名前が無い黒いカード。

「か、返してきます!」

 無くしたりすれば悪用されること必死。ユニアは人にぶつかりながらもレックスの後を追った。



「ハーウェルン」

 アルタスク本部の最高責任者の名をレックスは呼んだ。

「遅かったな」

 目が隠れる程のボサボサ頭をこちらへ向け、早くしろとばかりに手を突き出した。

「レイナに捕まった」

 右耳に着けていた紫色の宝石をハーウェルンへ手渡しながらレックスは答えた。ハーウェルンは研究服を翻し、近くにある装置の中へ入れる。

「ギルドで必要なものはレイナに聞け」

「分かっている」

 ハーウェルンが装置を起動させると宝石は輝き、それは形を作り出していく。爪、牙、宝玉、七色の結晶等々……大小様々な戦利品(ドロップアイテム)が取り出されていく。

「また随分と狩ったな」

 装置の外へ放り出される戦利品の量にハーウェルンはため息混じりに言った。

「選別には時間が掛かろうな。町にでも繰り出してみたらどうだ?」

 ハーウェルンは戦利品の質を見極め、良質なもの、普通のもの、種類別に次々と選別していく。

「クロイド遺跡に手負いのガーゴイルが紛れ込んでいた」

 しかしレックスは退出することなく淡々と告げた。

「何?」

 レックスから返ってきた言葉に、ハーウェルンは選別する手を止めた。

「……仲間を、と言っていた。何かに襲われたのかは分からなかったが」

 ハーウェルンの様子を見ると、知らなかったようだ。

 アルタスクマスターであるハーウェルンは、魔物研究の第1人者であり、こういう魔物に関する情報収集は速いので有名であるにも関わらず、だ。

「ふむ。何者かが仕留め損ねたか?いや、しかし手負いにすることが出来るなら仕留められたはずだ。どの辺りで見たのだ」

 ガーゴイルはそこそこ強い部類に入る。そのガーゴイルを手負いで逃がす者など、そうそういないと考えるのが普通。

「最奥の少し手前。あの壁画を過ぎた所だ。それまで、痕跡は無かった」

 もう1つの疑問。レックスが発見するまでガーゴイルがいた痕跡が無かった事。ガーゴイルの血痕も、何も無かったのだ。

 可能性としては、ガーゴイルがクロイド遺跡に迷い込み、そこで仲間をやられたか。または、別の場所で襲われ、クロイド遺跡へ飛ばされたか。

「儂らの問題ではないのは確かだな」

 どちらにせよ、情報が足りな過ぎている。分かると言えば、その程度の事だ。

「ギルドの問題でもなさそうだな。あの時、学園の試験を行っていたからな」

 ユニアたちの反応を思い返し、学園生では太刀打ち出来ない相手がいる場所へ送り出すほどレイナは抜けていない。

「ふむ……。レックス、町へは繰り出すな。代わりにフリージングの泉へ繰り出せ」

 思わぬ場所に、レックスは聞き返した。

「薬草が多く取れる、あの泉にか?クロイド遺跡と同等の場所だろう」

 しかし、ハーウェルンは至って真面目に頷いた。

「だからこそだ。同一レベルの魔層(ダンジョン)でも異変が無いか、調査をする必要があろう」

 似た場所で異変があれば、それは人為的要因である事が高くなる。

 なぜなら魔物は同族以外との連携は苦手としているし、魔層であればなおことテリトリーが存在している。下手をすれば魔物同士の争いに発展しかねないからだ。

「確かに、そうだが……」

 言い淀むレックスへ、更にハーウェルンは新たな情報を提示する。

「それと、ここ最近"変異種"が異常発生している」

 変異種。それは、魔物が通常とは異なる姿へと変貌する事だ。威力も知能も上がり、攻撃パターンがより複雑化する。更には見た目の変化を変えることも出来る変異種もいる。

 通常の魔物を討伐しようとした1団が1体の変異種に出会い、全滅した。等は稀に聞く話だ。

 しかしながら、変異種の出現事態が稀であり、今もその発生のメカニズムは分かっていないのが現状である。

「…………分かった」

 戦利品の取り出しが終わった宝石を返して貰い、早速レックスは踵を返す。フリージングの泉はここから近い。急いで向かえば夜には帰ってこれるだろう。

「あ、ついでで構わん。フリージングの泉の薬草の採取も頼む」

 ハーウェルンは完全に止めてしまっていた戦利品の見極めに没頭し始めた。

「…………ったく」

 後ろ頭をかきながら、改めてレックスはフリージングの泉へと向かった。

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