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孤高の龍  作者: エルフェリア
第2巻【学園】
28/30

第9章ー賭けー前編

   1.


「…………何?」

 いぶかしぶレックスの声が魔回廊(まかいろう)に響く。

「間違って、います。レックス君は、何も無いわけじゃありません」

 アクアリウムを握りしめ、ユニアは真っ直ぐな瞳で返す。

「レックス君には、沢山の大切なものがある。君が居なくなれば、悲しむ人がいます。レックス君が、お兄さんの死を、悲しむように」

「……………」

 1歩詰め寄るユニアから距離を取るように、レックスもまた、1歩後ろへ下がる。

「だから、」

「悲しんでくれる奴は、いるかもな。……それでも、俺の答えは、変わらない」

 きっぱりと。レックスはユニアの目から反らす事なく言い切った。

「…………」

 その赤い瞳には揺るがぬ覚悟があった。それを見て、ユニアは出るべき声が、言葉が届かないと悟る。

「変わらない、なら――」

 悟っても、それでも諦められない想いが、自然と言葉を紡ぎだす。

「君が間違っていることを、思い知らせます」

「……どうやって?」

 即座に返される疑問に、ユニアは二の次が告げなかった。

「……鬼ごっこ。――は、どうかな」

 そんなユニアに助け船を出したのは、アクル。

「今まで、レックスが"鬼"をやってくれていたけど、今回は逆。僕らが"鬼"となり、レックスは逃げる役」

「ルールはレイナさん流ね。魔法も武器も有りよ」

「場所はこの空間のみ。新手の魔物が現れた場合は各自判断し、必要であれば助けを求めるのでよろしいのではないかね?」

 アクルに便乗するように、次々と矢継ぎ早にその他詳細を取り決めていく。

「みんな……」

「さぁ、ユニア」

 優しく微笑むキアに促され、ユニアは力強く頷いてから、もう1度、ユニアはレックスと相対する。

「証明、します。私たちは必ず、君に勝利してみせます」

 ユニアは水晶杖(アクアリウム)を構え、レックスは暫しの間、沈黙した。

「――――証明?」

 それでも冷たい眼光を放つレックスに臆する事なくユニアは見返していた。

「私たちが勝ったら、今の言葉、訂正してください」

 ――いや、よく見れば、震えている。

 それは怯えや恐怖による震えか、それとも武者震いか。

「勝てると、本気で思っているのか?」

 毅然とした態度を崩さないユニアに、レックスは勝負に乗ってみたくなった。

「勝てると思わなければ、諦めなければ、君には勝てません」

 より一層、殺気に似せた闘気を浴びせても、ユニアは引かなかった。ユニアから逃げるように、レックスは目を反らし、考える。

 ただ鬼ごっこをするだけではすぐに決着は付けられる。だが、それでは――つまらない。

「――なら、名を呼ばせてみせろ」

 未だ目覚めぬレックスの武器――アルミスティア。今呼んだとしても、顕現しないだろう。

 けれど。

「真正面からぶつかろうと言うなら、そのくらいのハンデは必要だろうからな」

 ――自分が窮地に陥った時、きっとアルミスティアは現れる。

 そんな確信が、レックスの中にはあった。

「…………いい度胸じゃない」

 雷槍(ハルバード)を構え、キアは笑う。その頬に、一滴の汗が流れ落ちる。

「あの時とは、違うということを思い知らせましょう」

 2週間前に初めて行った鬼ごっこで、文字通り手も足も出なかった。ここ最近は手加減しているお陰か、多少なりとも反応できるようにはなっている。

 それでもレックスの放つ闘気に、キアもリートもやや気圧されている様子ではあるが。

「息、荒くなってる。我らに風精霊の加護を。クイックアサルト」

 そんな一行の中で、1番平静を装えているのが、アクルだった。身体も震えておらず、全体を俯瞰できるようにレックスから、ユニア達から離れつつ、風属性の防御魔法『クイックアサルト』を発動させた。

