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孤高の龍  作者: エルフェリア
第2巻【学園】
25/30

第8章ーチェレッチェ迷宮ー前編

   1.


「あっ、レックス様よ!」

 ミストラル学園での生活も、もうすぐ2週間が経とうとしていた。1期生のSクラスに突如現れたレックスの噂は日に日に誇大化し、敬われるのを通り越して神格化されている始末。

「ユニア様もいらっしゃるわよ。本当に仲がよろしいのね」

 ティスからの忠告通りにユニアたちと一緒にいるようにしたところ、いつの間にかユニアたちも"様"付けされるようになった。

「うぅ……また噂が飛んでる……。レックス君、今度は何をしたんですか?」

 周りの視線が気になるようであちこちに視線を巡らせつつ、隣を歩くレックスへ問いかける。

「何もしてない」

 寝起きのためか、レックスは身体をほぐしながら否定の言葉を返す。

「じゃあなんで、学園の食堂で料理なんかしているのよ」

 レックスが寮で料理を作るようになったのは1週間前の話。

「料理を1品作ったらそこでも作っていいと言われたからな。誰かが作った物をもらうのもいいが、自分で作ったほうがやり易い」

 寮には自炊もできるように各部屋に調理場はある。しかし学園では専門のコックが在中し、バランスの取れた美味しい料理を提供してくれる。無論、その中に入って料理をしようものならば、コックによって追い出されてしまうのがオチだ。

 それを覆したのが昨日のこと。レックスが当たり前のように調理場に入るとコックたちは笑顔で受け入れたのだ。

「それは……羨ましいです」

 よく料理をするユニアにとって、そこは絶好の学びの場だ。最も、ユニアも追い出される1人なので未だに身近で見ることは叶ってはいないが。

「それも凄いことだけど、僕としては、レックスがいつティス先生を叩きのめしたのかが気になるけど」

 最初に学園中を駆け巡ったと思われる噂の1つ。アクルたちは午後の実技授業でレイナ流鬼ごっこで何度も気絶(おと)されているが、ティスは参加していないので叩きのめしていないはずだ。

「考えられるのは3階の探索中にバッタリ会ったくらいだが、ティスから口止めされているからな。何も言わん」

「その探索も夜中に行ったのだったな……」

 ユニアと共に2階を探索したその日の夜。レックスはアクルの忠告を無視して未探索だった部分をしらみ潰しに探索していったらしい。

 その詳細については、当事者であるレックスとティスしか知らない。

「どちらにしろ、あれで学園の構造は把握できた」

 レックスとしてはそれで満足しているので、これ以上は何も語らない。

「僕は夜中の学園にはどんな七不思議があるか、確かめたいけど」

「こ、怖いのは嫌っすよ~……」

 無関心なレックスの代わりに答えたのは、ガタガタと身体を震わせるアーミルだった。

「私としてはレックスの幸運体質が(しゃく)に触るわ。あそこまでレア、レア、レアは嫌味よ」

 ある日のこと。アーミルに頼まれてレックスは調合室へと来ていた。そこで、レックスはハーウェルンに渡す前だった素材の1部をアーミルにあげた事がある。あげた素材全てが中々手に入らない事で有名な所謂、レア戦利品(ドロップアイテム)ばかりだったのだ。それも驚きの話ではあるが、それらを入手したのは還誕祭(かんたんさい)が始まる前の1週間。つまり、ユニアたちと1度別れた後に集めた素材たちだった。

「あの程度は朝飯前だ。それと、魔晶石(ましょうせき)も幾つか手に入れてはいる」

 武器に加工、装着させる事で様々な恩恵を受ける事ができる魔晶石。高品質の魔晶石を入手するにはより魔素(マナ)が濃い場所で魔法を放てる魔物を相手にしなければならない。

「知っているわよ。惜しげもなく差し出されるもの。さすがに驚いたわ」

 1度目(かんたんさい)のみならず2度目までも魔晶石を渡されたのだ。渡してきた本人は"宝の持ち腐れ"ということで渡してくるので、正直断りづらい。

「俺が持っていても使わないからな。レイナにもよく探索ついでに取ってこいとせがまれた」

 探索で戦利品や魔晶石を手にいれるのはある意味ついで。レックスが魔層(ダンジョン)へ赴くのは、増えすぎた魔物が外に出て人に危害を加えるのを未然に防ぐためである。魔層を徘徊する魔物を倒すだけでなく、魔層の主を倒した方がより魔物の発生率は抑えられるというのがハーウェルンの見解だ。

