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孤高の龍  作者: エルフェリア
第1巻【始動】
4/30

第1章ー遺跡探索者ー 後編

   3.


「勝った……の……?」

 未だ槍を構えたまま、オークスリーダーを見つめるキア。

「……うん。元素解離を始めている。僕たちの勝利、だよ」

 この戦いの勝者は、ユニアたちだった。その戦いの様を見届けたレックスは、じっとオークスリーダーとユニアたちを見つめていた。

「私たちの力の差を見たかね!」

「リート君、治療してるから動かないで!」

「すみません!ユニアさん!」

 自分の傷はそっちのけでユニアはリートの治療に専念し、アクルはオークスリーダーの戦利品(ドロップアイテム)であるオークスリーダーの角を拾い上げ、その角についてキアが尋ねている。

「………………」

 ――あれは、無効化された。

 キアたちにとっては、オークスリーダーが限界を越えて身体強化したように見えただろう。だが、実際は違う。あの突風が、オークスリーダーに掛けられていた雄叫びの効果を無効化した。そのために、最後の雄叫びは身体強化が付与されたのだ。

「あ、そういえば。探索者さん!」

 どうやらユニアの治療を受け終えたアクルもそう呼ぶことに決めたらしい。レックスに駆け寄りつつ、角を腰に提げていた袋に入れていた。

「さっきはありがとう、助けてくれて。お陰でみんな無事だったよ」

 レックスは驚き、一瞬の逡巡の後、大きくため息をついた。

「……悪いが、俺じゃない」

 アクルにさらに問われる前に、レックスはクルリと背を向けた。

「どういう意味よ、それ」

「待って、誰か倒れてるよ?」

 レックスの向かう先に1人の少年が倒れているのが見えたユニアは、小走りでレックスの後を追った。無論、キアたちも気になるので近付こうとして、

 ――バチッ!