 味方の素早さを上げる魔法であり、アクルが地裂扇(ちれつせん)を振るうと、ユニア達は風に包まれる状態になる。

 それを見据え、レックスは欠伸と共に右足を半歩後ろへ下げる。

 魔力を高め、殺気をキア達へ真っ直ぐ突きつける。

「…………っ」

 ただそれだけで、キア達の表情が一瞬だけ険しくなる。

「…………」

 この程度の殺気で気圧されるなら、やはり彼女らは甘いのだと、再認識させられる。

 ――いや、ユニア達じゃないか。

 まだ探していない2人がいるのに、悠長にこんな事に時間を割くべきではないのに。

「……合わせるわ」

 チャキ、という槍を握り直す音と共に、ユニアが魔力を高め、つられるようにアクルも魔力を高めた。

 それを傍観しながら、レックスはあえて止めようとはしなかった。

 真っ向から迎え撃ち、欠片も残さず破壊する。

「凍てつく氷気よ、誘いたまえ。閉じ込めよ、氷籠(ひょうろう)!インブエンスブレイク!」

「風の囁きよ、我らに仇なす敵を穿て!ウィーネスアパカルト!」

 ユニアは氷属性の、アクルは風属性の攻撃魔法をほぼ同時にレックスへ放った。それを合図に前衛であるキアとリートはそれぞれレックスの左右へ散った。

「夜の帳よ、世界を飲み込む業火となれ。ダークインフェルノ」

 迫り来る氷の檻の中で、全てを切り裂かんが如く荒れ狂う風を見上げながら、レックスは闇属性の攻撃魔法を発動させた。

 レックスの足元から闇色の炎が天へと(ほとばし)る。そのまま荒れ狂う風にぶつかると、瞬く間に風は飲み込まれていった。しかしそれだけで炎は潰えない。レックスを閉じ込める氷に激しく激突する。

「っぅ…………!」

 充分な魔力を込めていたにも関わらず、その一撃だけでユニアは顔を歪める。必死に耐えようとしているが、それは徒労に終わる。

 闇色の炎は風の時のように飲み込み、砕き、溶かしていく。限界を迎えた氷の檻は本来の力を発揮する事なく霧散する。

 レックスの左右には、既に間近にまで近付いたキアとリート。

「安心しろ」

 殺気と共に魔力を両手に込めていく。

完膚(かんぷ)なきまでに叩き潰してやる」

 その宣言と共にリーチに入る2人に向け、純粋な魔力の弾を真正面から浴びせる。

「!?くぅ……!?」

 目を見開き、咄嗟に防御の姿勢を取るキアが苦悶を漏らす。

「はあぁ!」

 一方のリートはそれを回避し、袈裟懸けに斬りかかってくる。レックスはそれを必要最低限の動きで避ける。

「必中の焔、穿て。フレイムボルト」

 右手をリートへ(かざ)し、炎属性の攻撃魔法である焔の矢(フレイムボルト)を放つ。

雷牙槍(らいがそう)!」

 しかし矢は魔力弾を耐えたキアの横槍によって不発となる。

「水よ、我らの敵を飲み込め!スプレッドゼロ!」

 ユニアの詠唱と同時にキアとリートは跳躍する。

「降り注げ雷鳴、バッシュブレイド」

 レックスもまた後ろへ跳躍しながら上から大暴布となって押し潰さんとする水圧へ向けて雷を迸らせる。着水直後、爆発音と共に大量の水蒸気がキア達の視界をたちまち奪った。

「千の輝き、永久にて弾けよ。パレスライフェルト」

 視界ゼロの中で、レックスは更なる魔法を放つ。魔力と気配で、キアとリートの位置は把握している。

「きゃぁっ」

「くっ!?」

 無数の光の弾が、見えない刃となって2人を容赦なく襲う。

「風よ、全てを呑みこみ吹き飛ばせ!サイクロン!」

 アクルが竜巻を引き起こし霧となった水蒸気を吹き飛ばす。視界が晴れた先には、掠り傷を作ったキアとリート、そしてレックスがサイクロンへ右手を向けた姿が見えた。

「大地の轟き、邪なる存在を飲み込め。グランドパルス」

 ――ガガガガガッッッ!!