「レックスは基本、魔層攻略をするんだっけ」

 大抵のギルド員は1つの魔層につき1回だけ攻略する。その理由はやはり攻略報酬だろう。場所によっては良質の戦利品を入手出来るが、攻略報酬のほうが1度に多くの金を手にいれる事ができる。

「魔物の中にも『魔王』について知っている奴もいるからな。もしかしたら探索中にバッタリ会えるかと思ってはいるんだかな」

 深いため息を溢すレックスを見るに、どうやらあまり成果はない様だ。

「……本当に、『魔王』は生きているのでしょうか」

「それは――」

「おやおやおや!こ~んなところで何をやっているんだい?転入生」

 レックスの言葉をかき消す高笑いと共に、だらしなく笑う男が人混みを掻き分けてレックスの前に現れた。

「アルフォンス様。私たちはこれから昼食ですの。急いで食べないとティス先生に怒られてしまいますわ」

 レックスが爆弾を投下する前にキアが前に出てアルフォンスと対峙する。

「安心したまえ。そのティス先生も一緒だ」

 アルフォンスがパチン、と指を鳴らすと両脇をアルフォンスの取り巻きに捕まれたティスが連れてこられる。

「あの、皆さんいったい……って、アルフォンスさんに、レックスさん?どうしてここに」

 事態を把握できず、ティスは目を丸くする。

「今回は全員を招待してやろう。ありがたく思うがいい」

 ふんぞり返るアルフォンスだが、レックスたちは眉を寄せるだけ。

「招待?」

 レックスが問いかけても、アルフォンスは聞き流した。

「ああ、もちろん。ミセリア殿は私の隣にいるといい」

 その間にもアルフォンスの取り巻きたちによって周りを囲まれていく。が、甘い。

「アルフォンスさん。これはいったいどういう事ですか?あなたたちも私を離してください」

 アルフォンスの話を遮ったのはティスだった。暴力的な事はしたくはないのか、未だ取り巻きに拘束されたままだ。

「解りませんか?彼らを私の魔層(ダンジョン)攻略に参加させてやろう、と招待しているのですよ」

「なっ!?アルフォンスさん、彼らは1期生!まだ魔層へ行かせる時期ではありません!」

 絶句するも、ティスは声を荒げて反対の意見を唱えた。

「前回の魔層攻略の際にも1期生を招待しました。あと招待していないのは彼らのみ。なぁに、特攻隊にするつもりはありませんよ」

 くくく、と笑うその顔は、別の何かを企んでいる顔だった。

「…………」

 取り巻きによる包囲網は甘い。その気になればティスを助けてアルフォンスを地に伏させることなど容易にできる。

 が、アルフォンスの目的を語ってもらってからでも遅くはないだろう。

「お前たちは初めて聞く場所だろう。私たちは"チェレッチェ迷宮"にこれから挑むつもりなのだよ」

 その魔層の名には、聞き覚えがあった。

「……あの場所か」

 魔回廊(まかいろう)が永遠と続くような錯覚を覚えてしまう、とにかく長い魔層であり、その魔層が持つ特性に、レックスは苦しめられた苦い思い出がある。

「1つ聞くが、何人で挑むつもりなんだ?」

「無論、挑みたいと言うもの全員だ。私ほどの実力者であれば、彼らを率いて攻略など容易いのだよ」

 当然のように両手を広げるアルフォンスに、レックスはスゥッ……と目を細めた。

「……?」

 この2週間、ずっとレックスと鬼ごっこをしていた成果だろう。ユニアたちはレックスの気配が僅かに変化している事を肌で感じ取っていた。

「君たちには偵察部隊として私に貢献させる事を許してやろう。有り難く受け取りたまえ」

 だが、ユニアたちが感じた気配に、アルフォンスは気付く素振りも見せずに饒舌に命令を下す。

「アルフォンスさん。それは許されない行為です。彼らを死なせるおつもりですか?」

 偵察部隊というのは、本隊――つまりアルフォンスが安全に魔層を攻略できるよう、先行して(トラップ)の解除や魔物の掃討を行う者たちの事だ。

 当然のことながら、ティスは両脇の生徒を振り払ってまで抗議する。本来ならユニアたちはまだ魔層に挑める力を充分に身に付けていないのだ。いかに強いレックスといえども、彼女らを守りながら最下層に辿り着くのは至難の技だろう。