「きゃあっ!?」

「キアちゃん!?」

 キアの悲鳴にユニアは思わず振り返る。キアの目の前には、青白い電気が散っていた。

「何よ、これ」

「こいつの結界、みたいなものだろう」

 キアの疑問に答えたのは、少年の隣に立つレックスだった。

「聖魔の森の時も、この結界で魔物を退けていた」

「聖魔の森……?あの、魔物がいないって有名な魔層(ダンジョン)でもその子がいたの?」

 アクルの問いかけに、レックスは頷いて肯定した。

「……声が聞こえたから、か。もしくは、別の理由か……」

「あ……」

 改めて、ユニアはキアたちの方へと振り返る。キアたちよりも少年の近くにいるユニアは、結界に阻まれていなかったのだ。

「どうして……」

 その問いかけに答えることなく、レックスは膝をつき、少年の首に手を当てた。脈打つ感覚が手から伝わる。天井を仰ぎ見て、レックスははたと首を傾げた。

 聖魔の森では少年に触れただけで結界は割れる音と共に解けた。今回も同じと思ったが、どうやら少し違うらしい。

「ユニア」

 少年から手を離し、ユニアの名を呼ぶ。

「は、はい!」

 緊張した面持ちで、ユニアはピシッと背筋を伸ばした。

「こいつに触れてみてほしい」

「え……?」

 何を言われたのか、一瞬分からず、ユニアはポカンと立ち尽くす。

「それでこいつの結界は解けるかもしれない」

 少年を指差したまま、レックスは憶測を口にする。

「あ、はい!」

 ユニアは少年に近付き、 レックスの隣に座ると、そっと少年の頬に触れた。

「っ!?」

 びくんっ、と肩を震わせて、ユニアはぐらりとレックスにもたれかかった。刹那、少年の結界は空気を割る音を立て、崩れ去った。

 ユニアを受け止めつつ、レックスはしっかりとユニアを呼ぶキアの声と駆け寄る音を聞き取っていた。

「ユニア、どうしたのよ!?」

「……あの時と同じなら、力を奪われたんだろう」

 レックスは深呼吸を繰り返しつつ、今にも掴みかからんとする形相のキアを見上げた。

「力を……?ユニアは無事なの!?」

「待って、キア!」

 そんな様子のキアを掴んで止めたのはアクルだった。

「探索者さんも、ですね?」

 アクル自身も動揺しているが、レックスの顔色が僅かに曇っているのを見逃すほど、冷静さを失ってはいなかったのだ。

「あの時より軽い。だが、伝えるべきだったのかもしれないな」

 もたれかかったまま気を失っているユニアに目を落とす。甘く見ていた結果に、思わずため息が零れ落ちた。多少の気だるさはあるが、たいした問題ではない。

「命に関わるような事じゃないが、暫くは目を覚まさないだろう」

「……ユニア無しでの脱出、か」

 先程の戦いでもそうだったが、ユニアは回復を任されているようだった。回復役がいることで、魔層での生還率は格段に上がり、倒れれば全滅するリスクが高まる。

「ゴブリンなら私とキアさんで捌けましょう。しかし、オークが現れれば、持久戦になるでしょうね」

 元々オークはユニアの魔法で仕留める作戦しか練っていない。2人がかりでなんとか撹乱できていたのだ。おそらく、最後の一撃を浴びせる前にこちらがやられてしまうリスクがある。

「……いや、持久戦にはならない」

 ユニアを片手で抱き上げて、もう片方の手で少年を肩に担ぎ上げて、レックスは立ち上がった。

「これは俺の落ち度だ。彼女が目を覚ますまでの間は、俺が代わりに戦おう」

「……その状態で?」

 両手が完全に塞がっており、回避もままならない状態で魔物と戦おうとするレックスに、全員が絶句した。

「その気になれば、アルミスティアも扱える。魔法も、『転生魔法』以外は習得しているしな」

 人が扱う魔法には、大きく分けて3つの系統に分けられている。

 1つは『攻撃魔法』。その名の通り、攻撃するための魔法である。ガーゴイルが使ったデモンススライサーやユニアが使ったインブエンスブレイクが挙げられる。

 1つは『防御魔法』。敵味方、双方の身体変化をもたらす魔法や、物理や魔法攻撃を軽減、反射させる魔法、ユニアが使ったリジェネレイトのような治療効果を持つ、所謂回復魔法もまた、これに当たる。

 最後の1つは『転生魔法』。転移、時空の歪曲を主とする魔法であり、習得するには転生魔法を扱う資質が大きく左右する為、行使できる者は限られている。

「最も、ここの魔物は弱すぎるけどな」

 その言葉に、カチン、とキアの心に火が点いた。

「ふーん。勝手にすればいいわ。やられるのは私たちじゃないもの。でも、ユニアに傷1つでも付けたら一生許さないわ」

「分かった」

「いや、しかし……」

 せめてどちらか1人は代わりに持とうとするリートだったが、アクルと共に首根っこを捕まれ、ズルズルと引き摺られていった。




「~~~~~~!!」

 それから1時間と少し経った頃。レックスたちはクロイド遺跡の入口ホールに辿り着いていた。

「キア、いつまでむくれてるのさ……」

 レックスに抱えられた2人は未だ目を覚ましていない。つまり、帰路は全てレックス1人で戦ったということ。

「有り得ないわ。有り得ないわよ、こんな……こんな…………!!」

 キアは身体をプルプルと震わせて、先頭を歩くレックスを睨み付ける。

「まさか、魔法だけで全てを片付けるとは……」

 ユニアに傷1つどころか、接近すら許さない一方的な討伐。群れで現れるゴブリンに四大属性の攻撃魔法で一掃し、持久戦覚悟だったオークも同様の扱い。更にはゴブリンとオークのコンビには派生属性の攻撃魔法で一撃撃破。

「すごい魔力量。それに、魔法の発動スピードも速い」

 人も魔物も、空気と共に『魔素(マナ)』を体内に取り入れ、己の力に変えている。己の力に変わった魔素を、人は"魔力"と呼んでいる。人は魔力を使い、詞を唱えることで魔法という超自然現象を発現させているのだ。

「だから有り得ないのよ!何なの、あの無双っぷりは!ムカつくわ!」

 魔力が完全に無くなる事はないが、込められる力が少なくなれば、魔法の威力は下がっていくのが普通である。物理的な回復が見込めず、自然回復か、他者の魔法による回復しか手段がないのが魔力の欠点である。

 帰路における魔物との戦闘はゆうに20回を超えている。魔層の主を倒したことで、魔層の魔物がより活発化し、凶暴化しているにも関わらず、だ。

「なんであんなにケロリとしているのよ!?」

 自分たちが苦労して倒していた魔物たちを、あっさりと倒し続けるレックスの実力を認めながらも、認めたくない気持ちが、キアをより一層イラつかせていた。

「………………」

 そんなキアの心を知ってか知らずか。レックスはキアたちに聞こえないよう、小さく舌打ちをした。クロイド遺跡を出た先に待ち構えているだろう人物に、果たしてどう言い訳しようか、レックスは未だ決められずにいた。