 大地は槍の如く、隆起し、幾重にも重なりあいながらサイクロンと衝突する。拮抗する間もなく、サイクロンは勢いを無くし、消え去った。

「清涼なる癒しの加護を、リジェネレイト!」

 サイクロンはユニアの回復魔法発動のための時間稼ぎも含まれていたのだろう。ユニアの詠唱と共に淡い光がキア達を包み込む。

「唸れ(いかずち)、敵を穿て!バッシュブレイド!」

 反撃の隙は与えまいと、接近しながら雷属性の攻撃魔法をレックスへ放つ。

「紡げ、光の軌跡よ!ライディングスラッシュ!」

 クロイド遺跡でも見た光の刃がキアのバッシュブレイドの合間を補い、レックスへと迫る。

「必中の焔、穿て。フレイムボルト」

 レックスは回避行動ではなく、焔の矢で応戦する。それを見て、リート達は絶句する。

「なっ……!?」

 先ほどと違うのは出現させた矢の数だ。最初にリートへ向けられた時は1本。現在、レックスの辺りに浮遊するのは10本。

 炎属性の攻撃魔法の中で扱いやすい魔法ではあるものの、消費する魔力は単純に10倍となる。レックスは顔色1つ変えずに半分の5本を閃かせる。

 迫り来る2つの魔法をそれだけで相殺してみせると、更なる追撃として、2本のフレイムボルトをキアとリートへそれぞれ差し向けた。

「ユニア!やりなさい!」

「水球よ、射ち滅ぼせ!アクアリット!」

 キアの合図と共にユニアはバスケットボール程の水の弾を複数同時にフレイムボルトに当て、相殺し返した。

 相殺と同時に現れた煙を突っ切って、キアはレックスを間合いに捉える。

雷華翔撃陣(らいかしょうげきじん)!」

 キアの鋭い突きはフレイムボルトに阻まれ、レックスまで届かない。だが、レックスを中心に4つの陣が出現。そこから複数の雷撃がレックスを襲う……!

「大地の実り、出でよ絶対なる守護の盾。ボーンアッシャー」

 残り2本のフレイムボルトを天へ向けて放ちながら、2つ目の魔法を発動させ、雷撃を地の盾で防ぎ切る。

「大地の怒り、示せ大いなる意志よ。クラッシュレッド」

 防ぎ切った瞬間、地の盾が息吹きを吹き込んだかのように巨人の腕の化身となってキアを襲い返した。

「風の祈り、聞き届けよ!シルフィーレスタ!」

 直撃する間一髪のところで、アクルの防御魔法が炸裂、巨人の腕は細かい小石となってキアに降り注いだ。

「…………」

 防げない、と思っていたレックスは、意外そうに眉を上げた。だが、感想の言葉は述べずに、代わりにフレイムボルトを1本、プレゼントしてやることにする。

「きゃっ……!?」

 これは意外にも奇襲となってキアを牽制するのに成功する。レックスは深追いする事なく、後退して充分な距離を取った。

 キアもまた後退しており、逆にリートは深追いの一手を打つ。

「貰ったぞ!」

 リートの光幻剣(こうげんけん)に対し、レックスは最後のフレイムボルトで応戦し、その攻撃を防ぐ。

 更なる魔法は発動させずに更に距離を取っていく。

「風の囁きよ、我らに仇なす敵を穿て!ウィーネスアパカルト!」

 そこへ放たれる風属性の攻撃魔法。再び目の前に迫る荒れ狂う風を見据えながら、レックスは詠唱(ことば)を口にする。

「絶対なる守護の火鳥(ひちょう)よ、敵を退けよ。レイセルフィア」

 1羽の鳥が、炎の翼をはためかせてレックスの周りを旋回する。迫り来る風を見付けたかのように、火鳥は真っ直ぐ風へ向かって上昇していく。

 接触、直後。

 ――ドガアアァァァン……!!

「ひゃっ!?」

「く、ぅっ」

 空間を震わせる程の巨大な爆発音に、ユニア達は思わず目を閉じる。

 顔を守るように上げていた腕の間から、リート達の位置を把握する。次の魔法を放つために魔力を高めた瞬間、肌がざわついた。

「――!」

 直感に従って、即座に地面スレスレまでしゃがみこむ。直後、頭上を通過する一閃の軌跡。

「必中の焔、穿て。フレイムボルト」

 3度目となる、炎の矢を一閃を繰り出した輩へと放ちながら、レックスは振り返り地を強く蹴り上げる。

「ケケケ!」

 明らかに、人とは異なる笑い声。レックスはその声を聞いた事があった。

「邪魔だ」

 力強く踏み締めて距離を詰めると、そいつの顎目掛けて一気に蹴り上げる。ボキッという確かな感触と、不自然な格好のまま停止する人形。レックスはそれを気にかける事なく、新たな魔法を解き放った。