「チェレッチェ迷宮はナルタミラ大陸にあるのでな。我が王国直属の魔法士たちに送ってもらう手筈になっている。昼食も我が別荘で(みな)に振る舞う予定となっている」

 つまりは、お昼を奢るので、魔層攻略に協力しろという事だ。

「気になるのであれば、ティス先生も来るがいい。多人数での魔層攻略の許可は、既に学園長より頂いているのだからな」

 そう言って、アルフォンスは1枚の書類をティスに見せびらかした。それを見たティスは驚愕の表情を浮かべて一瞬だけよろけた。

「無論、チェレッチェ迷宮を攻略した暁には、多額の褒賞金と私の配下となる機会を与えてやろう」

 恐らくそれが、アルフォンスの最大の目的だろう。

 己が魔層を攻略することに協力させることで生徒たちは得たお金を武具錬金や、親への仕送り、普段の生活費に充てる事ができる。また、ギルド員となるよりも安定した職に就きたい生徒にとって、それは魅力的な提案でもあったのだ。同時に、"国"としても優秀な人材を手にいれられる良い手段でもあった。

 …………最も、そのどちらもレックスにとっては、どうでもいい内容ではあったが。

「ああ、勿論怖じ気ついたのならば、無理に、とは言うつもりはない。まぁ、私にかかればギルドマスターも『魔王』も赤子の手を捻るように容易い事ではあるがな!ハッハッハッ!」

 瞬間、ユニアの顔から血の気が引いていった。――そして、隣に立っていたはずの、レックスの姿が跡形もなく消えていた。

「うわぁっ!?」

「ぐはっ!?」

 突如、包囲網の1角から、悲鳴が上がる。アルフォンスがそちらへ視線を向けた時、キアはアルフォンスとは別の方向へ目を走らせた。

「ぶべっ!?」

 キアが見た方向から、また別の悲鳴が上がる。

「な、なんだ!?何が起きている!?」

 先程までの冷静さは消え去って、アルフォンスは(せわ)しなく辺りを何度も見渡した。その間にも取り巻きたちの悲鳴は上がり続け、キアたちはその光景をただ静観していた。

「…………さて、こんなものか」

 数分後。アルフォンスのすぐ隣にいた最後の取り巻きを容赦なく気絶(おと)した所で、レックスは一息ついた。その声音は低く、底冷えするような錯覚に陥る。

「ひいっ!」

 アルフォンスにとっては、レックスはいきなり現れたように見えただろう。

「全部、見えたわよ……!」

「くっ、まだ追い付けん……!」

 これもレックスとの鬼ごっこの成果と言えるだろう。最も鬼役(レックス)と接触する機会が多い、前衛を担っているキアとリートは、レックスが取り巻きたちを1撃で気絶(おと)している光景が見えていた。