 辺りは既に、赤く彩られていた。その中で立つ2人の人物。1人はレックスの知る人物だが、もう1人は初めて見る顔だった。

「皆さん!無事だったのですね!!」

 彼はこちらに気が付くやいなや、両手を広げてキアたちへ駆け寄っていく。

「ティス先生っ――きゃあああっ!?」

 ガバッと抱き締められ、悲鳴を上げるキア。しかし、彼――ティスは気に介することなく、リート、アクルにも篤い抱擁を強制していく。

「………………」

 レックスはその様子を見ていたが、もう1人の人物がゆっくりと近付いてくるのを感じ、彼女へと目を向ける。

「珍しいね、君がそんな風に助けるなんて」

「助けては、いない」

 レックスの否定の言葉に、彼女はキョトンとする。

「俺の落ち度だ」

 何故、と問われる前にレックスは続けざまに答えた。

 無言。だが、彼女は一瞬たりともレックスから目を反らさない。レックスは更に言葉を続けようとしたが、いい言葉が思い付かない。

「……分かった。1つだけ、確認させて?」

 優しく、寂しげに。彼女は1つ頷くと、口元を綻ばせた。

「君も、この2人も、無事なんだね?」

「……ああ。無事だ」

 その問いかけに驚くレックスだが、しっかりと、彼女の瞳から反らすことなく断言する。

「じゃあとりあえず少年は私の方でなんとかするよ」

「?分かった」

 レイナの言い方に僅かな違和感を感じつつ、レイナに少年を渡し、レイナは器用に少年を背中に背負った。

「よろしい。ティス先生!」

 満足げに頷き、ティスを呼ぶ。呼ばれた本人は慌ててレイナの元へとやって来る。ティスの抱擁から解放された3人は、やや疲れた様子でため息をついていた。

「学生たちは初めての魔層(ダンジョン)探索で相当疲れていると思います。事の詳細については、明日ギルドにて聞きましょう」

「お忙しいのに、よろしいのですか?」

 納得しながらも、ティスは驚いたように聞き返した。

「彼の件もありますので。明朝、迎えに伺いますね」

 簡単に明日の予定を確認しあい、再度レイナはレックスへと向き直る。

「じゃあ、君は彼女たちを宿屋まで連れていってあげて」

「うぅん……?」

 レックスが答える前にふと、声が聞こえ、レックスは顔を落とす。

「あ、れ……?私……」

「起きたか」

 しばし、目を瞬かせていたユニアだったが、上から聞こえる声に顔を上げる。

「……………」

 目の前にはレックス。抱えられているので足は地面に付かない。更には互いの息がかかるほど、近い。

「あ、あぅぅ…………!?」

 状況が飲み込めず、硬直しながらもユニアの顔はどんどん赤くなっていく。

 ユニアの変化に、レックスはただただ首を傾げるばかり。

「こ、これは……!!」

 ユニアの反応に、レイナは目を輝かせ、肩を震わせて笑っていた。

「ユニア、目が覚めたのね?」

 助け船を出したのはキア。ユニアは半ば涙目になりながら、口をパクパクさせている。

「……とりあえず、下ろしてあげたらいいと思うよ?」

「そうか」

 ユニアの心情を察したアクルのフォローにユニアは全力で頷いた。ようやく地面に足が付いたと同時、ユニアはキアの背後まで全速力で逃げた。

 ユニアの態度に戸惑うレックスだが、キアの後ろに隠れてしまっているので見えるのは脇から出ている白銀の髪のみ。

「………………ふむ」

 やがて、何かに納得したレックスはずかずかとキアへと近付いていく。

「どうしたのよ?」

「心音を測るだけだ」

 するりとキアをすり抜け、ユニアへと手を伸ばす。

「はぅあっ!?」

 予期せぬ接近に再び逃げるユニアだが、レックスの方がスピードは速かった。

「はぅぅ!?」

 肩を捕まれ、バタバタするユニアをもろともせずに目を閉じて心音を測り始めるレックス。レックスの行動に唖然とする学園組とものすごくにやついた顔で見守るレイナ。

「……少し速い気はするが、問題はなさげだな」

 心音を測り終えたレックスから解放され、ユニアはよろめきながら自身の首に手を当てた。

「く、くくくく首、首に――」

 瞬きをすれば零れてしまいそうなほどの涙を溜めて、ユニアは言葉にならない言葉を口にする。

「……何をしたんだね?」

 全員の疑問を――いや、答えはわかっているのだが――リートが代表するように、レックスへ問いかける。

「心音を測った」