「飲み込む業嵐(ごうらん)の息吹き、現れよ。グリムシルフォール」

 ほぼゼロ距離で放たれた風の攻撃魔法によって、人形は粉々に砕けて元素解離を引き起こす。

「囲まれてる……!?」

 爆発が終わったのを見計らい、ユニア達が目を開けたのだろう。背後で、驚愕する声がいくつも聞こえてくる。

「…………」

 レックスはざっと目測する。その数、数十体に上る。先ほど倒した人形(まもの)と同じ姿をした奴らはケケケ、と笑いの合唱をしながら此方の様子を伺っていた。

「アクル、こいつはいったい何なのよ!」

 キアがユニアを、リートがアクルを守るように移動し、キアは忙しなく目を配らせていた。

「これ……多分――」

「マヴィードール」

 アクルの代わりにレックスが答えた。

「他者の能力(ちから)を"奪う"事に特化している闇属性の魔物。魔法に強いし、奪った能力によっては物理も強くなる性質があるよ。素早さが最も厄介で、捕まえるのはベテランでも難しいって言われている」

 レックスの答えに頷いて肯定しながら、更に細かい説明を付け加える。

「…………」

 数体のマヴィードールの笑い声が消えた。それを合図に、レックスはマヴィードールの群れへと突っ込んだ。

「ちょっ――!?」

 それに勿論キア達は驚いた。レックスの場合、元々の身体能力の高さや膨大な魔力が狙われる能力(ちから)となる。無策に突っ込めば、たちまちレックスの持つ能力(ちから)を奪われる事だろう。

 だが、キア達の不安は見事に杞憂となった。

「大地よ怒れ、大地よ示せ。母なる大地は消え、うねる大蛇の如く這いずり廻れ、グランドグレイブ」

 レックスの詠唱と共に、大地はまるで大蛇が這うように隆起を繰り返し、マヴィードール達を飲み込んでいく。

「夜の帳よ、世界を飲み込む業火となれ。ダークインフェルノ」

 レックスの魔法(グランドグレイブ)を乗り越えてきたマヴィードールへ、闇の炎で焼き尽くす。

「っ……!」

 自分達と戦っていた時とは違う、とユニアは直感で悟る。放つ魔法の威力が桁違いに強く、その範囲もまた広くなっている。

 それでいて、2つの魔法を駆使しながらも1体のすり抜けも許さない正確さで、己に殺到するマヴィードール達を葬っていく様はまるで――。

「!キア、リート、ユニア、何体かこっち来てる!応戦を!」

 アクルの声に、ユニアはハッと現実に引き戻される。いつの間にか、レックスにみとれていたらしい。頭を振って、目の前の対処に気持ちを切り替える。

「武器はなるべく使わないで。さっきのレックスみたいにいつの間にか盗られることもあるから」

「なら広範囲の魔法攻撃で仕留めるわよ!リート、行くわよ!」

 アクルの忠告を受け入れ、広範囲の魔法攻撃を放てるユニアを守るため、2人は迫り来る4体のマヴィードールと真っ向から対峙する。止めを任されたユニアは、1度深呼吸をして魔力を高めていく。

 ユニアの行動に最も強い興味を示したのは、レックスへと向かっていたマヴィードール達だった。

「ちっ……」

 マヴィードールの意識が此方から削がれた事に気付いたレックスは、小さな舌打ちをした。

 マヴィードールは、より濃い魔素(マナ)に反応する。それはつまり、魔力を高めるため、周囲の魔素を集める行為をする者に興味を示すということに繋がっていた。

「面倒を……」

 魔法による殲滅は可能。しかし、その間に彼女(ユニア)達が倒される可能性が高い。よって、レックスが取る行動は1つに絞られる。

「抜刀、絶破(ぜつは)

 魔法の有効範囲から逃れ、ユニア達へ迫るマヴィードールへ疾走。まるで彼女らを守るように立ち塞がると、刀を閃かせた。

 煌めく剣閃によってマヴィードールの内、半分は元素解離を、もう半分は剣閃から逃れて無傷。レックスを無視してユニアへと向かう。――だが。

「千の輝き、永久にて弾けよ。パレスライフェルト」

 レックスの光属性の魔法が、背後からマヴィードールを貫いた。

「凍てつく氷気(ひょうき)よ、誘いたまえ。閉じ込めよ、氷籠(ひょうろう)!インブエンスブレイク!」

 光の弾が貫くのに合わせたかのように、ユニアの魔法が発動する。それは3体のマヴィードールを閉じ込める事に成功した。

「ケケケ!」

 勝ちを確信したマヴィードールが目の前のキアを葬らんと、その腕を振り下ろした。

「っ――!!」

 咄嗟に防御の構えを取り来る衝撃に目を閉じる。

 しかし、いつまで経っても衝撃が来る事は無かった。

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