「き、きき貴様、何をしたのか分かっているのか!?こ、これは立派なは、反逆罪だぞ!?」

 暫し放心状態であったアルフォンスだが、事態を把握したように、勢いよくレックスへまくし立てた。

「わ、私の父に報告し、厳重に罰してやる!貴様は私の魔層(ダンジョン)攻略に参加させてやるものか!」

「この程度の攻撃をいなせないようなら、チェレッチェ迷宮なんか攻略出来ないぞ」

 ガチガチに震えて座り込むアルフォンスに、レックスは無表情で言い返す。元々メレネシアに忠誠を誓っている訳でもないので仮に罰せられたとしても痛くもかゆくもない。

「な、なんだと!?」

「せっかくだ。お前の出した"招待"に応じてやろう。……お前が本当に、『魔王』を倒せる力があるのか、興味がある」

 口元は僅かに弧を描くような笑みを浮かべているが、目元は1ミリも笑っていない。更には滲み出す殺気でアルフォンスに更なる威圧を与えてやる。

「なら、私も応じますわ」

 レックスに便乗するように名乗りを挙げたのはキア。

「キアさんが行くというのならば、私も勿論行きましょう」

 よく分からない決めポーズを決めながら、リートもまた、名乗りを挙げる。

「僕も行く。ほとんど攻略されていない魔層だから、興味あるし」

 にこやかにアクルも名乗りを挙げる。

「わ、私も皆と一緒に行きます」

 ユニアが小さく拳を握りながら名乗りを挙げた瞬間、アルフォンスの目がギラリと光る。

「おぉっ!ついに私の元へ来る気になったのだな。さぁ、そんな低級な奴らの所より、早く私の隣に来るがいい」

 レックスからの威圧をあっという間に無視をして、満面の笑みを浮かべてユニアへと胸をさらけ出した。

「………………」

 ユニアはそんなアルフォンスを真正面から見返して、やがて、意を決したようにゆっくりとアルフォンスへと近付いていく。

「ふ、ふはははは!やはりミセリア殿は分かっているな!」

 倒れている取り巻きたちを踏んでしまわないように注意しながら、高笑いするアルフォンスをじっと見返した。

「……アルフォンス様」

 近付きながら、ユニアはアルフォンスに呼び掛ける。決して遠くはないその距離を少し時間を掛けながら。

「私は、皆と、言いました。だから、私は――」

 アルフォンスへと向かっていた歩をやや横にずらして。

「貴方ではなく、レックス君と共にいたいです!」

 ユニアは言い放ったと同時に、アルフォンスの隣にいたレックスの胸へと一気に飛び込んだ。

「…………」

「ちょっと、なんか言いなさいな」

 ユニアに抱きしめられたまま、無言のレックスにキアがツッコミを入れる。

「正直、お前たちも邪魔だ。色々と聞きたいこともあるし、別にアルフォンスと2人だけで充分なんだが」

「それこそダメです。引率者として、私も行きますよ」

 そこへティスからのダメ出しも食らった。ついでとばかりにティスも同行する羽目となった。

「人気者っすね~」

「アーミルはどうするつもりなのよ?」

 楽しそうにケラケラ笑うアーミルに、キアは問いかける。

「もっちろん、行かないよ~。この事を早速、学園中にバラまかないと」

 キラキラと目を輝かせてやる気を出すアーミルに、キアは呆れた眼差しを向けた。

「ってことだからお土産話、よろしくね~」

 チャッと片手を上げてウィンクを飛ばすと、土煙を上げるかの如く、彼方へと走り去っていった。

「さて、俺たちは昼食を食べに行くか」

 アーミルの姿が見えなくなるまで見送ってから、レックスは食堂の方へと踵を返した。

「あら、チェレッチェ迷宮に行くとは言わないのね」

 てっきり、今すぐ向かうと言い出すかと思ったキアは肩透かしを食らった。

「臨むなら万全に。急いでも魔層は逃げない。俺が初めて魔層に挑む事になった時、レイナから言われた教訓だ」

 動きにくいのでユニアをひっぺがしながら、レックスは答えた。

「な、ならば我が別荘に来るがいい」

 ユニアに熱い視線を送りながら立ち上がるアルフォンスの口元は最初のようなだらしない笑みが浮かんでいた。

「も、元々ミセリア殿を招待するのだ。数人増えても問題はない。最初に話した通り、昼食を振る舞ってやろう。別荘には既に魔法士たちがいることだろう」

 アルフォンスの表情を見て、何となくの思惑が見えてきた。

「…………。そうか、なら、世話になろう」

 しかし口には出さずにレックスは2つ返事で了承する。

「え……行くの?」

 アクルもまたアルフォンスの思惑に疑問を抱いているのだろう。レックスの了承に、不満が滲み出る。

「ここから行くには転生魔法テレポートか、1月近くの徒歩や馬車での移動のどちらかだ。連れていってくれるというなら、連れていってもらおう」

 こうして、レックスたちはアルフォンスの案内の下、別荘へと向かった。

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