「なぜ首で?手首で十分じゃないのかね?」

 手首でも測れるそれを、なぜあえて首で行ったのか、全員が理解出来ていなかった。

「本当なら胸で測るが、それだとくすぐったいらしいからな。首に手を当てて測るのが一般的、だろう?」

 平然と、真面目に常識的ではないその回答に、ユニアたちは返すべき言葉が見付からない。

「レックス……くくっ…………君、あの時のっ……」

 笑いを必死に堪えるレイナだけは、レックスの回答の真意を知っていた。

「……………………なるほど」

 ユニアたちの様子とレイナの様子を見比べ、レックスは小さく頷いた。

「アルミスティア」

 ニッコリ笑い、レックスはアルミスティアを呼ぶ。刹那、レックスの身の丈以上の大剣が、レイナの目の前に突き刺さる。

「レイナ。お前、また俺に嘘を教えたな?」

 静かに、怒りの炎を燃やすレックスに、レイナは焦る事なく対峙する。

「何を言っているんだい。君の方こそ勘違いしているよ」

 意気揚々と、レイナは無い胸を張った。

「どちらの場合でも心音は測れる。しかし、死者か生者かを確かめるには首で測るのが一般的なんだよ。手首で測るよりも首の方が信憑性は高いからね」

「そうなのか?」

 驚くレックスに対し、ユニアたちは首を傾げた。そんな話は聞いたこともなかったからだ。しかし、レックスはユニアに頭を下げた。

「悪かった」

「えっ……?」

 レイナがクルリと背を向けて、全身を震わせている事にレックス以外はすぐに気付いた。

「勘違いだったとはいえ、不快な思いをさせたな。すまなかった」

 そして、悟る。

 これも『嘘』なのだと。

「……って、騙されてます!?」

「……?」

 ユニアは思わず突っ込むが、レックスには上手く伝わらなかった。

「ところでレイナ。俺はまた潜るから送るのは出来ない」

「へ……?」

 思わぬ返事に、レイナの目が点になる。

「目を覚ますまで、という約束だった。それに、俺の目的が何も果たせてない」

「そういえば、どうして君はクロイド遺跡に行こうと思ったの?」

「ここには龍魔族に関する記述が多いからな。そいつについて、何か分かるかもしれん」

 今さらながらの質問ではあるが、レイナの背で眠っている少年の話が出て、レイナは意外そうに少し眉を上げた。

「この子の……?何かあったわけ?」

 何かあったかは、レックスの考える仕草で十分伝わった。しかし、レックスは言葉にすることはなかった。

「……それを調べたい」

「ふーーん…………」

 疑り深そうにジト目で見上げるが、これ以上は語る気がない事は最初から分かっていた。

「ま、気を付けてね」

「えぇっ、行かせるのですか!?」

 2人のやり取りを聞いていたティスだったが、最後のレイナの態度に、思わず口出ししてしまった。

「もうすぐ陽が暮れます。夜になれば、魔物はより活発に、凶暴化します。たった1人で行かせるのは危険では?」

 それは魔層に住まう魔物も例外ではない。更には魔層の主が消えたばかり。新たな主が現れるには、半日近くはかかるため、より一層危険度が増している状態なのだ。

「危険なわけないですよ」

「何が危険なんだ?」

 レックスとレイナは1度顔を見合わせて、同時に答えた。

「こんなやつ、ほっといて帰りましょう、ティス先生!」

「キアさん!?」

 ティスを後ろから押し、半ば強引に歩かせる。

「また、キアのスイッチ入れたね」

「無自覚なのが更に悪い」

「…………何があったの?」

 キアの反応を面白く見ているアクルと呆れ果てているリートへ、ユニアは尋ねた。

「あ、そっか。ユニアは抱っこされてて知らないよね」

「はうっ!?」

 忘れようとしていた事を掘り返され、再び赤面するユニア。アクルはそんなユニアをからかいつつ、エスコートする。

「明日はあの子たちと一緒に事実確認するから、こもりすぎないように。朝食もちゃんと用意してあげるから、ね?」

「………………朝食、も?」

 ニッコリ笑って頷くレイナに対し、レックスは何とも言えない目で返す。

「はぁ…………」

 一気にやる気を無くしたような溜息をつきながら、レックスはレイナに背を向け、再びクロイド遺跡の中へと消えていった。

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